16.新人戦まで二週間
パソコン室の扉を開けると、ガヤガヤとにぎやかだった。
「また新入部員か。一条! この子も野良チーム出身か?」
「いや、琴音は全然違いますね。ガチガチの初心者ですよ」
おれは部内で一気に名声を獲得したあと、紅白を除けば主に美咲と個人練習ばかりしている。美咲の技術を上げるのが最優先だと思ったからだ。
「そうか。じゃあ――」
「いや、まずは見学からでも、いいですか?」
ぎこちない敬語を使う琴音が、見ていて微笑ましかった。
「せっかくだからやったほうが」
彼女は副部長の吉崎から目をそらして、おれに視線を飛ばす。それは助けを求めているかのようだった。
「琴音、やってみ。やったほうが勉強になるよ」
裏切られた! とでも言いたげな、ぎょっとした顔をすると、しぶしぶ吉崎の話を聞きはじめる。
部内は美少女がきたということで大盛り上がり。ただし、一年生たちだけは驚いて声も出せないようだった。たしかに、琴音がe-sports部ってのはちょっと考えにくい。
二年生や三年生は琴音を大歓迎しているようだ。おれのときはそんなにわめかなかったのは、おれがやはり男だからか。この部にいる女の子は数少ないうえ、美咲を抜けばあんまりかわいい子はいない。
琴音はへたくそな愛想笑いでごまかして、なんとか話を合わせている。おれが、それについ吹き出すと、隣の席にいる美咲に首をかしげられた。
「なにがおもしろかった」
「琴音が困ってるすがたはかわいくておもしろい」
その言葉が聞こえたのか、琴音の視線が突き刺さる。それを気にしないようにして、美咲と話をつづける。
「そろそろ新人戦。見にきてくれる」
「行くよ、たぶんね」
「たぶんなの」
うーん。正直あんまり興味ないんだよな。レベルが低すぎて見る価値をあんまり感じない。どうせ見るならうまいやつらを観戦したいと思う。
まあ、美咲の応援のために、どうせ行くだろうけど。
「美咲。新人戦でさ、もし優勝したらプリンをおごってあげる」
「……ほんとに」
「神に誓って」
大食漢の彼女は、甘いものが好物で、特にスイーツならプリンとぜんざいが好きだ。和も洋もへだたりないところが美咲らしい。
「一樹は、優勝できると思う」
「無理」
美咲以外の四人は大したことがない。指揮官らしき人はいるみたいだし、チームのメンバーたちにそれぞれポジションが割り振られてたりとか、なんていうんだろう、見た目上はすごくチームらしいことを決めているんだけど、中身がまったく伴ってない。
例えるなら、先人たちのやっていた形だけを真似たものの、その経験や技術はないことから、実力がないって感じだ。どの動きもそう、なにか作戦をチームでやろうと思っても、臨機応変に動くことができていない。作戦の動きを固定化させて、そのばその場の判断力が足りない彼らは、逆に作戦に縛られている。
指揮官の能力が足りていないのもそうだし、他のメンバーも能力が足りてない。
これをあと二週間ほど、おれが教えても間に合うわけない。それに、おれがおせっかいを焼く理由もない。
「じゃあプリン食べられない」
「がんばりなさい」
負けてもプレゼントしてあげるけどね。新人戦がはじまる一日前に、百貨店でモロゾフのプリンでも買おう。美咲はチョコプリンが好きだけど、勝手に買ったら怪しまれるだろうか。
琴音のせいで、素性バレにすごく敏感になってしまった。
「がんばる。1on1やろう」
「いいよ。まずbot撃ちとデスマッチおわらせてからね」
ほどなくして、琴音がおれの隣にやってくる。
「デバイス貸してもらったか」
「うん。なんか、聞いててよく分からなかったから教えて」
「はいはい。琴音はパソコンのご経験は?」
パソコンすら触ったことなさそう。
「学校の授業と、家でちょっと調べ物するときに触るぐらい」
「しゃあないな、ちゃんと教えてあげよう」
*
「へえ、こういう画面なんだ」
彼女の使っているモニターには、まるで現実世界の視界とおなじような光景が広がっている。画面の右下には拳銃が、左下には”100”とアラビア数字が書かれている。これが”0”になれば、琴音のキャラクターは死んでしまう。琴音がいま持っている拳銃なら、身体に撃つと大体10ダメージってところだ。
「あれ。なんかお金のマークがある」
右下には拳銃を持った手が伸びているが、それよりもっと右下の、本当の画面端には銃の弾数が写っている。いまは弾倉に二十発。残弾は百二十発だ。
そして、その上に残弾数の上に、所持金が表記されている。いまは八百ドルだ。
「それはまた今度にしよう。今日は、遊び方から」
「ご教授しろ」
「敬語といつものしゃべり方を混ぜるな」
琴音がマウスを持って、やたらめったらに振り回す。それとどうじに、画面も揺れ動く。
「まあ、言わんでもなんとなくつかめるだろうけどさ、マウスを動かして視点の移動、クリックで銃を撃つ」
「本当に言わんでもわかる」
おれは琴音の左手に触れて、キーボードの上に置く。
「WASDのところに指をおいて。Wが中指、Aが薬指、Dは人差し指。そんで、小指をCtrlキーで親指がスペース」
「おお、動いた」
WASDキーが、そのまま縦横の移動につながる。Ctrlキーはしゃがんで、スペースキーはジャンプする。
基本操作はこれだけだ。
「他には?」
「ない。それだけ知ったらとりあえず遊べる」
「移動と、しゃがみ、ジャンプ。クリックで銃を撃つね」
彼女の背後から腕を回して、キーボードを操作する。bot撃ちの状態にまで持っていくと、あとはひたすらにやってもらうことにした。
「コツは聞きたかったら聞いて。お前のことだから一人で勝手に覚えそうだけど」
「私はそんなに頭よくないよ」
ウソつけ。
「一条はなにしてんの」
「んー? 動画見てんだよ」
おれは世界大会の動画を使って、戦術の研究をしている。はたから見れば、それは遊んでいるようにも思われるだろう。実際、プロの動画を見ているやつは、少なくとも部活動中に見ているのはおれ以外にいなかった。けれど、おれにとっては真剣な練習の一部だ。
「人がやってるのを見て勉強するのか。頭いいな」
「動画見てるってだけでそこまで読めるのがすげーよ。普通は観戦してると思うだろ」
「いや、一条は仮に観戦のつもりだとしても、ただ楽しむだけに終わらないだろ。だからただの当てずっぽうだよ。どっちだとしても正解だった」
まったく、謙遜ばかりする。
なんでこんないいやつが、クラスでは援交してるとかうわさになるのかねえ。
いや待てよ、どっちだとしても正解だった。っていうフレーズ、冷静に聞くとやばいな、天才感出しすぎ。
「これ、頭を撃ったほうがいいっぽい? なんか右上の殺した履歴みたいなところも、頭を撃って殺したら、他の部位はマークがでないのに、頭だけマークが出る」
大正解でーす。
「頭を撃つと、ヘッドショットっていうボーナスダメージみたいなのがあるんだよ。ちなみに足とか腕を撃つとダメージは減るよ」
「ふうん。じゃあ頭を狙えばいいのか。でも、小さいな……。下手に狙うより身体を撃ったほうが当たる」
それも正解。下手に頭を狙うよりかは、身体を狙ったほうが弾が当たって強い。
ここまでは、まあゲーム慣れしているやつなら気づくレベルだ。
その先に到達したら、マジで天才だと思おう。その先ってのは、マウスをいかに水平に移動させるかってものだ。人間の頭の高さに最初から合わせておいて、あとは水平移動させるだけっていうコツだ。
「うまいやつはやっぱり頭ばっか狙うもんなの?」
「はい」
「こんなん当てられるかよ……」
世界大会の動画を止めて、椅子に座ったまま彼女のモニターを見る。
「琴音さあ、壁を撃って」
「壁?」
彼女は言われるがままに、一発だけ壁に弾痕をつけた。
「次さ、それよりちょっと離れたところにもう一発つけて」
「うん」
二つの点が、離れて存在する。そこで、おれは彼女のマウスを横から握る。
「この二点を、一瞬で撃ってみ。感覚だけで」
「わかった」
琴音は最初、弾痕から照準が行き過ぎてしまっていたが、じょじょにそれは直っていった。
「いまはもう慣れてできてるけどさ、最初失敗してたでしょ」
「ああ。弾の跡を飛び越しちゃってたね。動かし過ぎてたよ」
「そう考えることもできるけど、自分の感覚で画面を動かせるように、設定で直しちゃおう」
おれは彼女のキーボードを操作し、カタカタと入力する。
自分の感覚に合わせて、ゲームの設定を変える。快適にゲームをするコツだ。
「設定ってなに」
「琴音がマウスを動かすだろ? 現実で5cm動かしたとき、ゲーム内で何cm動くのかを決めるわけ。今回は”感度を低くした”。つまり、さっきよりたくさんマウスを動かさないと画面が移動しないの」
へえ、と感嘆の声をあげながら、マウスをぶんぶんと振り回す。
「あ、こっちのほうがやりやすい……かも」
「FPS界隈にはマウス感度が高い、低いっていう言葉があってさ。高いのをハイセンシ、低いのをローセンシって呼んだりする」
「さっきの設定のやりかた教えて。自分で微調整する」
それからというもの、彼女はbot撃ちにのめり込んだ。
集中力の高さがすばらしいな。これは優秀な人に共通していることの一つだと思う。




