第一話 数年経ってもまだ続く
豚と対面してからは酷かった。与えられた食事は元々酷かったものが更に酷くなった。
前はぐずぐずでも大体食べれる程度に腐っていた野菜も、今では食べたら口が痺れて噛み砕くことができなくなる。仕方ないから手で細かく砕き飲み込む。
少しずつ食べていると今度は喉が痺れて飲み込めなくなる。
食べる量は自然と減った。
「オーオー、味わって食えよ、そうだ、ゆっくりとな、へへっ」
食べると痺れる。ゆっくり食べるとそんなに食べてないのに身体が痺れて食べる量がさらに減る。
あまり物事を考えてこなかった脳でも、この豚は俺を衰弱させるつもりなのだと分かる。
時間がたてば痺れは引くが、それでも食べられる量は多くない。
「たいむあーっぷ、今日はここまで、残念でしたァ!」
食事が取り上げられる。これ以上は身体が痺れて動けなくなるそんなタイミングでいつも食事が切り上げられる。
初日は四分の一も食べられなかったが、今では半分近く食べられるようになっている。
「そろそろこのくらいじゃ耐性が付き始めてるかもなァ、明日はちょっと趣向を変えてみるかァ?………沈黙ってことは良いってことだよなァ!」
好きで沈黙しているわけではない、麻痺して声を出すことができないだ。
最初の頃は抵抗しようと吠えたり、仕返したり……は満足にできなかったが、痛みは嫌だと知ったからどうにかしようと必死だった。
「そんなに暴れると………つい、殺ってしまいたくなるだろォ………ヒヒッ」
そんな言葉を聞いたから、俺は抵抗するのを止めた。
しかし目の前の豚はそんなこと知ったこっちゃないといわんばかりに、決定を覆さない。そしてそのまま満足したのか去っていく。
こんな生活が何日か続いた。日にちを数えるのは十日目でやめた。無意味だと気付いたから。
そしてまた次の日から、食事の際の対応が変わる。
「オ?ちゃんと飲み込めよ、オラ!!」
今度は飲み込もうとしたタイミングで腹を蹴られる。
「う"、カハッ」
口に含んでたものと胃の中のものを同時に吐き出す。ほとんどが形を残した状態でなにをたべたのかもよくわかる。
少し黄色くコーティングされているのは胃液のせいだろう。
「うわッ、汚ねェなァ!止めだ止め、それ明日までに処理しておけよ」
これ以上続けてられるかといった様子で足早に去っていく。
その後は今日の食べ物は身体を痺れさせないようなので、ゆっくりと最後まで食事をとる。
触感が少し好きなトマトや、何の肉かわからない獣臭い生焼け肉、硬くて食えたもんじゃない土のついた棒状の何かは捨てる。
ゆっくり食事ができたのはそれが最後だった。次の日はより強力な毒のついた食べ物を、一口食べて終了する。
意識があってもそれを食べたら半日は痺れたままだぜと豚は言う。
付け加えて、これを用意するのも結構手間かかってるんだ、しっかり味わえよ、と動けないことをいいことに足で顔と食物を密着させられる。
なんてもん食べさせるんだ、と内心思うが反抗すると暴力を振るわれたこともあるので、我慢する。
俺は痛めつけられる側で、この豚は痛めつける側に生まれてしまっただけなのだから……。
また何日も過ぎ、痺れを感じることなく食べられるようになると、待ってたといわんばかりに暴行が振るわれる。
理不尽な暴力。あの大人が振るってきたソレを一身に浴びる。
「こんだけ耐性ができればちょっとやそっとじゃ死ななくなるからなァ!ほんと長かったぜ!!!!」
豚曰く、傷口から菌が入ると耐性のない者だと死んでしまう可能性もあるから、手っ取り早く食事を与えることにより、早く耐性を付けさそうとしたと言う。
「食事ってのはなァ! 人間にとって必要な行動だからよォ! 毒が入っててもよォ! それからしか栄養が摂れないと身体が理解するとよォ! いつもより早く耐性が付きやすくなるんだよォ! オラ!!!!」
言葉の端々で暴力を振るう豚。俺は満足に抵抗できず、それでも何とかしようと蹲る。
意識を保つのが限界だと感じた途端に暴力が止む。
「また来るぜェ」
そういって奴は去っていく。結局俺は意識を保てずそのまま気絶した。
暫く経って、目が覚める。身体はもう寝すぎてこれ以上は寝たくないといわんばかりに目が冴える。
前に大人に振るわれた暴力はいつの間にか治っていた。傷は跡形もなくなっていたし、目が覚めた時には痛みはなかった。
しかし今は全身を劈く痛みに身体が悲鳴を上げている。この日初めて痛みは身体による危険信号なのだと知った。その痛みが、身体を更に痛めつける。
感じないように、感覚を消したいと何度も思う。しかしそれを嘲笑うように、身体の痛みは引いてくれない。
それでも耐える……耐える……耐える………耐える………耐える…………………………絶える。
………………………。
それからどれだけ経っただろうか、何も覚えていない。体が幾分か成長している気がする……いや、している!?
扉が開き、階段を下りて蝋燭に火をくべる豚。
「オイ!今日から新しいコレクション連れてきたぞォ、喜べよ」
この豚がそういって連れてきたのが、黒髪黒目の育ちが良さそうな少年だった。
俺の目の前にある牢屋に入れられて、鎖で繋がれて
「オイィ!ボロ雑巾、そいつにここのルールを言ってやれ」
言うだけ言って出ていく豚。
俺は自然と、連れられてきた少年に説明していた。
「………ここは、よく知らないが、たぶん地下牢。
一日に一度の食事と、あとは何度か殴られるのが仕事みたいなもん。
大人しくしてればそこまでひどい扱いを受けないと思う。トイレはそこにある、囲いの蓋を開けて適当にして」
ああ、驚いた、自分の声がこんなに小さいなんて。どれほどの時が経ち、どれほど声を発していなかったのだろうか。
「………………………」
その黒髪の少年は話さない。
(もしかして聴こえてないのか?
まあ、やるべきことはやったのでもう説明はしない。
分からなかったら、暗いが、豚が蝋燭に火をくべたようだから、見て覚えればいいだろう)
時間が経ち、もう寝ようかと思ったときに
「どれくらい、ここにいるの?」
目の前の少年が声を出す。
もしかしたら、この少年は目まぐるしく変わる状況に、理解が追い付いてなかったのかもしれないな、と一人思う。
どう応えるか、言い淀む。この少年にとっては残酷な宣言かもしれない。
意を決して言葉にする。
「生まれたときから、ずっと、ここに居る」
「………………………そう」
この少年はどんな顔をしているだろう、蝋燭に照らされて見える影しか俺は見なかった。
この後は特に何も話すことはなかったけれど、少年のすすり泣く声だけは聞こえていた。