第三話 協力者
豚が去っていった後、暗い地下牢を光で照らす。この前の魔力による回復の光。
手に入れた本より知識を得る。歩んだ軌跡を云々、そんなことを書いていたこの本は、魔法についての知識が詰まっているようだった。
どこから、どのようにしてこれが手元にあるのか分からないけれど、この知識は習っていなかった。
前に少年から、君は物事を知らなさすぎるといわれたことがある。それはきっと、この屋敷の者が隠蔽していたことなのだろう。
ならこの隠蔽されていたはずの知識が、俺に亘っていると知られたなら、どうなるのか分からない。
本が没収されるだけなのか、それとも痛めつけられるのかあるいは……。
だから俺はこの本の存在を隠すことにした。しかしその際にバレてはいけないことがある。
身体の回復――光によって回復された身体は、傷一つついていなかった。
痛めつけられたことによる痣や傷はそんなにすぐには治らない。
ここは普段暗くて光さえなければ身体がどうなっているかは分からない。
しかし、あの豚はこの牢屋に入る際に必ず蝋燭に火をつける。
だからこのことを隠すのは困難かと思われた。
そこで、あの少年に協力してもらった。
あの豚を産んだ豚に火は苦手だから、地下の牢屋に火をつけさせないでと頼むこと。
そんなので本当に光について対策できるのか不安だった。少年は、こういったことは得意だからと胸を張って協力を申し出た。
だから、俺は少年を信じることにした。
初めは、何も準備できていなかったから、どうしようかと考えていたが、これも少年がよくやった。
「火……ッ!火は止めて……火は………火火火火ぃぃぃぃい!!!火!火!火!火は嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!」
蝋燭が灯された瞬間、発狂したように少年が騒ぎ出す。すぐに火は消され、そのまま少年は意識を失った――という演技をした。
その日俺は少年の恐ろしさを一つ知れた。
次の日からは火が灯されることはなくなり、今のように豚が出ていった後も真っ暗なままになった。
少年は『ね、言ったでしょ。こういうのは得意なんだ』と言って俺はそれに感謝しつつ、身体に起きた異変については発覚されずにすんだ。
「……大気に広がるエネルギーを………集めて圧縮して……干渉すると、魔力が足りない者でも……魔法を発動することが出来る陣……?」
円に内接するようにしていくつかの図形にミミズの這ったような文字が書かれた、端を折られたページを声に出して読む。
声に出すことは理解を手助けする、効率の良い方法だと知っている。
だから、想像のつかないこれを、理解するために声に出す。そうして頭を悩ませ眺めていると、扉の開く音がする。
俺は慌てて光を消し、本を藁の中に隠す。
二人の大人と連れ立って少年が戻ってきた。大人達は少年を牢屋に入れ、鎖で繋ぎ、去っていく。
完全に扉が閉まる音がした後に
「今日は、どうだったんだ?」
「えーっと、食事を摂って、あの貴族の母親に服の着せ替えをさせられて、話をする。いつも通りだよ」
「そうか。………少しいいか?」
そういって藁から本を取り出し、牢屋の入り口の方へ行き、本を渡すために手を伸ばす。
こちらの意図に気づいたように、同じように少年も手を伸ばす。
本を渡し、元の位置に戻りつつ、光を飛ばす。
魔法というのは本当に便利なもので、光も自由に飛ばすことが出来る。ただし使いすぎると身体が怠くなるのが少し残念だ。
「端の折られたページなんだが」
「ちょっと待って!
えぇっと……魔法陣が書かれたページだね」
「!分かるのか!?その魔法陣とやらは何なんだ!」
少し食い気味に質問してしまう。
「魔法陣はね、魔法の発動を補助してくれるものだよ。
どういう原理か知られてないんだけどね。魔力をこんな形に込めると発動するらしいよ。
あと、魔法陣はいくつか種類があってね、この魔法陣みたいに魔力を補助してくれるものがあったり、武器やモノの硬さを自由に変えたり、距離が離れてても二つの魔法陣の間を、行き来できるものがあったりするんだって」
かなり便利なんだな魔法陣とやらは。
魔力を魔法陣の形に込めると発動ってところが難しいが、これならここを出ることも………。
「少年、お前はどうしたい?」
「少年って……君も少年じゃないか。僕の名前はえーっと……カイトだよ。それで、どうしたいって?」
「そうか、カイト。カイトは此処を出ることが出来たとして、それを選ぶか?」
「出ること………」
沈黙が訪れる。俺は、何も考えずにこの本を読んでいたわけではない。
この本を初めて読んだ時からずっと、ここを出る手掛かりになると思ったから知識を詰め込んでいた。
少年――カイトが前に話してくれた外のこと………俺はここを出てみてみたい、自分の手で触れてみたい、感じてみたいんだ。
「そこでだ、俺は外に出ることが出来たとしても、すぐに何もわからずに野垂れ死ぬだろう。
文字と言葉と少しの魔法が使える程度で、それ以外は何も知らないんだから。
………協力者が必要だ。
その協力者に……カイトはなってくれるか?」
「………………………」
前々から考えていたことだ。
カイトが前に話してくれた道具、そういったものを手に入れるためにはお金が必要だそうだ。
勿論そんなものは持っていないし、持っていたとしても使い方が分からない。
(……というより沈黙を止めて欲しい、気まずい)
「………やるよ、それでここを出ていけるのなら………!」
「よし、じゃあ今日からカイトは協力者だ、従ってもらうぞ?」
「分かったよ、それで、君の名前は?」
「そうだな……ナナシ、そう呼んでくれ」
「変な名前だね、それともこっちの地方ではそれが普通なのかな?」
「生憎と、名前がない身分なんでな、今適当に考えた」
「そっか………」
「じゃあ、カイト。早速で悪いが魔法は使えるか?」
変なところに話が逸れる前に元の話題に切り替える。
一刻でも早く、子の牢屋からでて外を見てみたい。無駄な話をしている時間なんてないのだからら。
そういうのは此処を出てからいっぱい話せばいい。
「魔力を少し出せる程度だけ……」
悔しそうに言うカイト。
「そう残念そうな顔をするな、他にもやってもらいたいことは沢山あるんだからな」
「うん!」
そういって俺たちは作戦を練る。
すべては此処から始まる。