14.天才その一
天才は、努力を努力とは思わない。
この小説の天才の定義の一つですね。
de_dust2というマップは、counter-strikeシリーズのマップです。個人活動の小説ではなにか注意を受けるまでは引用元を記載することで利用させていただきます。
紅白ってのは紅白戦のことで、ランダムに二つのチームでわかれて戦うことを意味する。
この部活では、どうやらbot撃ちとデスマッチ、そして紅白で個人技を鍛えて、家に帰ってからはチーム活動をさせているようだ。
そういや、どうやって部活内でチーム分けなんかしてんだろうな。紅白はくじ引きでもなんでもいいけど、大会に出場させるメンバーってだれが決めているんだろう。
「準備できたかー? それじゃDF側、スタート打って」
「はーい」
攻め側をAT側、守り側とDF側と呼称する。アタックとディフェンスの省略語だ。
Not Aloneは五人対五人でやるFPSゲーム。一概には言えないが、大会で使われるルールは軒並み爆破ルールというものになっている。
AT側は指定された地点に爆弾を設置して、起爆する時間まで解除されないようにそれを守りきれば勝ち。そして守り側、つまりDF側は、攻め側の爆弾を解除するか、ラウンド時間いっぱいまで設置させなければ勝ち。
ただの撃ち合いをする戦争ゲームなら、おれはあそこまで熱中することはなかっただろう。これもすべて、爆破ルールがもたらした奥深さによるものだ。
そして、この爆破ルールのおかげで、おれはアジア最強の指揮官と呼ばれたわけだ。
それぞれの席で「よろしくお願いしまーす」と言い合い、試合をはじめる。
今回、選ばれたのはde_dust2という名称の、このゲームでもっとも遊ばれているマップだ。有名でバランスのいいマップだから、その構造は盗作されたことがある。
日本は2007年から2015年ぐらいまで無料FPSが流行して、そこでde_dust2もどきのマップが、いろんなゲームで登場していたのを覚えている。
さて、このマップは昔からずっと遊ばれているだけあって、研究が完全にすんでいる。時期で考えると、2001年から現れてNAが大会から消える2013年まで……ようするに十三年間あったわけだが、2009年ぐらいにはその研究は終わっていたと思う。
つまり、マップ構造をいかした戦術はそこで進化を終えた。が、2006年のいまはまだ発展途上で、もしかしたら、おれの知識をこの紅白で使えるかもしれない。
おれたちはAT側、つまり攻めからはじまる。目標は爆弾を設置して、爆破することだ。
「固まってトン下まで行きましょう、ジャンプしてキャットを確認して、いないなら広場へ抜けましょうか」
おれは味方へ指示をだして動く。
「DFベースにスモーク炊くので、それまで待機で――はいGO! 広場に一人、そいつやってBにそのまま流れましょう!」
ああ、久々だな。この感覚。
負ける気がしねえ。
全体の動きはおそまつなものの、指揮で方向性だけは統一させる。
それで勝率が上がるのかって聞かれると、そういうものでもない。なぜかといえば、方向性だけでも統一するのが難しいからだ。指揮ってのは、指揮されることに慣れてないと指示を聞くこともできないし、指示されていないことを汲み取って考えることもできない。
つまり、指揮官だけの問題ではなくて、プレイヤー側にも、指揮を受ける能力ってのが必要になるわけだ。
だからこそ、おれはできうる限り簡単な指示を出すことにしている。小難しいことなんて、お粗末にも全国四位程度の高校生たちにやらせるものじゃない。
仕事でなにか成し遂げたい。じゃあ、指示をだすだけでみんなが仕事を完璧にこなせるか。
答えはこなせる。
一般的な社会人が仕事をする上で、自分がどういう立場でどういう仕事をしているのか、それを理解している人は、結構すくない。自分を客観視できていない、理解できていない人たちが何人かいても、仕事ってのはなんだかんだうまくいく。つまり、指示さえ的確なら、仕事ってのはわりとできちゃうものだ。
じゃあ、このNAではどうだろう。
答えはこなせない。
理由は一つ大きな問題があるから。――――それは、リアルタイムで敵が動くこと。
これは対人ゲームだ。なにが正解なんて、相手の動き次第で正解が事細かに変わってしまう。指揮官ひとりが、味方四人へ、いちいち指示をしてあげるなんて実質不可能だ。
だから、意図を理解していない人間が一人でもいたら指揮ってのはうまくいかない。小難しいことなんてもってのほかだ。
「先頭の人、ジャンプで入って。後ろはカバーして。設置したあと広場は完全に捨てて、Bトンを取りにいきましょう」
全員が、おれの言葉をやけに素直に聞いている。紅白なんて言うこと聞かない人とか、反発する人もいるんだけどな……。
部活だからか? みんなのモチベーションが高いのかな。
「広場捨てるの?」
二年生からの質問だ。
「いま3on3ですよね。誰かが死んだときにカバー入れるのは絶対って考えて、守りたい場所を減らさないとカバーに入る人数が足りません」
「あー。なるほどね」
いまの説明で理解できたのか。暇を見て、あとづけで「Bトンと広場の二択取ったら、人数が足りません」とでも言いたかったけど。なんだか、あんまり信用できないな。
理解した振りをする人は、あまり好みじゃない……いや、やめよう。勝手な決めつけだ。
しだいに人数は減っていき、おれと美咲の1on1になる。
さっきまでの散漫だった集中状態を、短時間だけの超集中状態へと変える。
この美咲にまだ負けるわけにはいかねーな。
「……強い」
隣だった席から、彼女は対面へと移動している。相手の画面を見ることで位置がバレてしまうのを防ぐための措置だ。
前にいる美咲からは、その言葉が小さくも聞こえてきた。
「まだまだだなあ。浅い」
「あなたが上手なの」
試合は、十六ラウンド対四ラウンドで圧勝だった。これがおれのおかげによるものなのかは、いまいちわからない。
個人の戦績だけを見るなら圧倒的だったが。
「おつかれー」
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
試合途中でやたらと聞こえてくる、おれに対する賛美がどうもこっ恥ずかしくてやりづらかった。
ひとり、三年生がおれのところまで歩いてくる。
「一条。なんでもっと早く部活にこなかったんだ。新人戦の登録もう終わったよ」
「じゃあ次、入れてください。えーっと、部長ですか、副部長ですか」
いま目の前にいるのは、最初に紹介をしてくれた人とは違う。背格好が高く、ひょろひょろとしてメガネをしている。前の人は背が小さくて小太りだった。
「副部長の吉崎。部長はお前がきたときに色々と教えてくれていた人。谷部長ね」
吉崎はつづける。
「おれらも全国四位の人間だからわかる。どこでやってた? 野良チームにいただろ」
野良チーム――そんなの聞いたこともない単語だったれど、意味は個人が能動的に集まって作るチームのことをさしていると思う。部活動のように、元からあるチームに入るのとは別だね。
ああ、おれは確かに前の世界で野良チームに入っていたよ。
「そうですね。中学のときまでは」
素性を偽り、うそを語る。元世界八位なんて、口がさけても言えない。
「どこだ、有名チームじゃないのか」
「そんなこともないっすよ」
予定通り、おれの強さを見せつけることができた。達成感がある。すごく、心地よい。
ああ、そうだな……目標を達成するのって、楽しいんだよな。
世界大会優勝、そんな遠い目標を設定したから、達成感もなく楽しめなかったんだろうな。
いまになって思うけれど、難しい目標を最終地点にしたとしても、道中に一つひとつ、達成できそうな地点をもうけたほうがいい。
そうでなければ、モチベーションがつづかないよ、きっと。
ああ、失敗したなあ。あの頃、それに気づいていたなら……。
「どこのポジションやってた? L96もうまかったけど、プレイスタイル的にはバックアップか?」
お。思ったよりも考察できてるな。高校生大会はおれ一人でなんとかするつもりだったけど、そんなこともないか。
「指揮っすね。動きはバックアップ系が多いですね。クラッチがとにかく得意なので、自然と」
「クラッチ?」
あれ、そうか。この時代はまだクラッチプレイヤーの概念がないのか。そういや、おれもクラッチって単語を知ったのは、2013年とかそのぐらいだった気がする。
「えーっと、緊急時にラウンドが取れること……みたいな感じですね。例えば、爆弾を設置したあとの1on3とかを勝っちゃう人のことを、クラッチプレイヤーとか呼びます」
「へえ、エースプレイヤーみたいなことか」
「ああ、そうですね。エースのことです」
そういえば、この時代はそんな風に呼んでいたな。そうそう、次第にエースって呼び方とおなじぐらいクラッチプレイヤーって言葉が流行りだしたんだ。
アハ体験ってやつだな、ひらめきが気持ちいい。
「まあ、おれの場合は1on1は普通ぐらいですけど、1on2以上の勝率の高さは自負できますね」
「センスか。紅白も三回ぐらいクラッチしてたな。マジで強かった」
そうだなあ。おれには才能がないとは思うけれど、統計的に見て、おれの一人対二人以上の勝率の高さはあきらかにおかしいからな。
ここだけは他の人にない才能かもしれない。おれ自身は普通のことをしているつもりなんだけど、他の人から見るとそうでもないらしいし。
はは、まさに天才の言い分だなこりゃ。自分が特殊であることを理解できていない、典型的な天才だ。
それでも、おれはやっぱり自分が天才とは思えない。
だってさ、世界にはおれよりもクラッチがうまいやつがいるんだから、思えるわけがない。おれレベルは、世界のトップ層ならゴロゴロしてるもんだったのさ。
あれは、完璧な挫折だったなあ……。
世界大会にはじめてでたとき、二回戦で負けた。自信のあったクラッチが、通用しなかった。
自信のあることを上回られたとき、本当に心にくるものがあるよ。
細かいゲームのルール説明は近いうちにします、お待ちくださいませ。




