第十話 女は怖いがそれがまた良い
冒険者ギルドを出て、ナナシとカイトはフルと『シュガーマン』の宿屋へと来ていた。
三人はチーズケーキを注文し、フルは追加でシュークリーム、エクレアを頼む。
「ここの菓子はどれも美味いから、頼みたかったら遠慮なく頼めば良いぞ」
フルは笑顔で言う。
じゃあ、と言って追加で頼もうとすると、モチロン、それは自腹だからな、と今度はからかうように笑う。
『ここのお料理はとても美味ですがあんな風に食べるなんてお行儀がなってませんこと』
『食べ方も知らない豚なんでしょう。お嬢様、お気を煩わせないで下さいませ』
『家畜がどうしてここにいらっしゃるのでしょう』
と、不快なやりとりが聞こえる。聞こえるぐらい大きな声で話してるのはワザとなんだろう。
周りの人達も不快そうな顔をしている。そこへ
『あらあら、この豚小屋に箱庭のお姫様がどの様なご用件でしょう?』
『あら、この店の店主さんですか。このチーズケーキなるモノ、大変美味でしてよ。これからも励みなさい』
『それは大変嬉しゅうございます、ここでお上品にお召し上がりになられる姿も大変絵になりますえ』
『あら?それは褒め言葉かしら』
『うふふ……この豚小屋に大変似つかわしゅうお姫様もそれはもう豚なのでしょうね。
そうは思いませんか、お姫様?』
『あ……貴女……ッ!』
『ぶぶ漬けは、如何どすか?』
『け、結構よ!帰るわよ!!』
『お待ち下さいお嬢様!!』
『必ず、後悔させてやるんですから!』
『又のお越しを、お待ちしておりますえ』
言葉巧みに誘導する店主にお偉いさんの様な女は去っていく。
この一連の流れを観ていた店の連中はというと『おおおお!さすがペルンさんだぜ!』や『ペルンお姉様、なんて素敵なの』など、口々に歓喜の声が挙がっている。
「凄いものを観たな」
「女って怖い」
フルの言葉には同意せざるを得ない。そういえばここは宿もやっていると聞いていたな。
「カイト」
「言わなくても分かるよ、ナナシ」
「「ここにしよう」」
満場一致で可決される。
「なにがここにするだ?」
「カイト、行ってこい!」
「あいあいさー!」
話の流れが分からないフルは放っておいて、チェックインをカイトにさせる。俺じゃどうも口下手な様なのでこういうのは任せた方がうまく事が運ぶ。
俺はその間にチーズケーキなるものを食す為に口を潤す。
「しょっぱ甘」
「レモン水だからな、口がさっぱりして疲れが吹き飛ぶぞ」
(またはじめての味だ、だが、悪くない)
以前ソルフィス達から貰った携帯食を食べたとき、初めて調味料の塩というものを知った。その時は、辛さで不快な感じがしたが、今回は刺激されるような気がしなくて好きだ。
「こちらチーズケーキ三つ、シュークリーム、エクレアでございます」
レモン水を堪能していると、注文していた品が来た。
先ほどと別の店員で口調も変な感じではなく聞き取りやすい。
「ごゆっくりどうぞ」
一礼して去っていく。動作がとても自然でフルは見惚れている。
(チーズケーキ、さっきのでも話題に出てたから少し楽しみだ)
スプーンで掬い取り、一口食べる。
「………………」
もう一口、二口………endless
「どうやら気に入ったみたいだな?」
「………………」
フルが声をかけるがナナシにはそれは届かない。
二層で構築された、上はとろりとろけるほどの舌触り、下はさっくりとしたクッキー生地によく合うようにしっとりとした食感を楽しめるチーズケーキに夢中だからだ。
「美味かった」
「いい食べっぷりだったな、お前はもっと味わうことを覚えた方が良いぜ」
「そう言うお前も人のこと言えんのかよ」
「良いんだよ、これは俺の金だから」
「そういうもんか」
「そういうもんだ」
ナナシはハイペースでチーズケーキを食べたが、フルはチーズケーキ、シュークリームを食べ終わり、エクレアに手をつけているところだった。
「チェックイン終わったよ……あ!もう食べてる!!」
「ん」
「なんだい、その手は」
ナナシがせがむように手を出す。
言わなくても分かっているはずなのに問わずにいられないのがカイトだ。
「………はぁ、じゃあ僕はシュークリームで」
「そういう融通が利くところ好きだぞ、カイト」
「そういうのは良いから、ほら、行って」
ため息をつきながらも、半銀貨を手渡すカイト。ナナシの発言に周囲から『ブフッ』と声が聴こえたのは気のせいじゃないだろう。
追加分を頼み、ソレを待っている間にフルが切り出す。
「お前らの戦い方から推測するが、ナナシが魔法剣士、カイトがシーフとかか?」
「は?なんだそれ」
「えっと、ジョブだよ、ナナシ。神殿に行ってジョブに就くことによってステータスやスキルに恩恵が得られやすくなるんだ」
ナナシは知らないといった様子で、カイトは知ってたという様子で、変なパーティーだなとフルは思う。
「ってことはアレか?ナナシはジョブ無しで魔術使ってんのか」
「そうなるな」
「やっぱりそういう血統とかで変わって来たりするのか?」
「いや、知らん」
「そういう連れないこと言うなよー」
「えっと、フルさん。ナナシは親の顔も知らないんです。ですからその……」
「あぁ……それは、悪かった」
フルが素直に謝る。ナナシは素知らぬ顔で、カイトは今更だしね、といった風に流す。
「じゃあ話を戻すけどよ、カイトは下手くそとはいえ、気配を消すことが出来てるからそういったジョブか?」
「いや、僕もまだジョブに就いてないよ」
(おかしいだろこのガキども……こりゃちゃんとしたジョブに就かせれば冒険者としてランクAも夢じゃないぞ……)
「そ、そうか……まぁ、なんだ……早目にジョブに就いた方が良いぞ」
「じゃあそうする」
「ナナシがそう言うなら」
フルが未来の、自分が目の前の子供達に尻に敷かれるようになるかもと少し現状に怖がりつつも、アドバイスをする。
ナナシはチーズケーキ効果なのか、素直に返事し、カイトは乗る気じゃないのか、よくわからない返事をする。
「で、俺はゼロさんからお前らの面倒を見てやるように言われてるからある程度まで見てやるつもりだが、何か注文はあるか?」
「別に、どうでも」
「僕も」
面倒を見るって言われても意味が分からんと、これまた返事は投げやりだ。
「じゃあ、明後日の朝10時に北門まで来い。そこで何をするべきかアドバイスしてやる」
「へー」
「はーい」
もう返事をするのも億劫とばかりにナナシは砕けた言葉遣いで、カイトは子供らしく元気に言わないが、それらしい返事をする。
「じゃあ後は―――」
フルはそう言って冒険者たるもの云々、迷惑をかけないように云々、生き延びることが云々、心得とはなんたるやを語る。
そうこう話してる最中に注文してたモノが来たので食を再開させながら、聞いてるのか聞いてないのかも怪しい様子だったのは、言うまでもないことだろう。
「ぜんっぜん。ただ期待はしてる」
嘘だった。全く期待などしていない。
それとなく助けるようにと、あの爺さんに話すようにと、そう言われたから、この二人の子供にはそれをする価値がアイツにとってはあるのだろうと、親友を信じたからこそのあの言葉だった。
「ハハッ、我ながら嘘をつくのはホント得意になったもんだぜ」
嘘はつき慣れてる。期待なんて言葉はアイツにしか似合わない。俺にできないことを平然とやってのけるアイツにしか……。
だから俺は、何もかも諦めたような顔をしたアイツの顔を見たときは力のない自分が憎かった。
きっといつか必ず立ち上がってくれるはず、それまでは俺が護ろう、そう思って任された任を降り、アイツについて行ったのだから。
「ナルにも世話をかけさせやがって……まぁ、アイツのあんな顔見たらそりゃあ俺だってなにか手伝いたくもなる」
アイツにとっての期待、それを一身に浴びたのが俺じゃないのは少し……見栄を張った、かなり癪だが、ナナシには期待する。
口を押さえる癖、アレはアイツが機嫌のいい時しかしないんだ。
「あんないい顔されちゃあな、身体が疼いてしょうがねぇ」
これからすることを、少しでも手伝ってやろうと俺は約束の地へ向かう。