表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/70

10.体育祭

 高校一年生の体育祭はどんなのだったか、もう覚えちゃいない。あんまり面白かった記憶は、なかったような気がする。


 クラスの団結なんて、そうそうあるもんじゃない。それも、うちの高校は五月に始まる。仲がいい面子なんてまだできかけている途中で、こういうイベントをしても盛り上がりに欠ける気がする。それこそ、中学から仲がいいやつと集まるやつらもいる。編入組は、人の輪に入り込むことができるやつじゃなければ、この一回目の体育祭はあまり楽しめる行事ではないと思う。


 学生のときは意識してなかったことが、大人になってから視野が広くなって、状況の把握ができるようになった。

 客観的に物事を見る能力が、大人になるにつれて、いや――おれの場合はゲームがうまくなっていく道のりで、それが手に入った。


「一樹。そろそろ出番よ」

「おっけ。これ終わったらもうめぼしい競技はないよな」

「うん。あと大縄と、部活対抗リレーと、クラス対抗リレー」


 おれはスウェーデンリレーのアンカーとなり、走る。確か、結果は二位だったような気がする。


 結果の見えてる試合ってのは、単純に面白みがない。前の世界と比べて、変わったことといえば、美咲と琴音と仲良くなったぐらいのもの。筋トレしたり、体力をつけていたりしたわけでもないから、結果はたぶん変わらない。


「じゃあの」



 昔のおれは、ただゲームが好きで、ただゲームをやりつづけたくて、そんで、気づけばゲームで勝つことの楽しさを知って――――。

 練習、練習、練習。実戦、実戦、実戦、勝つためにやるんじゃなくて、ただ楽しいからやっていて、一種の天才状態に陥っていた。

 その熱を、世界の壁にぶち当たって失った途端に、努力はできなくなっていた。



 そして、あのとき……。思いの強さが結果に関係しないことがわかった。


 創作物なら、思いの強さが結果に結びつく。そりゃそうだ、負ける主人公の姿なんてだれが見たいと思う。

 世界はそんなに甘くはない。

 おれが勝ちつづけたのは、圧倒的な努力量があったからだ。その努力を、努力と思わない天才に一時的になっていたから、あの強さにのぼりつめられた。


 だから、今回のリレーの結果は変わらないだろうし、おれはゲームでもう一度、あの領域に到達しなくちゃならない。


”出場者は入場口までお越しください!”


 放送部の音声が、拡声器を通してやってくる。おれは教室から運動場まで持ってきている椅子から立ち上がり、向かった。


「がんばって」

「ういす」


 美咲の応援メッセージを最初に、クラスの仲がいいやつからも続々と告げられる。吉田、三道、沢野、それだけじゃない、何人からかそれは飛んでくる。


 ああ、思い出した。

 一年のときはこんなに友達はいなかった。

 もともと内向的だったおれは、こんなに応援されるほど友だちがいなかった。


 でも、この世界では違う。


 なんでかな、体を全力で動かしたい気分だ。


「位置について。よーい!」


 三年生担当の先生が、号砲を鳴らす。それを皮切りに、一斉にみなが走り出す。

 男女混合のスウェーデンリレーは、走者ごとに50mから200mまで、50mずつ増えていく。

 まるで水の波紋のように、走る軌跡は広がっていく。


「女の200mは琴音か」

「いっけえ!」


 別のクラスの150m男子走者がここまで来た。そして、バトンを受け取って別のクラスの女の走者は駆けていく。おれのクラスのやつも追いついてきた。


「がんばって! 鈴森さん!」

「任せろ」


 かっけえなあ、琴音のやつ。


 一応、ひそかに一部の女子から人気は高かったんだよな。ぶっきらぼうすぎて、よく勘違いされてたけど。

 三位だったおれらのクラスは、琴音のおかげで二位へと上がる。砂ぼこりが琴音のかかと辺りを舞っている。さっすがに、50m走で学年女子一位は伊達じゃない。


 琴音は、普段なんでもダルそうにしてるけど、行事ごとには全力を尽くす。

 そういうお堅いところが好きだ。


「一条!」


 言葉は返せなかった。思ったよりも緊張してる。おれは近づく琴音に合わせて徐々に走り出り、スピードにのってきた辺りでバトンを受け取った。

 琴音の器用さがなけりゃ、こんな合わせはできねえ。


 おれは、そんなに言うほど早いわけじゃない。学年で比べれば二十位とか、そんなもん。クラスで大体二番とか、そんぐらいだ。やっぱ陸上部のガチ勢とかには勝てない。

 あのときの結果は、まあ妥当に二位で終わった。


 なんだろうな、客観的に分析して、客観的に負けたことを、仕様がないことだと諦める。


 悪いことじゃない、現実把握がよくできてるだけだ。正しいことしてるだけで、なにも悪いことなんてない。


 でもなんだろうな、そういう冷めた目線を、いまはしたくない。


 いまは――いまだけは、意地でも勝ちたい。


 理由は、美咲か。それともおれ自身の性格か。はたまた両方か。


「は、はっやぁ!?」

「いっけええ! 一条!」

「頑張れー! 一樹くん!」


 大学生のときに、陸部出身のプロゲーマーがいて、教えてもらったな。

 こんな感じ、初速と最高速で足の動かし方を変える。

 もっと、跳ねるように、前へ、前へ。

 もっと、もっと早く。


「あいつあんだけ早かったけ?」

「50m確か六秒後半とかじゃなかった?」


 走って70mあたり、おれは自分のクラスのボヤキごとや声援を聞きながら、さらに加速する。


 はは、おかしいな。おれの記憶じゃ、一年のときはずっと目の前にある陸部のやつが追いつけなくて、後半になればなるほど距離を離されてたはずなのに……。

 追いつきそうだ。

 ここまで来たら、欲張りたくなるよな。

 日本で優勝したときもそうさ、そこまでいっちまえば、次は世界が欲しくなるもんだ。

 そうして、おれや美咲は走りつづけたんだ。


 他のクラスのやつらが、やけに喚いている。別のクラス応援してどうすんだよって、突っ込みたくもなったが、おれも知らんやつらの白熱した戦いは、見ていて勝手に盛り上がっちゃうタイプだ。


 すっげえやつには、不思議とだれもが惹かれんだよ。

 おれが、世界のゲーマーや、美咲に魅了されたように。


 残り40m。マジで陸上部のやつは早い。結構がんばったと思ったんだけどな。距離が縮まらねえ。


「はっ、はっ、はっ」


 きっちい。200mってすげー長い。

 あと一歩なのに、スピードが落ちそうだ。いや、もう落ちてんのか?

 真っ白な、ゴールテープが見える。それと同時に、その奥にいる美咲の姿も見える。

 めずらしい、いつもは自分のクラスの位置でずっと座ってんのに、今日はお出迎えか。


「がんばれ」


 ああ、蚊の泣きそうな声だな。聞こえたよ、バッチリさ。

 お前に言われたら、速度を落とすわけにはいかねえよ。


 陸部のやつとの距離が縮まる。真横までたどり着くと、そいつがギョッとしたのが分かった。

 わりぃな、おれのが早いみたいだ。



「はは。帰宅部舐めんな」


 ゴールテープを切り、少しばかり走ったあと、おれはコースの内側へそれて倒れ込んだ。

 心臓がいってえ。200mを帰宅部に走らせるかね。くっそ、マジで疲れた。このあとまだクラス対抗あるってガチかよ。


「やったな一条」

「わりい琴音。いま疲れすぎでしゃべらんねー」


 喉もいってえ。水が飲みてえ、だりい。


「はは。お前思ったより早いんだな」


 疲れすぎて声も出せねえ。

 腕を使って、弾むようになんとか体を起こすと、美咲や沢野たちがいた。


「おい! 一位だぞ!」


 黒い肌が、太陽に照らされている。ケニア人が過ぎるぞ。


「お前ら邪魔だから、これから退場あんだよ。どけどけ」


 琴音はみんなを追い返すと、おれの袖をつかんで、すでに出来上がっている退場列へと案内してくれた。

 はあ、よかった。マジで、勝てるもんなんだな。

 はは。へー、勝てるんだ……。


 思いが、結果を変えるって?


 どうかな。自分が物語の主人公なら、きっとそうなんじゃないか。一条一樹よ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ