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17.新人戦まで一週間

「さて、琴ちゃんがゲームをはじめて一週間がたちました」

「琴ちゃんやめろ」

「bot撃ちとデスマッチで、いわゆるAIM(エイム)ってのを鍛えてきましたね」


 AIM、エイミングを縮めたもので、敵に照準を合わせることをいう。


「うん」

「そろそろお金のマークの説明をしようと思う」

「かかってこい」


 いさましい言い方だなあ。


「この前さ、琴音がe-sports部に入ろうと思ったきっかけの会話があったじゃん。あのときのくだりに、三対七ぐらいの割合で不利な陣営スタート、どのぐらいラウンド取っておきたいって話をしたの覚えてる?」

「覚えてるよ。私が数学的にみて四から五ラウンドって言ったけど、一条が六ラウンドは欲しいって言ったやつでしょ」

「そう。それの説明につながる」

「またおもしろい話が聞けるんだろ。楽しみにしてるよ」


 おもしろい話っていうか、このゲームがおもしろいだけなんだけどな。

 そういや、物事の説明がうまいというか、興味を惹かせられるように話せるようになりたいって中学生の頃は思っていたなあ。すこしはできるようになっただろうか。


「このゲームさあ、実は買い物をして武器を選ぶんだよね」

「ああ、これって本当に所持金なんだ」


 琴音は、ディスプレイ右下に映るドルマークをゆびさす。


「最初は800$、敵を殺したら300$もらえる。ラウンドに勝つと$3250もらえる。ただし、攻め側――つまりATが爆破成功でラウンドに勝った場合は$3500もらえる」

「おいおい、複雑だな」


 まだつづくぞ。


「ATが爆弾設置したなら、その人だけに300$、DFの解除もおなじく300$。ラウンドに負けた場合は1400$しかもらえないけど、連続で負けると500$ずつ増えていく。最大で3400$まで」

「おい。一度に言うな」

「まあ、いまからわかりやすく説明するから聞け」


 えーと、まずは……。


「問題です、三連続で負けました、合計いくら?」

「1400$と1900$と2400$、それ全部足して、5700$か」


 正解。


「おっけー。次は、負け、勝ち、負け」

「えーと、1400$と3250$、また1400$に戻って、6050$か」


 口頭での説明で理解できるの本当にすごいな。

 おれなんか文章で書いてくれないと覚えきれないぞ。


「正解。つまりだ、このマネーシステムは勝てば勝つほどお金は増えるわけですわ」

「なるほど。ということは、負けたら安い武器しか買えないから、次のラウンドで不利、一度負けたらずっと負けやすくなるってことか」


 そのとおり。説明の手間がはぶける。


「琴音、これだけ聞くとゲーム性でどう思う?」


 彼女はすこしニヤリとすると、得意げに語りだす。


「その質問で伝えたいことがわかった。まあ、切れ端だけ理解すれば、バランスが悪いように見えるよね。たまたま運が悪くて一回でもラウンドに負けちゃえば、一気に差がつきそう」

「そう、このマネーシステムには実力差も出やすくなる上に、運要素もほんのすこしだけ含めることができる。まぐれで勝てば、一気に1400$の収入にたたき落とせるからな」


 だが、そこで終わらない。

 このゲームが、FPS界でもっとも遊ばれる理由が、マネーシステムにはある。


「そして、このゲーム。Not Aloneは死人の武器を奪うことができる」

「それはやっててわかったよ。間違えて、Gキーを押したら持ってた武器を捨てたから」

「そんで、DF側の一番強い武器は3100$必要なんだ。AT側は2500$。つまり、一回負けて、1400$収入しかない陣営側が、敵の武器を奪えばそれだけでプラスなんだよね」


 マネーシステムによって買った武器、これは相手を殺してしまえば武器を奪うことができる。


 ということは、武器の差があったとしても、人数差で敵を殺して武器を奪う。そのあと、制限時間いっぱい逃げ切れば、次のラウンドに武器を持ち越せるから、そういう戦術があるわけだ。


 例えば、AT側が負けてて貧乏。DF側が買ってて富裕。このとき、お金によって買える武器の差があるから、もちろんAT側が不利で、負けやすい。


 だからこそ、AT側はラウンドを取りに行くんじゃなくて、敵を殺して武器を奪うことに集中すればいいんだ。すると、そのラウンドは十中八九は負けてしまう。


 だけども、死んで収入を1400$だったり1900$得るよりも、敵の武器を奪えば、それだけでお金で有利が得られるわけだ。


 もともと武器差があって不利なんだから、ラウンドを取りに行くんじゃなくてお金で差をつけようと努力する。これが、負けたなら負けたなりの立ち回り、負け犬なりの戦略だ。


「マネーシステム。かなりよくできてるな、このルール」

「だろ。これだけで、また読み合いが増えるんだよ」


 おれはかばんに入れているメモ用紙を取り出し、その一枚をやぶる。

 そしてそこへ記入していく。


 DF側の最強装備5500$、AT側の最強装備4500$。


 防具650$、ヘルメットつき防具1000$。


 DF側の弱い武器2250$、強い武器3100$。


 AT側の弱い武器2000$、強い武器2500$。


 手榴弾300$、フラッシュバン200$、スモークグレネード300$。


 解除キット(DF側専用、爆弾解除の時間を10秒から5秒にする)


「いまは覚えなくてもいいけど、そのうち頭に入れておいたほうがいいかな」

「へー。それで、どうやって六ラウンドは欲しいって話につながんの」


 ようやく話が戻せる。

「強さが均衡してるチームってさ、マネーシステムのせいで最強装備を買うラウンドが限られてくるわけよ」


 おれは身ぶり手ぶりを使って、彼女に伝える。このタイミングで美咲が隣の席に座ってきた。


「もし一番最初の800$スタートのときに負けたら、だいたい三連続で負けて1400$と1900$、そんで2400$を足して5700$、これでようやく買えるってことは、負けたらその時点で三ラウンドは強い装備が買えないわけだろ」

「うん」

「敵の装備を盗んでたら話は別だが、まあ最初落としたら四ラウンドは取られるかもなあ、って思わなきゃいけないわけ」


 琴音も美咲も、おれの話に集中してくれている。

 面倒くさがりの人は、こういう話きいてくれないんだよな……。日本大会で優勝するときは、メンバー集めに苦労した。


「ということは、三対七の割合で不利陣営からはじまったとするだろ? このときに、四ラウンドしか取れてないと、次の有利陣営に移ったときに、もし最初負けたら?」

「そうか。普通に考えたら、いくら有利陣営だとしても、お金の差による武器差で、三ラウンドぐらい取られちゃうのか」


 すると、ラウンドを数えて、四対十二だったのが、四対十五。相手チームは不利陣営とはいえもうリーチ状態だ。


「そう。で! 五ラウンドだとしても、最初負けたら猶予は残り二ラウンドしかないだろ?」

「うん。言いたいことはなんとなく分かったけど、猶予が二ラウンドと三ラウンドの差ってそんな大きいか?」


 指揮官の目からすると、大きい。


「でかいよ。前の話とつながって、陽動作戦って考えが一切消えるからね。負けたラウンドをいかして、別のラウンドにつなげるって考えが、たった一ラウンドの差で消えちゃう」


 戦争でいうなら、何ヶ月も右側からずっと攻めていたのに、いきなり左側から攻めだしたら相手の守りが手薄になってて簡単に攻められるって話。

 けど、その右側の攻めも、負けていい回数に限りがあるはず。

 こういう考えで、この不利陣営で五ラウンド取れたのか、六ラウンド取れたのかが、最終的な勝率につながるって寸法よ。


「つーわけで、不利陣営スタートのときに、五ラウンドから交代したときの勝率が四十五パーセントだとして、六ラウンドなら勝率が五十五パーセントとかになるわけ。でも、七ラウンドで交代したなら六十パーセント」


 また早口になっちゃってるな。悪い癖だ。


「簡単に言えば、勝率の上がり幅が、五から六のときはでかすぎるわけよ。六から七のときはたいしたことないのに」

「……なるほどねえ。一条さ、どこでこんなんに気づいたの? これって普通にゲームしてるだけじゃ全然わからなさそうだけど」


 どこで、気づいたか……。どこだろうな。


「んー、おれの師匠みたいな人がいてさ。その人から指揮構想は教わった」


 2006年のいま、おれの師匠は美咲ぐらいの中級者なんだけどね。

 また、あの人と指揮について話したいなあ。


 そっか。おれはこれから、おれの名前だけは知ってるけど、対戦することのなかったレジェンドたちと戦うのか。


 まだおれが弱くて、昔は手の届かなかった強者たち、おれが強くなった頃には引退してた人ばかりだったけど、おれはこれからその日本NA界のレジェンドたちを倒していくのか。

 この気持ち、すごくわくわくしているんだけど、だれにも理解されないんだろうな。


「指揮構想なんて言葉があるんだな」

「いや、これは一般的には使われてない。あんま気にしなくていい」


 早く、高校生大会なんて終わらせて日本の大会に出場したいな。

 おれだけ持っている未来のゲーム技術をいかせるのは、あと四年ぐらいしかない。世界で勝つには、急がなくては。世界大会の動画だけじゃなくて、プロ同士の練習試合のDEMOでも研究しよう。


「じゃあ、自分の練習するわ」

「うん。またおもしろい話、待ってる」


 おもしろい話ねえ。


「琴音、今度さ、美咲の新人戦いっしょに見に行くか。解説ならたぶんいくらでもできるよ」

「行こうかな。来週でしょ」

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