11.秀才
今日もおれは、琴音を昼飯にさそうため、屋上へ行く。
断られることもあるけれど、いい加減にさそう前から教室にいてくれないだろうか。
「琴ちゃーん。お昼の時間ですけど」
扉を開けて、いつもの定位置に琴音いる。どうやら、今日はレジ袋を持っていないようだ。
彼女はすぐにこちらを見ると、いつにもまして真剣なまなざしをおれに向けている。
「一条」
「はい」
いつもと雰囲気の違う彼女は、怒っているように見える。
おれはしずしずと、なんとなく刺激を与えないように彼女の元まで歩く。距離があと2mといったぐらいまで近づいたときに、彼女は再び口を開いた。
「お前。未来から来ただろ」
胸を握られたように感じて、身体を動かすのはおろか、声も出せなかった。じょじょに冷えていく身体の節々、心臓の鼓動が、早く大きくなっていく。
なんで、バレた?
ボロは、出てるっちゃ出てるが、そんなに出したか。
「いや?」
おれは少し遅れて、否定した。
「意味がわからんが」
声は、震えた。
琴音はおれから目を離して、街の方を見る。
「じゃあ、質問に答えろ」
こいつは、冗談じゃなさそうだ。
どこからバレた?
「お前さ、みんな名字呼びなんだよ基本。それなのに、鳴宮と私は下の名前で呼んでる。鳴宮に、体育祭のときに聞いた。最初から名前呼びだったらしいな」
ああ、そういや……。そうだった。けど、そんなんでバレるか?
「なんで、私らは名前で呼んでんの?」
「たまたま」
その答えには不満気だった。
「まあ、そう逃げられるだろうな」
くだらなさそうにつぶやく。
「次、ジャンケンのときだ。勝ったら言うこと聞けって、私はそういう性格だけど、反発するやつが普通だろ。ジャンケンに持ち込むとき、お前の顔は明らかに勝利を確信してたし、反発しないと確信しているかのようだった」
彼女に、おれの胸の鼓動が消えるんじゃないかと思うほど、音が大きくなっている。
自分で、どういう表情をしているのかが、わからない。
「私は、お世辞にもジャンケンが強くない。それをお前が聞いてたか? なんなら、私がジャンケンで強くないのをしってるやつは、中学からのやつが数人だけ。少なくとも、あの一年七組にそいつらはいない。お前、活発的にクラスのいろんなやつとしゃべってるわりには他のクラスのやつとの交友関係、なくない? 理由は推測できなかったんだけど」
はは、そのとおり。不用意に前の世界と違う出来事を起こしたくないと思っているから、他のクラスのやつとは関わっていない。
前の世界のおれが関わっていないからな。
たとえば、なんらかのちっさい揉めごとに巻き込まれると、先生たちはその二人を次のクラスでは別にしようとする。そうなると、おれのしっている未来のクラス変えが変わる。
生徒同士の仲のよさは、あまりクラス分けに関係ない。成績と運動能力、そして、生徒同士の問題があったのかどうか、それが関係する。
「それで、なんでお前はジャンケンで勝ちを確信した顔をしてたんだ」
言い逃れできねえ。
おれは言いよどみ、言葉を返せなかった。それが一番の悪手であるとわかっていたのに、そうしてしまった。
「次、なんで私がいつもコンビニで飯を買ってるってしっていた?」
それか。
「ああ、一条。お前は未来からきたからしらないんだろうけど、私がコンビニで昼飯を買うようになったのは、高校生に上がってからだ。中学生までは弁当だった」
完全に詰んだ……。
「だから、お前いっつもコンビニで飯を買ってるよな。っていうのは、おかしいんだよね」
おれがしっているのは、高校三年生のときにこいつから聞いた、ずっとコンビニ飯を屋上で食べていたって情報なだけだ。それが高校に入ってからなんてしらなかった。
ダメだ。ボロなんて、そのコンビニのくだりだけだと思っていたんだが、想像以上に読まれてやがった。
これがIQ140かよ。
「これで最後、いっしょに話してて、他のやつとは違うものを感じる。なんていうか、ずっと昔から知り合いだったんじゃないかってぐらい、楽しいし、嫌なところは、心の琴線に触れない位置にいる。それと、これは曖昧だけどやけに大人っぽいしな。それが居心地がよくて、違和感を覚えたってわけ」
そろそろ梅雨を迎える春の風が、大きく吹いた。
彼女の髪が、一本一本なびいている。
「どう? 私の予測」
意地の悪そうな、けれどどこか優しい、満足そうな顔だった。
「いいっすね」
こいつ相手に嘘が通用するとは思えない。
どうしようか。
バレた、これが悪いことなのかいいことなのか、どっちか判断できない。
けれど、なんとなく悪いことだと思う。少なくとも、おれなら恐怖を抱くよ。
なのに、こいつはなんで笑ってんだろうか。
「なあ一条。どうやって未来から来たんだ? どれぐらい未来だ?」
「いや、未来……っちゃ未来だけど。そんなにだ、十年先。あと、タイムマシーンとかじゃない」
琴音は学者が論文を読んでいるような顔つきだった。
「あ、そうなんだ。じゃあ方法は?」
「転生に近い。つっても、お前ラノベとか読まないよな。二十六歳だったある日、おれは高校一年生の入学式に飛んでたって感じ」
「ふうん、マジなんだ。で? 転生ってどういう意味」
言葉の辞書的意味ではなく、内容の解説をしろという意味だろう。おれは素直に従う。
「おれの世界じゃ、e-sports部なんてものはなかったし、そんなにe-sportsが発展した日本じゃなかった。だから、おれは別世界から飛んできたってことになる」
「じゃあ、この世界のもともとのお前はどうなっているんだ。お前のいた世界に行った可能性もあるのか」
確かに、そういわれてみればそういう可能性もあるのか。
やばい、話が前進しすぎてついていけそうにないぞ。展開が早すぎる。
「しらない。もう、全部話したけど」
「まだだよ。なんでこの世界に来たのか心当たりは? お前、自分の意思で飛んできたって口ぶりじゃなかった」
心当たりか……。
なんだろうな。
「それもわからない。けど、前の世界じゃ、思い残したことがずっとあった。ゲームの世界大会で、優勝することだ」
琴音はおれの肩をたたくと、扉へ歩き出す。
「お前、帰りたいとは思ってんの?」
帰りたい。
「思ってる。向こうの世界で、美咲がどうなってるか心配だ」
「まさか、お前ら付き合ってんのか」
「それどころか結婚してるよ」
彼女はすぐさま振り返ると、目を見開いた。右手をひたいに当てて、首をのけぞらせ、目を丸くしている。
「冗談だろ?」
「おれは嘘が苦手だ。言っただろ」
「この世界の私はしらん」
*
「琴音。お前e-sportsに関してなんかしってるか」
「いいや、ゲームやらないし。そうだな、私の感覚ではラグビーとおなじぐらい、流行ってるって認識だけど」
「微妙だな。テレビとかで放映してんの?」
「してないと思う。してるとしても、暴力表現あるやつは無理じゃないの?」
たしかに無理だろうな。おれの世界でも、少なくとも血が出ないゲームしか、テレビで見た覚えはない。格ゲーは血出てたっけ。
「なに食べんの」
おれたちは購買までやってきていた。琴音は単純に昼飯を買うのを忘れていたらしく、屋上でしゃべっていたことも相まって人が減ってきたいまがチャンスとみた。
「菓子パンはあんまり好きじゃないんだよな……。惣菜パンか、なければおにぎりがいい」
うちの購買は、横長の机をしきりにして、そこを店のおばちゃんたち側とおれたち生徒側にわけている。
机には、おなじく横長の特製ショーケースがおかれていて、そこに大量のパンとおにぎりが入っていて、団子やサンドイッチ、お菓子もあり、種類は豊富だ。
「これと、これ」
琴音はショーケースに指をさして、惣菜パンを選ぶ。購買のおばちゃんはその指を見て、琴音に合っているかどうか問いかけながらショーケースからパンを取り出す。万引きするやつがいるとは思えないが、ケースってのは必要な対策だ。
しきりの奥には、体操服や水着、色ペンなどの学校に必要な用具もあれば、銭湯で見かけるような縦長の冷蔵庫もある。そのなかでも人気なのは紙パックのミルクティーとアップルティーだ。
おれも彼女に追随して、紙パックのミルクティーをたのむ。ペットボトルよりも量が少なくて、ちょうどよい。
「あとで返して、払っとく」
財布を取り出す前に、琴音はそう言った。列の人数はさほど並んではいないが、パンを買ったばかりで、小銭を握っていた彼女は、効率を考えてそう言ったのだろう。
おれらは軽く混み合った集団から抜け出すと、小走りで教室へと向かう。もう昼の時間は三分の一ぐらい使ってしまった。
「お金」
「はい、そういえば、一条はe-sports部に入らないの?」
おれは唇をくわえて、低い声でうなる。わざとらしく悩んでみせると、答えた。
「リハビリ中だから」
「ふうん、リハビリ中ね。じゃあ、前の方ではゲームはやめてたんだ」
「そう詮索するな」
おれらが教室へ戻ると、いまにも弁当へ手をつけそうになっている吉田の姿が目立っていた。
「おい! おせーぞ」
「また待ってたのかよ」
もう二十分はたってるぞ……。
美咲なんか我慢できんだろ――おお、ちゃんと待ってる。
「積もる話があってさ」
琴音は彼らが用意した席へ座って、おれは自分のかばんから弁当を取り出すと、おなじく席へとつく。
「おまたせいたしました」
吉田はすでにフライングしており、二つのミートボールに箸を一本づつさして口へ運んでいる。
それをみて美咲も尋常じゃないスピードで弁当を食べはじめる。
「早く食わねーと時間たりねーぞ」
「食べててもよかったのに」
と、琴音はあきれたような口調だったが、その表情はほほえんでいた。




