問答=己の位置は己が知る
通る市場のなかで、取りあえず食材を買っていく。
「家に招く癖に、食べ物の買い置きがないのか」
師匠はそんな事を言いつつ、おれの脇で買い物に口をはさみだす。
「そっちの方が肉がうまい。店主、それを一匹」
「おいおい、あんた正気か……これを一匹、どうやって食べきるんだ」
師匠が示したのは巨大な豚に似た獣である。豚と言い切れないのは、牙が四つあるから。
おそらく食肉用の魔物の一種だろう。
深く考えた事はない。
しかし師匠は相手の言葉を気にもしないで、言い切る。
「それをどうするかは買ったやつの自由だ。売らないわけじゃないだろう」
「まあ、腐らせないでくれればいいけど」
肉屋のおっちゃんはぶちぶち言っていた物の、それを丸々一匹師匠に受け渡す。
「支払いはこっちだ」
さらりとおれに支払いを押し付ける手際が、たいへんよろしい。
というか師匠と一緒だとこんなの、慣れっこになるから複雑だ。
師匠は指が大きすぎて、細かいお金をつまむのが嫌いなのだ。
それでも師匠の買い物は終わらない。別の獣を丸ごと一匹買ってから、今度は野菜を売る方に足を向ける。
いつ見ても、師匠の視線に慣れている感じは、おれの方が慣れない。
いたたまれなさがあるのだ。なんでこんなにもおれは、視線が突き刺さる方の隣にいるのだろう。
視線がそれるようにしているのには、訳がある。
……師匠がさっき買った獣を、肩にぶら下げて歩いているのだ。
それだけでも、師匠の膂力がとんでもないのはわかるだろうが……ほかにあるだろ。
通る人々が、師匠の背丈にぎょっとして、さらに頭から突き出す角にびっくりして、最後に担いでいる獣の大きさで見なかった事にしている。
もはや何も言うまい、と思うだけのものだ。
師匠はその後、絶対に一人で食べきる量じゃないよな、と思うだけの野菜も買い込み、穀物も仕入れて、ようやく買い物が終わった。
おれが買い物を始めたはずなのに、いつの間にやら師匠が主体になっていた。
自分のペースで気ままにやるからな、師匠。
そして取りあえず家に到着すれば、師匠は空いている空間で盾を分解し始めた。
おれはその間に、取りあえず食べられる物を作るべく、全力で動き始めた。
一体どれだけの量が、その胃袋に入るのだろう。
おれは何度目かわからない大量の野菜炒めと、獣の丸焼きの、火の通った部分を削いだものを食卓に移しながら、師匠の限界について考えていた。
一般的な食事量の遥か五倍はすでに食べている。
しかし師匠の食欲は一向に衰えない。
ひよこ時代から見てきた光景だ。
おれはとにかく、師匠の胃袋を満たすために、台所に立っている。
臓物と穀物の煮込みが出来上がった。それは鍋ごと食卓に行く。
純血オーガは大ぐらいと言うのが定説らしいが、それを間近で見ると迫力は普通じゃない。
「良く入りますね……」
「前にも言っただろう、オーガは……」
「オーガは食いだめが可能で、一度完全に満腹になったら、三か月は水だけで生活できるんでしたよね。そしてその間は慢性的に軽い空腹だって」
「よく覚えているな」
喋っているのに、口から物はこぼさない。意外と行儀のいい食べ方である。
師匠はそして、あの巨大な獣を丸々二頭、骨まで平らげて、買い込んだものは本当にすべて丸ごと、その胃袋の中に納まった。
オーガは大概の食べられる物だったら、消化できるから、野菜の皮なんてものをは剥かないで食べるのだ。
そうすると、生ごみの出る隙もない。
「まだ食べますか」
「甘いものが食いたい」
これ絶対に師匠足りてないだろう、と思えば、師匠は実に邪気のない笑顔で言った。
おれは外をうかがった。まだ夕方である。
甘いものを手に入れる事は出来そうだ。
財布も確認する。もともと大して使っていなかったから、お金に余裕はある。
「……買ってきますから、ここで待っていてもらえますか」
「作るんじゃないのか」
「今から甘いものを作る時間がないです。砂糖だってないので」
「……その間お前の首にぶら下がってる変な物を借りるぞ」
師匠は言いながら腕を伸ばし、抵抗しているアメフラシもどきを掴んだ。
アメフラシもどきは、自分が引きちぎれる心配をしたようで、しぶしぶ俺の首元から離れた。
おれはそれを見てから、駆け足で近くの甘いものを取り扱う店に飛び込んだ。
閉店間際だったから、割引がされている。
山のように果物を買い込み、砂糖も買い込み、時間稼ぎで焼き菓子の端っこ大袋をありったけ買っていると、そこの定員に聞かれてしまう。
「どこかで宴会が?」
「常識外れの大ぐらいの師匠が来てるんです」
定員のお姉ちゃんはそれに、想像がつかなかったらしく不思議な顔をしていた。
それで戻ってくれば、何やら師匠と呪いの本は話し込んでいた。
おれは卓に大袋を置いて置き、そのままで食べられる果物も積んでおいた。
そしてやっと自分の食事である。
師匠はありったけたべると、おれを見やった。
「で?」
その言葉の副音声が聞こえるようだ。
「何をそんなに腕を鈍らせた?」
と聞いていらっしゃるのだ、おれの師匠は。
「……」
何をと言われても、腕が鈍った自覚がなかったから答えられなかった。
そんなおれを見て鼻を鳴らし、師匠が次に言葉を投げる。
「なにをためらっている」
なんでそんな細かく見透かせるのだか。うっかり誤魔化せば首に腕が回されて、吐くまでその体勢が維持されるに違いない。
おれは視線をそらして、おれの迷いを喋った。
つまり、お兄さんを探しに行きたい、でも迷惑と思われたくない、行かない方がいいのか、うんぬんかんぬん。
ひとしきりおれの迷いを聞いた師匠が、すごい馬鹿にした調子で笑った。
ちょ、おれの葛藤をそんな簡単に笑って済ませないでください!
哂った師匠はおれを見る。オーガ特有と言われている、十字の瞳孔の瞳で。
「お前はその男を、守ると決めたんだろう。盾師として」
「……そうですけど、それを忘れられているから……」
「はっ。盾師が守ると決めたんだ、よそ様なんぞ関係ない」
「……」
呆気に取られて師匠を見れば、師匠はおれに指をさす。
「お前は何だ、お前の矜持は何だ」
「おれは盾師だ、“守ると決めたら最後まで”」
おれの矜持はすぐさま出て来て、おれは自分の言った事ではっとする。
そうだ。
おれは守ると決めたら最後まで守ると、おれの在り方を決めていたんだ。
他が何を言ってもそんなもの、関係なかったんだ。
おれの在り方だから、おれの行動なんて、おれが決めていい物なんだ。
悩んで後悔するのも一つだけれど、おれは、おれは。
「自分の中身に気付いたな。じゃあそれを貫け。あほがき」
そして師匠はおれを見やり、問いかけた。
「ところでお前、俺がやった盾をどうした?」




