15.指揮官とは
「なあ一条と鳴宮がやってるゲームってどんなルールなんだ」
昼休みのさなか、琴音が教室で口火を切る。
「どんなルールって言われてもな……。お前ほとんどゲームやらないだろ?」
「うん。マリオぐらいならしってるけど」
そこからつながらねえな。どう説明したもんかな。
「そうだな。まず、互いに銃を持って戦うわけよ。自分チームと相手チームが、攻めと守りの陣営にわかれてる」
彼女は無言でうなずく。
読み合いに持ち込んだとき、琴音は一般論にたよる。チョキが統計的に勝率が高いというものだ。それをこいつ自身も含め、みんながしっている。そうなれば当然おれたちはグーを出して対抗をするし、彼女も対策されるのはわかっている。それでも結局、こいつは統計という数字にたよる。
「攻め側の目的は、重要施設を爆破することなわけ。守り側はそれを守りたいの」
「テロリストと警察みたいな感じってことね」
そうだな。
「そういう戦争ゲームなんだけど、一回の勝負だけじゃ決まらないわけよ。例えば、守り側が有利なマップがあったり、攻め側が有利なマップがあったりすんのね」
「じゃあ陣営の交代が必要だな。スポーツのコートチェンジとおなじか。公平性を保つためってやつだろ」
賢いなあ、こいつは。
「そのとおり。それで、最終的に何回その攻めと守りを繰り返すのかっていうと、先に十六ラウンドを取ったほうが勝つんだよね」
琴音は「一回の勝負をラウンドって言うんだ」と独り言のようにつぶやく。
「で、十五ラウンドやったら陣営交代するの」
「ふうん。じゃあ十四ラウンド対一ラウンドとかで、強制交代なんだ。じゃあさ、有利な方からはじめたほうが強いよね」
一を聞いたら十を知りやがる。頭がいいのう。
「なんで」
そこに口を挟んだのは美咲だった。
「え、だってどうせ交代するなら、先に有利な陣営ではじめたほうが、あと取らなきゃいけないラウンドがすこしでいいだろ?」
美咲はそれに反応しなかった。
うむ、琴音の意見は全面的に正しい。だが、そうとも限らないのがこのゲームの面白いところだ。
さっきまでおれのそばで立っていた琴音は、空いていた席に勝手に座る。美咲はきちんと持ち主にたずねてから、空いている席へ座る。
「そうだな琴音。その理屈は完全に正しい」
まるでジャンケンのようにな。
「だろ」
「けどな、例えばチームにスロースターターの人がいる場合もある。おれらのやってるゲームは五人対五人で遊ぶ対人戦だ。人には調子が出るタイミングがバラバラだったりするわけよ」
「あー……。なるほど、それは考えてなかったな」
他にも理由はある。
「それだけじゃない。不利側でスタートしてるから、ラウンドで差が開いていてもメンタル面で強くなれたりする。せっかく有利側ではじまったのに、ラウンドが全然取れてなかったらもうチャンスはないか? いや、そんなことない。勝負は最後までわからん。だから、不利側でスタートする方が向いてるチームもある」
ゲームをしているのは、人間であってコンピュータじゃない。理屈がどうこう、ってのはもちろんあるけれど、それで試合は決まらない。
「やってるのはあくまで、人間だからね。ジャンケンとおなじだよ」
「なんだ、嫌味か。チョキが統計的に最強だろ」
「頭かてー、この子」
まあ言いたいことはわからなくもないんだけどさ。琴音がチョキを出すと決めつけておれがグーを出す。それを琴音が気づいて――っていう流れで読み合いをすると、結局チョキを出せばいいんじゃない? って考えだろうけど、実際負けてるからな、琴ちゃん。
「聞いてて、おもしろそうだとは思ったよ。陣営がどっちからはじめるかだけでも、それだけ読み合いがあるんだろ。試合中はもっといっぱいあるんじゃない?」
そうだな。試合中はもっとある。
けれど、指揮官の立場としては、一つひとつのラウンドにかける読み合いだけじゃ足りない。
「おもしろいよ、すっごくね。ちょっとむずかしい話だけどさ。十六ラウンド取れば勝ちなわけだからさ、なにもすべてのラウンドを取る必要ないんだよ」
「んー……それはどういう意味だ」
「さっきもいったけどさ、十五ラウンドで強制的に陣営は交代するわけ。じゃあさ、琴音が三対七ぐらいの割合で不利な陣営からスタートしました。何ラウンド欲しい?」
おれの質問に、琴音は考え込む。
彼女は、目をつぶる。それから何秒かたって、答えた。
「数学的に計算するなら、四ラウンドから五ラウンドじゃない」
「そう、そのとおり。まあ欲を出すなら六ラウンド欲しいことが多いんだけど、それはあとで教えてあげる」
なんか、いまの言い方はいやらしかったかな。
「じゃあさ。全部ラウンド取る必要ないよね?」
「はあ、そりゃそうだろうけど……。じゃあわざと負けるってことか、そういう意味じゃないだろ」
そう、ここがこの十六ラウンド先取のおもしろさだ。
「そういう意味じゃない。けど、そういう意味でもある。つまり、前提を作るわけよ、陽動作戦をするわけ」
おれの言葉に反応して、目の色がかわる。
「例えば、おれが体育の時間に教室から体育館に行くとするだろ。琴音は二週間後におれを教室や体育館じゃなくて、”道中”で捕まえたいと思う。じゃあどうする?」
「うーん、意味わからないけど、廊下か教室の前、ほかには体育館の前とかで捕まえればいいじゃん」
自分でも気づかないうちに、言葉のスピードが早くなっていく。
魅力を伝えることの楽しさが、そうさせる。
「じゃあおれが、いつも使っているルートを通らなかったら?」
「いや、そんなんしるかよ」
そうそれだ。それが読み合いだ。
「おれが、”窓から飛び降りて体育館に向かう”としたら? 琴音は待ちぼうけを食らうよな」
「そりゃ、そうだけど」
一拍おいてから、おれは話す。
「だから、ゲーム内でもおなじことをするわけ。欲しいのは全ラウンドじゃない、四ラウンドから五ラウンドを、不利陣営で取れたら平均的なわけ。六ラウンドも取れたら御の字。じゃあ、それまでいつもおなじような戦い方をしているのに、”本当に取りたいと決めているラウンド”で戦い方を急激に変えたらどうなる?」
おれの言葉に、琴音だけじゃなく、美咲も反応する。
「これが、チームの動きを指示する、指揮官の仕事なんだよ。ゲームの技術だけじゃない、別の視点からチームを勝利に導く、これが作戦なんだよね。こういう読み合いこそが、おれらのやってるゲームの醍醐味になるんだよ」
その言葉に、琴音は口元を緩めた。
目尻をさげて、子供のように屈託のない笑顔を見せる。
「もちろん、陽動作戦とはいっても、わざと負けるわけじゃない。相手は人間だから、ミスもする。おれらは陽動作戦のはずが、ラウンドを取れちゃうこともあるわけ。いくら不利とはいってもね」
その言葉に、琴音がつづける。
「そのラウンドを取ることが、不利サイドの普段の動きを対策しなくちゃいけないと思わせる。それがまた陽動につながる」
「大正解。だから、わざと負けるって意味じゃないわけ。負けても得だし、勝ったらもちろん得。そういう戦術の使い方さえ知っていれば、ゲーム外の技術で勝利を取りにいける」
琴音が、ぼそりと言う。
「ちょっと、やってみたいかも」
かわいいな、こいつ。
美咲はいつもの無表情に見える、実のところ微笑みで言葉を返す。
「e-sports部、歓迎する」
「こんど、いっしょに連れてってよ。見学からでも」
はは、琴音がゲームするなんて、思っても見なかったな。
なんか、変わっていくなあ、色々と。前の世界と。
これが理由でクラス替えがかわったらちょっと困る。主人公属性な運命力で、おれの望むクラス替えならいいんだけどなあ。
このあともルールの解説は琴音を挟んでしていくと思いますが、もしご不明な点、分かりづらい点があればぜひ感想にてお願い致します。追記、修正をしていきます。




