表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
89/132

登場=中身が違うと別の生き物

お兄さんの肉体の方をどうするか、どこに保存しておくか。

風呂から上がって、一番に問題になったのはそれである。

おれとしては、別に道具袋に寝ていてもらっても、支障をきたさないはずだったんだが。


「……まずいな」


おれが洗濯ものの脇に置いていた、道具袋を見てお兄さんが、なんとも言えない顔で呟いたのだ。

頭を拭いていたこっちは、何がまずいのかわからなかった。


「なにがまず……こりゃまずい」


お兄さんの視線の先、そして手元を見ればすぐに分かる答えがそこにあった。

口を閉じていれば、中の物が変質しない、そして外部に影響を与えないはずの道具袋が、凍り付いていたのだ。

それも見るからに、内側から凍っているとしか、思えない見た目で。


「さすが“凍てつくもの”だけあるな。道具袋の術程度は、意味をなさないのか」


「というかなんで、中から凍ってんですかね、お兄さん中で再生しているんじゃないんですか」


「“寒空の祝福”がその癒しの力を、最大限まで発揮しているからだろう。あれは何故か周りを凍り付かせて、蘇生させる」


「って事はこの中のもの、皆凍っているわけですか」


「だろうな」


「……」


おれは頭のなかで、凍って支障をきたすものが何かあったか、真剣に思い出そうとした。

凍って困るもの、紙類。おれが前のチームで押しつけられていた、呪いの本の山。道具の山。

ぶよぶよになって読めなくなったりするとしたら、あれらだろう。


「呪いの本が読めないものになったら、どういう物に変わっちゃうんですかね」


「“氷界の意識”は呪いを軒並み凍らせて、停止させてしまうわけだが……」


お兄さんが真面目に考えだす。お兄さんも考えた事が無い事だったらしい。

首をかしげてしばらく考えて、言う。


「解凍と同時に、術が崩壊すると言ってもいいのだから……ただのふやけた紙の束になるのだろうな」


「もしかしたら貴重品かもしれないものが、軒並み紙屑ってわけですか」


「……だな」


お兄さんも流石に、何とも言い難い微妙な表情になっている。古代の呪いの本は貴重品である事や、収集家にみせれば金に糸目をつけないものも多い。

おれが持っていただろう、そんな本が軒並み紙屑になるとわかって、平気でいられるおれでもお兄さんでもない。


「おれちょっと本取り出します」


「なら、そこの二番目の引き出しの中に、私の作った予備の道具袋があるから、それを持って入ればいい。アラズの本がどれだけ多いのかはわからないが、まあ入るだろう」


おれはそこで、今まで開けた事が無かった、お兄さんの私物が入っている引き出しの中身を知った。


「何入れてんですか、というか作れるんですねお兄さん」


「隠者生活が長いと、自給自足が当たり前だからな。物が壊れた時に直せる事、新しい物を作れることは早いうちから必要になって来る」


そっか、一人で隠れ住むという事は、そういう事でもあったのか、と納得しつつ、引き出しを開けて一つ袋を取り出す。

見た目も丈夫そうだが、造りがしっかりしている。

え、おれの私物よりいい出来だろ……お兄さんなんでそんな器用なんだよ。

裁縫と言う物があまり上手じゃないおれは、これって売れるくらいじゃないかな、と思ってしまった。

術の精密さはきっと、一般的に出回るやつよりはるかに上だろうから。

何て言ったってお兄さんが作るわけだし。賢者と間違われるくらいの知識量と術を持っているお人の作ったものだしさ。

袋を腰に巻いて、おれは息を吸い込み、首にぐるぐると防寒用の布を巻き、ある程度中が寒くても対応できる格好をして、道具袋の中に入った。

中はおれが作った通り、設定した通りであり、何も変化はなかった。

物の配置とかは。

でもすんげえ寒いんだけど、え、信じられない位の冷え込み方なんだけど、ふぁっ!

吐き出す息の中の水気が凍ってパラパラ落ちるって信じられない。

どこの極寒のフィールドだよって位だ。

だがしかし、おれにはありがたい事に、道具袋のなかは乾燥していた。

寒くても凍る水分がないから、本とかが凍って駄目になるとか、はなかった。

取りあえず、押し付けられた本だのなんだの、解凍されてふやけたら困るものを、整理整頓お構いなしに突っ込んでいく。

考えてみれば恐ろしい数の呪いの品物があったが、今考えても無駄だ。

そうして呪いの部屋に当たるものを軒並み移動させて、そろそろ手がかじかんできたと、両手をこすり合わせた時だ。

ころりと何かが転がった。転がるものは拾ったはず、と思えば石ころで、背後で何かが動いている気配がある。

まさか、と思って振り返れば。


「動けたのかよ……」


お兄さんの肉体が動いていた。どことなくぎこちないけれど、ちゃんと立っている。

お兄さんの魂とか意識とかは、ディオのなかじゃなかったのか。

どこから突っ込めばいいんだ、疑問を言えばいいんだ。

と思いながらも、ま、ありうるかもしれないと思っていた己に気付かされる。

今、お兄さんの意識は肉体にはない。

でも、お兄さんの肉体には、“氷界の意識”が飲み込んだ数多の生き物の意識が残されているだろうし、“氷界の意識”そのものも入っている。

中身がすっからかんなわけじゃないから、動く事もあるだろう。

動いている体は、ふらふらして、目を瞬かせる。

眼の中に、前にも見た事があるとんでもない物が、ゆっくりと動いている。

それはゆらゆら動いて、おれを見つめる。

見つめて、何度か瞬きして、へにゃっと笑った。

実に子供っぽい笑い方で、安心しきった顔だった。

お兄さんの顔面で、こんな顔をされるとおれの方がどうかしそうだ。

あの人が絶対に作らない表情だから。


「      」


相手の口が開くけど、声は出てこない。代わりにこっちの頭の中に、言葉が投げられる。


棄てなかった。うれしい。


「棄てるって……お兄さん戻って来るのに棄てやしないっての……」


ここより、外の風があるほうが、直りが早い


「……確かに道具袋は、外から遮断されている空間だけど……そんな違うの」


ちがう。“これ”は世界とつながるほうが早く、直る


そっかー。外に出しておいた方が、お兄さん早く帰って来るのか。

んじゃ家のどこに寝かせておけば、誰にも迷惑かけないでいられっかな。

おれはその場で、家の間取りを頭に描き、家具の配置も考え、一番目立たずなおかつ外に近い場所に安置できるか、考えた。

だって早く直るんだろ? おれは早い方がいいと思うし、お兄さん自身だっていつまでもディオのなかに居候するのは、きっと具合が悪いだろうし。

この寂しんぼうは、悪意を持って悪さはしない気がするんだ。


「ぶえっしょい!」


しかしこの空間は現在極寒。完全防御の格好でもないから、くしゃみが立て続けにでた。

いけね、そろそろ出ないと風邪ひくわ。

おれ滅多に風邪ひかないんだけどな。

まあ一度外に出てと、思って入口に手をかけて体を持ち上げた時である。

いつの間に近寄っていたのか、寂しんぼうがおれに掴まり、結果おれも寂しんぼうも外に出る事になった。


「アラズ、その体を支配しているのは今、どう見ても“氷界の意識”なんだが……私の眼は間違っているのか」


出てきたおれに、かいがいしく毛布を渡して、準備していたらしい火鉢を押し付け、最終的に温かい飴湯まで出してきたお兄さんが、家の中を興味深く見渡す寂しんぼうを示して言う。


「たぶん間違いじゃないです。本人が言うには、外の風に当たった方が直りが早いんだとか」


「それは思っても見ない事だな。道具袋を嫌がったのか。……道具袋は外界と切り離されているところがあるからな、そこが気に食わなかったと見える」


お兄さんの体……もう寂しんぼうでいいか……寂しんぼうは辺りを見回し、部屋の隣の廃墟部分を見て、なんか納得した顔で頷いた。

そして却下されるとは全く思っていない笑顔で、そこを指さす。

ちなみにそこは、半日陰を好む薬草や樹木が繁殖しすぎて、もともと建物の一部だったとは思えない状態だ。

おれもお兄さんも、まさかここまで生えるとは思わなかったんだ。

寂しんぼうはそこで寝たいらしい。

いいんだろうか。おれはお兄さんをちらっと見た。

お兄さんはそこを見た後に、ため息交じりにこう言った。


「あれはやりたい事は何が何でもやるからな。……周囲を凍らせないなら、そこで寝ていればいい」


寂しんぼうはまた笑って、藪のなかの、どう見ても外から見つけられない隙間に、体を押し込んだ。

そのまま体を丸めて、……ぐうすか寝始めた。おい。なんか周りの木の枝が覆い隠し始めてんだけど。

植物味方にできんのかよ。寂しんぼうどんだけだよ。

体直して起きる時、枝邪魔にならないのかよ。

物を申したいんだが、相手は完全に再生状態に入ったらしい。

枝の壁をつついても、何も反応がなかった。


「……自分の中にいたものながら、行動の予測がまるでできないな。それとも私の体をよっぽど気に入ったのか。あれが大人しいというのは変な気持ちになる」


二杯目の飴湯を手渡してきた、お兄さんが呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ