12.静けさ
リハビリ、半分完了。
個人技においては、まだよくわからないが、多分日本でもそこそこ強いぐらいにはなった。
いまなら、おれが強豪チームにさえ入れたなら、日本一は半年もあればとれる気がする。
とりあえず、ゲームの操作に関してはこれで終了。あとはこのまま操作技術を維持しながら、次の段階へ行く。
戦術の発案と、考察だ。
おれがやっているゲームは、FPSと呼ばれる一人称視点のジャンルだ。要するに、人間が目視している、この”視界”が特徴のゲームとなっている。
そのなかで、Not Aloneというタイトルをやっているわけだが、このゲームは五人対五人で遊ぶ。当然、そこにはチームの連携が生まれる。そして、戦術も。
前の世界で、おれは指揮官と呼ばれる、チームの動きを指示する役目を果たしていた。一応、世間的には日本最強の指揮官、ないしはアジア最強の指揮官とまで呼ばれるぐらいには、その指揮能力は優れていた。
逆に、一方でおれは操作技術はそこまで高いわけではなかった。おれのゲームの練習時間は、一般的なプロゲーマーよりも”ゲームそのもの”には費やしていない。代わりに、チーム全体での動きの研究と、指揮構想に時間をかけている。
その理由は、指揮官としてチームの勝率が上げる方法が、それだったからだ。
そして、それをこれから何年間か、つづける。
まずは全日本高校生大会の内容を把握する。
数年先の技術を持ったおれから見ると、どれだけの技術を持っているのかがすごく気になっている。ここは異世界で、過去の世界だ。e-sportsははやっているが、時代的には古臭い環境。おれにとって、この世界のプレイヤーの腕が、どの程度なのかは一大事だ。もし、仮におれと変わらないような、つまり2016年クラスの能力だとしたら、世界大会優勝は正直夢のまた夢になってしまう。
おれは自室のパソコンを前にして、インターネットから去年の全日本高校生大会の冬の部を見てみる。
まずは決勝戦からだ。
内容は、ぶっちゃけ話にならない。妥当、妥当だ。2006年相応の技術。おれの異世界転生は、どうやらe-sports革新は進んでいようと、プレイヤー層の腕前はさほど変わらなかったらしい。チームとしての動きが、まったくと言っていいほどになってない、おそまつなものだった。
これで、高校生大会の決勝ね。
まあ、まだわかる。なぜかって、高校生だからだ。このなかには、いわゆるFPS歴が五年以上もあるやつなんてそうそういないだろう。高校生からはじめたとしたら、最大でも三年に満たない。おれは十四年だ。この時間の差は、途方もないほどに大きい。
次だ。日本大会そのものを見る。2005年の、世界大会へと渡るチケットを賭けた日本大会の決勝……。
もちろん、高校生大会よか腕ははるかに上だ。めちゃくちゃ違う、こっちのほうが強い。
だが、それまで。
完全に把握した。このレベルじゃ、おれに歯がたつやつなんて、この時代には一人もいねえ。当たり前といえばそうだけど、未来の技術を持った人間が、過去に転生してみれば、その実力差は語るまでもない。2006年の時代なんて、FPSというジャンルすらまだ日本に浸透しはじめたばかりの代物で、まだ現在の日本プロですら、FPSでどうやって勝つのかを模索している最中。先人たちの知恵を吸収してきたおれが、先人たちに負けるはずがねえ。
撤回だ。”多分日本でもそこそこ強いぐらいにはなった”だって? いいや、断言する。おれはいま日本で一番強い。
強豪チームに入れば、二ヶ月で日本最強のチームに仕立て上げられる。
もう少しリハビリするつもりだったが……あとはやりながらでも、間に合う。
きょうは土曜日。月曜日にでもe-sports部に入部届を出そう。
家で個人技の練習をしていた時点でうすうす感じていたが、想像以上にこの時代のゲーマーの腕が低い。高校生大会なら、おれ一人で勝ちに導けるだろうな。
欲求を満たすと決めてからというもの、一日に平均して八時間はゲームに触るようにした。その内訳は、三時間がゲーム本体のプレイ、約五時間は研究だ。世界プロの現状把握と、日本プロの現状の把握。それをこの一ヶ月で完遂した。無敵感が心の底からあふれているけど、まだチームでの動きに関してはリハビリが必要になる。
部活に、入ろう。正直、低レベル過ぎてリハビリになるかどうかすらわからないが、まあいい。どうせ、日本の強豪チームに入るまでの過程だ。美咲を連れて、三人のトップ層を取り込むためだけの途中駅でしかない。
*
ふわふわ、もこもこの髪をした美咲さんは、授業の板書をカリカリと書いている。完全記憶能力――要するに、なにもかもを忘れない記憶力を持った美咲さんは、そんな能力があることを周りに知られないように、普通の人らしくノートを取っている。
彼女なりに、周囲へ溶け込む方法のひとつだったんだろうな。
いま、美咲はe-sports部でどういう立ち位置なのかな。
おれの知っているこの時代の美咲は、マジで一言もしゃべらないようなやつだった。うなずくか、かぶりを振るかのどっちかで、会話のカの字もない。それぐらいしか記憶にない、あの頃は別に仲がよかったわけじゃないし。
みんなと、仲良くできているといいんだけど。
昼飯のときに話を聞いている限りは、美咲は敵を倒す技術や逃げる技術は問題なくとも、ゲームをしながらしゃべるのが苦手なようで、チームの動きができていないらしかった。まあ、それはおれとゲームをやりはじめた美咲がそうだったし、わかっている。そんな彼女が、新人戦に出してもらえるというのは、やはり彼女が天才である理由か。
おれや美咲のやっていたNot Aloneは、五人対五人の戦争ゲーム。彼女は、おれの思う、世界で一番に”一人対一人が強いプレイヤー”だ。
互いに銃を撃ち合い、殺し合う。五人対五人が削り合って、いつかは三人対三人に、二人対二人に、そして、最後の一人対一人。
そのときに、彼女の一人対一人の異常なまでの強さが、真価を発揮する。
圧倒的な予測力と、判断速度、そして、敵に照準をあわせるAIM力。それが、ずば抜けている。この時代の美咲はまだまだ弱いが、大学生二年生に上がる頃には、世界で一位、二位を争えるぐらいになる。
「はい一条ー! これは?」
「……いや、文脈が意味分からんのですが」
「ああ、ちゃんと聞いてたのね」
授業中のなか、社会科の先生は問題を問うふりをしたが、実際にはいきなりおれにふっかけただけだった。
おれがボーッとしているように見えたんだろう。
そういえば、自己分析のひとつに、おれは視野が広いと思う。
なにかを物事をやりながら、同時の他のことについて考えることができる。いわゆる、マルチタスクってやつだ。
例えば、おれたちのゲームは、銃を撃ち合って戦う。それにはマウスを操作して、銃を相手の頭や身体に向け、クリックをして敵を倒すわけだ。それに対する集中はもちろん必要。敵の弾を避けるためにキーボードを操作し、必要ならすぐに壁に隠れたりもする。
このときに、敵を倒そうという意識とほぼ同時に、味方へ敵の位置を報告しなければならない。
これができないやつが多い。
敵を倒すことに集中はできても、口を動かして、自分の手に入れた情報を味方へ伝える。それが同時進行でできないやつってのはザラにいるわけだ。
それがマルチタスク、先天的なものとは思っていないが、おれのゲーマー人生で出会ってきた人数から考えると、先天的な可能性のほうが高いのかもしれない。
人の能力は千差万別、とはよく言ったもんだ。
上はうえ。下はした。
なにもできないやつってのは、たしかにいる。
おれは、ひたすら克服してきた。
なにもできないやつに、努力が足りねえんじゃねえか。って何回言ってきたっけ。
子供時代って残酷だな。昔のおれは、結構ひどいやつだった。
凡人だと、人より努力をつづけてきたからだと、おれは自分がこの位置にいる理由を説明してきた。
もしかしたら、おれも選ばれている人間なのかな。上には上がいるんだけどさ。




