第六話 名前
爆発に巻き込まれないように前方を走る護衛の三人の後を続いて走る。
町中で、周りより少し静けさのある場所まで来たところで
「はぁー、助かったな」
金髪で茶色のメッシュ、髭を生やして野性味を内包する、それでいてその格好がよく似合う、そんな男が息を漏らす。
「もう死んだかと思ったわ」
弱々しそうに黒味がかった青色の女がため息をつく。
女の方は20にも至ってないんだろう、まだ幼さを残した感じではあるが、その緑色の眼から感じる雰囲気は、もう十分に大人なのだと印象付けられる。
「見たところ、【強化】のようだな。
本来屋敷を守るはずの結界が内部の爆風を抑え込んで、膨張を続ける炎に耐えきれなくなり一気に決壊したってところだろうな。
………ナナシって言ったな、アンタ、その本どうやって手に入れた?」
女と同じ髪色をした、 整った顔立ちの、こんどは緑色の眼が神秘的な雰囲気を醸し出す男がナナシに問いかける。
(なんで見ず知らずのヤツに言わないといけないんだよ)
ナナシは内心悪態をつきながら答えようか答えまいか悩んでいた時に
「まずは!お互い知らないことなんだしさ!自己紹介しませんか?」
カイトが間に割って入った。
「はっはっはっ、違いねぇ。
俺の名前はヴェロインって名前だ、気軽に『ヴェロお兄ちゃん』だとか『ヴェロ様』って呼んでくれていいんだぜ?」
「えっ……ゼロじゃ……?」
金髪のヤツの言葉に、カイトが何やらおかしな顔をしながら考え込んでいる。
「ヴェロ、お前」
「別にいいだろ、偽名じゃなくたって。今後の付き合いも長くなりそうなんだしさ。
……それにそこの赤いの、お前ぇ、解析しようとしたろ?」
ヴェロインの言った通りに、ナナシは少し回復しつつある魔力を使って解析したが、なにも見えなかった。
名前さえも何も。
「しかしざーんねん!解析を防御する術もあるんだなぁこれが」
「ウザっ、キモロン毛ウザっ」
「おいナル、そりゃねぇだろ?
……聞く耳持たないか」
ドヤ顔のヴェロインがナルと呼ばれるその女に訂正するように呼びかけるが、もう一人の男を盾にしてそっぽを向く。
「はぁ、じゃあ俺はソルフィスだ。よろしく。で、こっちは妹のナルミアだ。ナル、挨拶」
「カイトと、ナナシだよね?よろしく。
あと、そっちのキモいのは放っておいて良いから」
「ぐぬぬ……」
今度は黒味がかった青の髪の男と、同じ髪色の女が名乗る。
ヴェロインはナルミア、ナルと呼ばれる女の言葉に態とらしく反応する。
「カイト、こっちが本当だ。だが、使い分けてくれ」
「えっ……はい、分かりました。」
カイトの表情が元に戻る。何かに納得したようだ。
「僕の紹介はいいかな、こっちはさっき話した通りにナナシって言うんだけど……」
なるほど、ソルフィスが俺の名前を知っていたのは話したからなのか、と一人納得する。
「ナナシだ、えっと、よろしく?」
「ナナシって変な名前だな、ほぅ、『名無し』か、あんちょくー」
「ぜ――ヴェロインさん、なんでそれを?」
俺はカイトとこいつらの関係は知らないが、今のやり取りだけでも、カイトは俺のことを詳しくは話していないんだと推測する。
「なんでって……男の勘ってやつさ!」
「うわっ」
からかうように話すヴェロインにナルミア気持ち悪いものを見た、とばかりに反応する。
確かにあのドヤ顔は腹が立つ。
「んー、ヴェロイン、適当に見繕ってやれ。面倒なことにならないために、アミュレットも」
「ソルフィスがそう言うなら」
ソルフィスはポイっと持っていた腰掛の手ごろなサイズの鞄をヴェロインに放り投げる。
それをキャッチして言われたとおりに行動するヴェロイン。
中から内容積的には明らか入らないような大きさの剣やナイフ、腕輪を二つずつ、食料、金を取り出し麻袋に詰め替える。
「こんなもんか、ホラ坊主、受け取れ」
ヴェロインは持っていた麻袋を俺たちに渡す。
「「いいのか?(ですか?)」」
「なぁに、これは選別だ。
坊主らがこれから歩むことになるだろう辛く、困難な道のその一歩を踏み出すための背中を軽く押したに過ぎない(キラッ)」
「うぜ」
「うわぁ」
ナナシはもう直球に、カイトはちょっとこれは……といった様子でヴェロインを見る。
黙っていればハードボイルドな見た目をしているその人間は、話をすると残念なようだ。
「ヴェロ、耳貸せ」
へいへいと、ソルフィスの指示に従って耳を口元まで運ぶヴェロイン。
「そりゃあ、今すぐか?」
「今すぐだ」
「わあった、わあった。で、その後はいつも通りで?」
「そうだ」
ヴェロインはのらりくらりとした風体で少年たちのほうを向く。
「じゃあ、ちょっくら行くとこが出来ちまったからよ、ちょっくら行ってくるわ。
またな、カイト、ナナシ。それとナルもな」
「うっさいロン毛二度と帰ってくんな!」
「ナルちゃんがツンツンで悲しぃなぁ」
じゃな! っとその言葉とともに消えた。文字通り消えたのだ、風と、少しの涙を残して………。
(今の人間が出せる速度かよ……ッ!?)
「なぁ、アンタら、これからどこへ行くつもりだ?」
「特にどこかは決めてない。ただ、ここじゃない、どこかがいいとは思ってる」
これはカイトにとっての話だ。ここの町で幾人かと面識がある分、ここじゃない何処かの方が動きやすい。
「ならここを出た通りを左に向かってずっと進めば町の外に出る。
そこから道沿いに進めば都市【ナレージャ】がある。
そこなら、アンタが望む答えもあるかもな」
「それってどういう――」
「じゃあ、俺たちはこれからすることがあるんでな、次に会う時までにカイトに名前でも決めて貰っておけよ」
「じゃね、カイト、ナナシ」
続いてソルフィス、ナルミアも去っていく。
「あ、ありがとうございました!」
「助かった!」
俺たちはその後ろ姿にむかってお礼を言う。ソルフィスが、ひらひら~、と手を振り、ナルミアが顔をこっちに向けて、バイバイ、と手を振る。
二人の姿が見えなくなった後に
「じゃあ、俺たちも出発するか」
「そうだね。正直休みたいけど、そんな時間もないもんね」
本来なら、屋敷で手に入れた食糧だけで食いつないでいかなければならなかった。
しかし、ソルフィス、ナルミア、ヴェロインのおかげで必要なものはもう十分すぎるほどそろったので、直ぐに出発する。
「うーん、町付近だから魔物もあまり近寄ってこないから、外に出て少し歩いたところで野宿にしよう」
屋敷を出ることしか頭になかったせいでそこらへんは何も考えてなかった。
(次からは気を付けないとな)
そんな風に思いながら俺たちの旅は始まった。
完全に日が沈んだ真っ暗な空の下、燃え尽きたカルアレ家の屋敷に佇む男女。
辺りにいた野次馬はもういない。この男が追い払ったのだ。
(中の人間はもう骨すら原型を留めてないだろうな。なら同じようなものを二つ用意して数を合わせれば良さそうだ。
ナナシとカイトのほうは……あのステータスだ、この近辺じゃ簡単に死なないだろう。本の方は確認できなかったが、多分ナナシが……)
口を押えて考える。
「お兄ちゃん何だか楽しそう」
「そうか? まぁ、そうかもな」
称号の欄、【・・・・者】、まだ伏字になっているその部分。この先あるであろう可能性を示すソレに、ユニークスキルを発動させる。
【託された者】、それがあいつの辿るかもしれない未来。まだ完全に自分にその自覚がないために、伏字のままの称号。
(あのジジイ……今じゃ見た目だけは若かったか、アイツのいう最後のピースだ。
これでこの腐りきった世の中を――)
「ねぇ、お兄ちゃん、これからどうするの?」
「ん?そうだな、まずはヴェロと合流してから話すよ」
「そういえばあのキモロン毛どこ行ったの?」
相当ヴェロインが嫌いなのか、苛立ちを隠せない様子で言う。
「そっかぁー、ナルはヴェロのこと気になるんだ?」
「ばっ、バカ!違うし!!」
「冗談だ」
クツクツと笑ってそう言い返す。質問をはぐらかされてることに気づいてるからこそ、同じ質問をしない彼女。
(そういうところは助かるんだがなぁ、欲を言えば付いて来て欲しくなかったんだがな)
そう一人言ちる。