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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
第一章 いかにして盾師は隠者の犬となり、元の仲間と決別したか
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会話=とりあえず泣きじゃくらないください。


街の風呂場は今、とても閑散としている。

何せ吹雪くほどの寒さが連日続き、とてもじゃないけど外で風呂に入って帰ってくるなんて事を、やっていれば途端に湯冷めだ。

だがしかし、おれもお兄さんも埃まみれのでおまけにみぞれ交じりの中、街を目指したために泥まみれ。

とてもギルドに手紙を出しに行ける、身ぎれいな格好ではない。

お兄さんはそうなる事も予測して、風呂の予定まで立てていたんだろう。

俺は貸し切り状態の風呂場で、ふうと息を吐きだしたのちに、自分の体を見つめた。

出るところも出ていないし、引っ込んでいる所も引っ込んでいない。

胸はやや膨らんだ程度、尻の肉付きも薄い。

子供のような体形、と簡単に言ってくれるな。

おれはどうやら、体の成長が人よりも遅いらしく、身長だけが割と一般的なだけで、後は子供子供した姿なのだ。

きっとハイエルフの長命と、オーガの不老長寿の混ざった結果なのだろう。

しかし彼らの血が混じっていても、俺は頭のてっぺんから爪の先まで人間風。

けっして変化しているわけじゃないのに、誰が見ても人間だ。

「もうちょっといい見た目だったら、得だったんだろうか」

大きな湯船の中で呟いても、答えは出てこない。

「……いい見た目だったら騙されて、売り飛ばされてたかもなあ」

おれ馬鹿だし。

そんな結論に達すると、なんだか見た目の事でお兄さんに劣等感を持っていたのがばからしく思えてきた。

お兄さんとおれは別の生き物、全く違う生き物。

同じ場所で比べても意味がないのだ。

「さて、そろそろあがるか」

おれは身ぎれいにしたのちに、もう一度頭から湯船のお湯を被って、脱衣所に向かう。

脱衣所も閑散としたもので、これでよくまあ今日は風呂場が開いていたものだ。

なんか理由でもあるのだろうか、と考えても、ここら辺に詳しくないからわからない。

風呂に入っている間に頼んでおいたので、衣類は洗われて清潔だ。

それらを着こんで、待合室に行くと、何やらお兄さんが青年を慰めていた。


「うええ、本当に、本当に死ぬかと思ったんですよ、二度と迷宮の中層なんて入ってたまるか」


「この前まで、どんな場所でも薬草をとりに行って、困っている人たちの役に立つんだと言っていたのにどうしたんだ? そんな落ち込んでぼろぼろで」


確かに、その青年は風呂に入った後だから埃っぽさとか泥とかはついていないけれども……なんだかぼろぼろの雰囲気だ。


「おばちゃん、瓶三つ」


「あいよ、冷たいのと温かいのでは?」


「一つは温いの、ほかは温かいの」


「あいよ。猫舌も変わらない物だわね、あんたはこの街に来た時からずっと変わらなくって不思議だわ。驕らないし」


「驕るほどのものを持ち合わせていないので」


言いながら、瓶の温い牛乳と熱いコーヒー牛乳を二つもって、おれはお兄さんたちに近付いた。


「お兄さんどうぞ。風呂上がりのこれは一番おいしいって」


「ありがとう。三つ? ああ、彼にもか。子犬は気配りができていい子だ」


また頭をよしよしと撫でられる。本当に子ども扱いだ。お兄さんの見た目だったら、おれの凹凸のなさは子供みたいな感じかもしれない。

そしてお兄さんの中で、子供である事と役に立つ事は別問題なのだ。


「ほら、家の子犬が気を使って君にもどうぞ、だそうだ」


「ありがとう……」


鼻をすすった青年が、コーヒー牛乳のふたを開けて飲む。

そしてまたべそべそと泣き出した。


「心にしみる……こんな出来合いのものなのに……やさしさが……」


「いったい何があったらそんな、ことになるんです?」


流石におれでも気になるので、泣いていないお兄さんに聞いてみた。


「彼は、迷宮の中層にある、とある薬草を採取するために向かったんだが、その時の護衛がとても、使い物にならない集団だったらしい。何度も帰還しようとして、そのたびに止められて、命からがら薬草をとってきたばかりなのだとか」


聞いておかしいな、と初めに思ったおれは、変じゃない。だって……


「中層からは、たしかギルドが入場の制限をかけていたはずでしたよね? そいつら何で、入場の規制に引っかからなかったんです、そんなに使えないなら」


そう。迷宮は特殊なフィールドなので、ギルドがある程度の実力じゃないと中層から下には入れないように制限をかけていたはずだ。

そしてその制限は、メンバーの持っているタブレットに掛けられていて、基準をクリアしないと中層に向かおうとしても、弾かれてしまうはず。

おれは? 一応基準クリアしている事になってるぜ。単独でも。お兄さんも単独でクリアしているから、この前迷宮で腕試しなんてできたんだが。

中層でそんな命からがらだったら……単独じゃあるまいし、タブレットがはじくはず。

疑問が顔じゅうに浮かぶんだが、青年はちみちみと温かいコーヒー牛乳を飲みながら、また泣き始める。


「本当に駄目な集団だったんですよ! 前方にしか注意を払っていないから、簡単にほかの方向の魔物に襲われるんです。それで立て直すのも下手で! 何度死ぬと思った事か……」


うわああああ、と青年がまた泣き始める。すごい泣いている。

この情緒不安定は、実は迷宮初心者によくある傾向なのだ。

普通のフィールド以上に、四方八方、どこから魔物が襲ってくるのかわからない上に、迷宮というだけあって太陽の光も遮られてばかり、光の乏しいフィールド。

そんな所に入って、気を張り詰めすぎたり、自分の力のなさを実感したりすると、戻ってきた時に安堵からこうして、えんえん泣いてしまう人は多いのだ。

この青年も迷宮は初心者で、薬草の採取だけ専門家だったのだろう。

きっと守ってもらえるから、大丈夫だと思ったに違いないのに、その安心が木っ端みじんにされたわけだ。


「でも依頼は成功したって事にされたんです! ……全員生きているし、薬草は採取できたし、依頼達成だって、そいつらのリーダーが言って……」


「反論しなかったのか? 普通だったら依頼主の一人がそこまで命の危険にさらされれば、ギルドに報告の義務があったはずだ」


「迷宮から出てすぐに眠り薬を飲まされて、目が覚めたら全部終わってたんですよ! ここで反論しても誰も取り合ってなんて、くれません」


事実として薬草が採取された以上、ミッションは達成されたという事になってしまうからだろう。

過程を無視して結果だけ見れば、ミッション達成だもんな。

この青年の心に大きな傷を負わせたまま。

しかし……


「質の悪い冒険者な気がする、普通そこまでしないんだけど……よっぽど中層以下に潜る事に、プライドがあると見た。きっと名のあるパーティメンバーがそろい踏みだったんじゃないの?」


おれが自分の頭の中を整理するために、一つ一つ口に出していけば。

青年がうんうん、と頷いた。


「そう、彼等は一流冒険者だけの集まり、だったんだ」


「一流と名がついていながら、中層の魔物相手にそれだけてこずるのか? 変な話もあったものだ」


お兄さんが、青年の頭や背中を撫でている。どうやらお兄さんのコミュニケーションの一つが、撫でる事なのだろう。

下心なしに撫でられると、ほっとするもんな。


「これから私たちもギルドに向かうんだが、……たしかジョバンニあたりは話を聞いてくれやすいはずだ。子犬、ほかにこの話を聞いてくれそうな人に心当たりは?」


「マイクおじさんなら、受付だし聞いてくれるかもしんないです。取次もしてもらえたりするかも」


でもお兄さん……


「お兄さん、三人いるギルドマスターの中でも、智のギルドマスタージョバンニさんを、呼びつけはいかがな物かと」


「彼が悪さをしていた頃からの知り合いだから、どうしても敬語にならないのだよ」


お兄さんは茶目っ気たっぷりに笑った後、青年が落ち着くまで待ってから、荷物を背中に背負った。


「青年、この話を私たちだけで報告するのと、実際に被害に遭った君も一緒に報告するのと、どちらを選ぶ?」


お兄さんがここで聞いているのは理由があるのだろう。

伝聞として伝えるか。

名指しで伝えるか。

伝聞の方が、間違っていた時に訂正しやすい。

名指しだと……、間違っていた時に、通報した人が不利になる。

青年はお兄さんを見た後、涙をぬぐって立ち上がった。


「俺も連れてってください! 採取ギルドのほかの人は、俺よりも体力が無かったり、弱かったりするんです! 俺で命からがらだったら、皆死ぬかもしれない」


「よし、いい心がけだ。沙漠の隠者が力をできるだけ貸そう」


「隠者……え、あの、沙漠の隠者!? 沙漠フィールドで生活しているという、あの?」


お兄さんの二つ名の名乗りを聞いて、青年は目を真ん丸く開いた。

お兄さんもしかしたら、有名人だったりするのかな……

だから、不在だって伝えると、おれに平手打ちの人多かったんだろうか……

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