19.新人戦予選 壱
counter-strikeシリーズのde_dust2よりマップを引用。
新人戦の開催地である高校まで、じとっとした暑さのなか歩く。ここの雰囲気は、畑ばかりの田舎とはすこし異なった、古臭い街という感じだ。商店やタバコ屋、ボロりとしたトタン屋根の木造建築に、誰かに植えられたであろう景観用のツツジやアジサイ。
なんだか、昭和から平成へ移り変わる途中のようだ。
「どうしてさ、ゲーム。やめちゃったの」
琴音は、たぶん人から思われているより多弁だ。一度仲良くなってしまえば、たくさん話しかけてくれる。
やはり、人見知りだったんだろうか。
「んー? まあ、挫折と絶望したからかな。自分にも、他人にも、日本にも」
「どういう意味」
言い訳っぽくて、あまり好きじゃないけれど、おれは説明することにした。
「そこそこ才能あるんじゃねーのって思ってたのに、おれより強い奴らがたくさんいてさ、おれよりも頭のいい指揮官がたくさんいてさ、成長が遅くなった自分に、成長ができなくなった自分に絶望した。このままじゃ、一生追いつけないなって」
「他人ってのは?」
「他人は、チームメイトのことだよ。弱い味方にイラついたり、そのイラついてることにイラついたりさ。おれは、勝利のためには寛容的であるべきじゃないと思う一方で、優しくいたいとも思うんだよね。中途半端な人間だよ」
日本ってのは、日本がe-sports文化の発展が遅すぎて、練習するには厳しすぎる環境だったのが、大きかった。
なんにせよ、おれの目標は大きすぎた。それが、挫折をまねいたんだ。
「ふーん、あんまり勝ち負けとか興味ないけど、一条にとってはそれが大切だったんだな」
そうだなあ。おれにとって、勝つことってのは目的になっちゃってたからなあ。目的と手段が逆になってたんじゃないかなと思う。
ゲームで楽しむのが目的だったのに、勝つことが目的になっていた。楽しむための手段が勝つことだったのになあ。
「いまでも、そうなのか」
「どうだろうな。NA以外のゲームはさ、努力してなおしたの。ゲームが楽しめないと、美咲とも楽しく暮らせないし、おれ自身も嫌だったから。けど、NAだけは、たぶんなおってない」
高校の前にまで行くと、校門に体育館までの案内図が書いてあった。会場は体育館のようだ。
どうやらこの高校は地域でもかなり広いようだ。多数のチームを同時進行で試合が進められるのが、会場に選ばれた理由だろう。
「他の高校に入んのとかはじめてかも。部活やったことないし」
「おれもおなじく。他校の文化祭とか行ったことねーな」
それにしても、インターネットを通してゲームをするんだから、自分たちの高校の設備でもいいとは思うんだがなあ。
なんでわざわざ会場なんか作るんだ? 普通はこういうのって、準決勝とかからじゃないか。
いや、e-sports文化が流行ってるからこそかも。おれの世界の基準で物言うのは間違いだな。
「一条ってスポーツ見て楽しめる派?」
体育館に向かう途中で、唐突に彼女はそう言った。
「まあ、ぎりぎり楽しめないかな。やりたい派」
「だよな」
持ってきた体育館シューズに履きかえて、なかに入る。
セミの音は一気に聞こえなくなり、騒々しい会場がそこに待ち受けていた。観戦用と、実況者の席。ずらりと並ぶ選手が使うであろうパソコン、机、椅子。なんのコードかよくわからないが、やたらめったらに伸びている。体育館のところどころにタコ足のコンセントが置いてあり、ちょっと危ないように感じる。もし、だれかが踏んで抜けたらどうするんだろう。
「美咲いないかな」
「思ったよりも人が多くて、探すの大変だな」
体育館の壁には極大な紙が一枚はられていて、それには十六校もの学校名が書かれていて、トーナメント方式になっている。
この学校では、体育館の壇上につけられたプロジェクターにゲーム画面を映しているようだ。
異世界とは言え、よくできたもんだな。
おれの世界だと、高校生のe-sports大会なんて、本当につい最近に小さい規模で始まったばかりだ。
ちょっとだけ、うらやましい。
*
さて、解説だ。
おれと琴音は、観客席の後ろの方で、あまりうるさくない場所に座った。ふたりとも視力はよくて、プロジェクターから遠くてもあまり困らない。
「琴ちゃん。まだまともにゲームしていないから全然想像つかないだろうけど、賢い人間の勘ってのはよく当たる。お前ならこのマップでどう攻めるのがいいと思う」
「別にそんな頭いいわけじゃないけど」
また謙遜しやがって。
「わざわざ紙に書いてきたのか」
「おもしろい解説してやろうと思って」
琴音は唇をとがらせ、右斜め下を見る。
「どう攻めるかだって? んー、戦争の指揮とかやったことないしな」
「戦争じゃねえ、これはゲーム。そんな深く考えなくていい」
知らない高校の戦いは、まだはじまらない。実況席ではマイクテストをしている。美咲のすがたもまだ見えない。いや、どこかにいるのかな?
周囲を確認している間に、琴音はどうやら答えを出したようだった。
「逆算で考えたんだけど、たぶん守り側がさ、DF側だっけ。Bに一人、広場に一人、Aに三人、配置すると思うんだよね。CATに一人か二人、ロングに一人か二人?」
ほう。なかなか目の付け所がいい。
まさに、古い時代の守り方はそのとおりだった。
「でさ、基本の守り方がそうだと仮定するなら、Bが攻めるの楽そうだと思う」
不正解だ。
「琴音のそう思う理由は?」
「Bは人数が少ないから」
んー、これはグレネードの説明が必要だな。
「まず、グレネードには三種類あってだな」
一つ目、HEと呼ばれるヒートグレネード。俗にいう手榴弾だが、これは壁を貫通してダメージを与えられる。
二つ目、FBと呼ばれるフラッシュバン。爆発を視界に入れた者へ、等しく画面を真っ白に、そしてキーンという音とともに聴覚を奪う。映画とかで特殊部隊がよく使いそうだ。
三つ目、SGと呼ばれるスモークグレネード。これはそのまま煙が出る。
「今回の場合は、Bトンの入り口、つっても出るところじゃなくて通路な。そこにスモークグレネードを一つ入れるだけで、Bは攻めが不可能になる」
「そうなの?」
不可能は言い過ぎだけど、まあ無理だろう。
「一概にスモークから出るほうが不利ってわけじゃないんだが、Bトンの場合は出る瞬間に見るポイントがたくさんあるだろ? そこにスモークが炊かれてると、Bトンという一箇所しか
見なくていいDF側と、色んなところを見なければいけないAT側、どっちが有利だと思う?」
「あーはいはい、説明うまいな。お前の素性を聞いてなかったら、同年齢にこんな奴がいることに感嘆してたよ」
つまり、Bトンからの攻めは不可能、ないしは基本の攻めにはならない。
「じゃあ、Aだろうな。たぶんCATを取るのが簡単だと思うんだよね、ここが中心になると思う」
「なんでそう思う?」
「ロングよりもあきらかに見る場所がすくない。なんていうのかな、右と左で、百八十度のはさみ攻撃がない」
うーん、まあ及第点か。
「一応、取るのが簡単なのは正解なんだけど、理由はHEがあるから。CATはせまいだろ? ここにみんなでHEを入れたらDF側は瀕死か死んじゃう。だから守りづらいってわけ」
「あー。HEだったか」
まあ外れってわけでもないんだけどね。確かに見る場所はすくない。けれど、相手側もそれはおなじ。
「えーと、話を戻すけど。たぶんCATを取って、Aにちょっかいを出しながらフェイクをしてB攻めか、もしくはBにちょっかいを出しながらCATからA攻めかな。私なら」
うんうん、最初期のdust2はそうだった。いや、古すぎて本当のところ、知らないけれど、たぶんこのマップの旧石器時代の攻め方はそれだろうな。
「これがたぶん一般的な動き? これを軸にして、一条みたいな陽動作戦をするのかな。CATにちょっかいを出しながら、今度はロングにみんなで一気に攻めるとか」
おそらく2003年までぐらいはそんな攻め方だっただろう。プロのレベルはさすがにお互いにその戦術をしっているから、その先の読み合いまでいってたかな。
「で、答えは?」
「Aばさみが基本戦術になる」
おれは理由を一から説明していく。琴音なら、きっと理解できるはずだ。
まず、このマップはセンターを絶対にAT側が保有できる。
ATベースからはじまって、センターまでとても早く降りられるし、ATベースからダブルドアを一直線上に見ることができる。この二点から、センターという土地のコントロール権は、絶対にAT側が持っている。
「センターを取ってるとなんでAばさみが基本戦術なの?」
「ここを取ってることで、AT側に選択権が得られるんだよ。Aに行くのか、Bに行くのかっていう選択権が」
攻めやすそうな方を選ぶ、単純かつ効率的な考え方だ。
もし仮に、センターをDF側が持っているとすると、A攻めかB攻めか絶対にバレてしまうわけだ。
「さあ問題。なんでセンターをDF側が持ってると、A攻めかB攻めか気づかれる?」
「えー……。ちょっと考えさせて」
唇をとがらせ、右斜め下を見る。待てども、口は開かなかった。
「うーん」
彼女の悩むすがたはかわいらしく、目を閉じているのが子供っぽく思えた。
会場の騒々しさは徐々に減っていき、観戦者の試合開始を待つ姿勢が垣間見える。彼らは、ゲームのルールなんてちゃんとしっているんだろうか。
「わからん。考えたのを一個あげるなら、ATベースを通るすがたが確認できるから。でも、実際にセンターを詰めてさ、Aトンを見るか、トン下から階段を登って、Bトン上でも見ない限りは、確定じゃないと思うんだけど」
ジャンケンのときにも感じたけれど、琴音はあんまり相手の目線に立つということが得意じゃないのかもしれない。
だから彼女は、勉強を教えるのが苦手だ、と吉田へ自称していたんじゃないか。
うん、琴音に相手の目線に立つということを、ゲームを通して覚えてくれたらいいな。ゲーマー冥利に尽きる。
ゲームは楽しいだけじゃなくて、きっと現実のなにかに役に立つと、知ってもらいたい。ゲームをあまりしない人にこそ、世間一般から思われる、人を堕落させる道具ではない、と納得してほしい。
「じゃあ、答えから。ロング攻めもBトン攻めも弱いから」
「うーん、うん。わかった、理解した」
答えさえ言っちゃえば、相手の目線に立つってことがわかるのが、またむずかしいところなんだろうな。
たぶん琴音も、自解しているのか、それともなんとなく気づいているのか定かでないけれど、その行為自体ができないんじゃなくて、しようと思ってないんだろうな。
「琴音が解説してみて」
「Bトン攻めは、さっき一条が言ったみたいにスモーク一個で止められるってのがまず頭に浮かんだ。けど、じゃあスモークがなかったら攻めが有利なのかなと考えたけどそんなことはないと思った」
「なんで?」
「一条がさっき言ってたけど、AT側、つまりBトンから出る側は、一箇所からしか出られないのに、DF側、つまりBサイト側はいろんなところに隠れられる」
そうそう、いい感じ。
やっぱり頭がいいな。
「ということは、これはAでもおなじなんじゃないかなって。ロングだけで攻めるのって……たぶん弱い」
「そうだね」
「だって、一箇所からしか攻めてないから。撃ち合いをするときに、場所が気づかれてるのって、Bとおなじ話で、いろんなところ……って言ってもAはそんなに障害物ないけど、そのかわりDF側はCATに逃げ込むことができるよね。ロングだけだと、敵がいないか確認するところが増えるんだ」
彼女はとめどなくしゃべる。
「で、こっからが本題で、さっき一条が言ってたけどAばさみが基本って言ってただろ?」
おれはそれにうなずく。ちゃんと覚えてるね、おれは人に教えるとき、無駄なことは言わないからね。
「つまりだ。センターが取れないと、一箇所からの攻めに限定されちゃう。Bトンからと、ロングから。だから、センターを取られているってのは、イコール戦術が限定されちゃうってことだ」
そのとおり。完璧。
この考え方はすべてのマップに適用できるが、dust2ともう一つのマップでは、特に重要とされている。
「ちなみにね、おれは琴ちゃんが言ったことを、マップコントロールって呼んでる」
「んん、どれだ……。概念的だからもっとわかりやすく」
「要するに、マップの中核を担う場所さえ取れば、それだけで相手の動きを縛れるの。それがマップコントロール」
うまく説明できないけれど、核がなければなにもできないってのは、ゲームに限らず言えるだろうね。
おれは、こういうことをゲームで学んだ。
「今回、dust2っていうマップは、センターを取ることでAT側は、はさみができるようになる、そしてどっちに行くのかっていう選択権もね」
おれが紙に書いたマップを見ながら、彼女は真剣に聞いている。
「そしてセンターはAT側が取れる。この二つが、dust2の大前提」
話が二転三転としてしまった。戻さなくちゃ。
「つまり、センターの権利を持っているイコール、選択権が十分に与えられているAT側が基本的に有利なわけ。そんななか、なぜAばさみが基本戦術なのかっていうと、これBばさみっていう選択肢があるんだよ。実は」
「どうやってやるの?」
ダブルドアを抜ける。センターからFBをダブルドアに入れてもらって、一気に広場へ三人ぐらいで攻め込み、DFベースへスモークを炊く。こうして広場とBトンからのBばさみだ。
実際に書き込んじゃおう。
「これ。ロングから撃たれないようにDFベースにスモークを投げて、B挟みができるわけよ。一番の人がFBを広場へ入れて、そこから二番と三番が侵入。みたいな」
「ほほう、こんな作戦があるんだ。まあ、初心者の私には作戦なんてこのBばさみ以外しらないんだけどさ」
おれはつづける。
「こういう作戦はあるんだけど、成功はあんまりしないんだよ。例えば、Bサイトと広場にいるDF側が、急いでBトンに攻めてくるとかもあるわけ。つまり作戦潰しね」
「あー、Bトンに逆に攻めてくるんだ。守り側のくせに」
「そう。他にも、センターをくだる最初の過程で、CATから運悪く撃たれたりとかもするわけ。だからCATも取らなきゃいけないし、そうなったら人数が五人対五人とは限らないでしょ?」
失敗する、もしくは作戦が実行できないような状況はいくらでもある。
「ちょっと置いてけぼりかもしんないけど、このBはさみは人数が必要な作戦なのね。Bトンに最低一人、広場を割るなら三人は必要なの。FBを入れる一番の人と、二番、三番ね」
そういうわけで、このBはさみは基本戦術にはならない。条件が限定されすぎているうえに、実は読まれやすい。
この時代のチームとまだまともに戦ったことがないから断定はできないけど、おれの時代だと”ロングを取らない”とそれだけでダブルドアを警戒してくるチームが多かった。
つまり、おれたちAT側がロングを取らなければ、当然センター寄りの戦術ということで、DF側はダブルドアやCATに防御を固めるわけだ。
「で、Aばさみなら三人ぐらい、最悪二人でもできる動きだし、はさみで強いからってわけ」
「なるほどね。理解した」
まあ、これでこのマップの基礎しか教えてないんだけどな!
ここまでの話は、おれのなかではまだおもしろい話じゃない。今回の大会を見ながら解説が上手にできたらいいんだけど、琴音に喜んでもらえることを祈ってがんばりたいな。
「わかった?」
「うーん、まあなんとなく。はさみが強いってのはわかったよ。おなじところに五人で集まるより、バラけたほうがなんとなく強いとは思う。戦国時代もそうだったし」
はさみが強い。それと、マップコントロールの概念。これだけ分かってくれれば、このマップに関してはこの時代にはすぐに適応できる。
なんでかっていうと、日本のNA界はだいたい二年遅れの技術力だったからだ。
今回の解説は、2003年から2004年ぐらいまでで見つかった、気づかれた、dust2の基礎の話。いまはもう2006年だってのに、おれのさっきの話だけで日本レベルならdust2というマップの理解度を、周囲よりも高い状態に持ち込めてしまう。
それくらい、日本はe-sports後進国なんだ。
ほんと、転生でもしなけりゃ、日本人が全世界で遊ばれてるゲームで世界一なんて無理だよ。




