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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
第一章 いかにして盾師は隠者の犬となり、元の仲間と決別したか
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番犬=八つ当たりもうけるしかありません。


ばっちん!

痛い音がした、どこからしたって自分のほっぺたから響いてきたんだから、そりゃあ痛いに間違いない。頬を叩かれたおれは、なんとも言い難い顔でたたいてきた相手の顔を見る。


「だからこの家の主は今この家にいないのですから、会いたいと言われても土台無理な話なんですよ」


何て言えばこの姉ちゃん……やけに化粧臭い姉ちゃん……は納得してくれるだろうかと考えながら、おれは苛立った顔の相手を見る。

姉ちゃんはお兄さんに助言を求めに来たそうなんだが……おれの眼が確かなら姉ちゃんは明らかに、色仕掛け関連の持ち物を持っている……おれの鼻は利くからたいてい当たる……んだが。

そんないかにも怪しい相手を、お兄さんの所に通さないのも、番犬の仕事なので止めている真っ最中である。

しかし激昂してきた相手は、おれを叩くわけだ。理不尽!

それでもおれも負けちゃいられない。だってお仕事、おれのお仕事!

そして命の恩人のお兄さんに、こう言う風に迷惑をかけそうな女性なんて通せない。

男性だったら通したのかって? そりゃもちろん男性でも通さないに決まっている。

そんな考え方の結果なのか、ここ何日も、全員違う女性に、頬を叩かれまくっている。

そろそろ頬が腫れ上がって丸くなるんじゃないかな、と思うわけだが、夕食の時間にお兄さんが薬を塗ってくれるため、今のところ腫れたりはしていない。

さてそんな風に話しがずれてしまっているけれども、事実としてお兄さん現在進行形で外出中なのだ。

何でも砂漠のオアシスの果てにある、何処かの妙な神殿に御用事だそうで。

おれはそのためお留守番をしているわけだ。

だからどう足掻いたってお兄さんはここにいないのに、この女性もしぶとかった。


「彼がここ以外のどこにいるっていうのよ! あなたが通さないだけなんでしょう!」


「いや、普通に朝にお見送りしまして、しばらく帰ってこないような事を言ってたんですけど」


「嘘ばっかり!」


ばっちん! この姉ちゃんしつこいな、そして暴力で人を従わせようとするタイプなのだろうか、どんだけ叩かれても通せない物は通せないし、お兄さんが帰ってないのも明らかだってのに。


「あの、いい加減してもらえないですか? 本当にお兄さんは今日は外出しているんですよ」


もういい加減に帰ってくんないかな、まだ仕事がいくつも残ってんだけど、なんて思いっていたら、彼女は今度は最後におれの股間を蹴り飛ばし……おれの事男だと思ったのだろうか……去っていった。

嵐が去ったような感覚で息を吐きだすと、けらけらと笑い声が響く。


“お前さんがんばるなあ、あんなヒステリックなご婦人に”


「事実としてお兄さん外出中でしょ、なのにいないっていう事実で激昂されたらたまらない」


“この前は、お兄さんとやらが通すなと言ったから通さないで、呪われかけなかったかい?”


「いや、呪い何て通用しないし」


効果を発揮しない呪い何て、ただの魔力の無駄でしかない。そして呪いが聞かないと知るや否や、相手は全速力で逃げて行った。

ちょうどそのすぐ後に、調べ物が一段落したお兄さんが、人を入れてもいいと扉を開けたってのに。

あの人はもったいない事をしたわけだ。

ほかにも、お兄さんに相談しに来て、お兄さんの


「外に出してくれないか」


その一言で、おれがつまみ出している人も結構いるんだけれどもな。

そのたびに叩かれたり引っかかれたり、ときには噛みつかれたりするんだが。

お兄さんが外に出してほしいというのだから、おれのお仕事はそうなのだ。

理不尽でも何でもない。番犬ってそういう事。

ご飯は毎日出て来るし、怪我は治してもらえるし、面白いお話だって聞かせてもらえるし、温かい寝床はある。

うん、とても、快適である。

そんな快適な砂漠のオアシス、結構いろんな植物が茂っているので、ハイエルフの父直伝の調合ができるおれとしては、珍しい効果の薬品が作れて楽しい。

お兄さんも調合のスペシャリストだから、二人で変な物作りまくって、時々街に下している。

街のギルドでは、お兄さんとの共作の魔力補充ポーションが高く評価してもらえていて、お兄さんの才能の多さに脱帽だ。

おれだけで作っても、そんないい物出来ないんだから、お兄さんの才能があってこそなのだ。

おれは今日ものんびりしている。

暇だな暇だなと思えば、オアシス周辺の沙漠猫を狩るくらいの討伐をしていても、お兄さんは怒らない。

でも、家の番犬なのだから、家をしっかり守ることを念頭に置くと、どうにも外に出ようって気にならない。

沙漠フィールドの魔物は、結構強いんだから。

そして。

先ほどから疑問かもしれない、声の主はおれの腰にぶら下がっていて、表紙の目玉がぱちくりしている。

そう、喋っているのは本なのだ。

お兄さんの呪いの本の一つである。

これはお兄さんの呪い本の集合体で、何年も外に出ていないから外の空気がすいたくて、合体したらしい。

それも、呪いが通用しないおれがいるから始めた我儘で、悪さしないから外に出せってうるさいから、お兄さんに相談したら


「番犬が腰にぶら下げて、悪い事しないように見張っているなら出していいぞ」


って広い心で許してくれたから外に出ているわけだ。

一人でいるよりも喋る相手がいて楽しいし、呪い本はさすが呪い本、ほかのまじないの減退も得意だった。

おかげで帰ってもらわなきゃいけない人たちの、八つ当たりも軽減されて楽ちんだ。

おれはそんなこんなで、去って言った女性を見送ったのち、のんびり家に入って、オアシスの水にさらされて、気温よりは冷たい布切れを顔に当てて、また外に出る。

勝手に作った外のベンチ、ここがおれの定位置である。お兄さん、ベンチ作っても怒らなかったから、ここ居場所なんだよなー。

お兄さんは結構おれの好き勝手を許してくれる。たぶん番犬として頑張っているからだろう。

おれはこの周辺で、草をむしったり家の前を綺麗にしたり、窓を磨いたり、壁の汚れを払ったり、好きに過ごしている。

そしてお兄さんも、おれの暇つぶしの玩具を色々くれるので、ベンチの周りにはおれの遊び道具と仕事道具が散乱し、その中で眠りこけている事もある。

来客の気配を感じたら、起きられるんだけれどな。

よっぽど起きない時は、呪い本が耳元で怒鳴ってくれるので、呪い本も相棒感覚で身近な感じだ。

ぼろぼろのおれを無視して、迷宮の下層に降りていく元仲間たちとは大違いだ。

お互いに気を付けあうのが仲間ってやつだなって、最近真剣に理解し始めているおれ出会った。

おれはその辺に置いておいた、かんたんな立体パズルをがちゃがちゃといじる。

これをはめて元に戻す遊びが、最近一番面白い。手先を使うから集中できるし、日陰でいつまでもやっていられるし。

ただ、この立体パズル、外すと経験値入手みたいな感覚に襲われるし、組み立て直しても同じなんだよな、変な仕組みの立体パズルだ。

まあそれはさておいて。


「お兄さん今日こそは帰って来るかな」


“イヒヒヒヒっ、それ何度目だ番犬ちゃん”


「やっぱさあ。帰り待ちわびてるの犬っぽいよなー」


“おいらたちは知らねえな、キヒヒヒヒヒッ!”


四つ目、一番難しいという事で最後にしておいた立体パズルを取り上げ、さあ、ばらそうとしたその時である。

沙漠の風とは少し違う、人の何かを伴った風が吹いたため、そっちに首を向ければ。


「ああ、帰ってこられた……」


疲れ切ったお兄さんがそこに立っていて、おれははじかれるように立ち上がり、お兄さんに駆け寄った。


「お兄さんおかえり、疲れてるね、荷物持つよ」


「ああ、たすかる」


お兄さんの荷物は重たかった。道具袋としては並の奴だから、呪い本が入っている高級な奴じゃない分、中身に重さが反映されるんだろう。


それを持って手を引いて、お兄さんを家の中に入れると、お兄さんはそのまま寝台に倒れ込んでしまった。


「だいぶ疲れているねえお兄さん。ミントシロップの水割りでいい?」


「ああ、出来ればお茶がいいんだが……」


「了解」


この暑いオアシスでは、ミントをたっぷり入れたさわやかな緑茶が涼をとる定番。

おれはさっそくお湯を沸かし、お茶を入れて、ミントを入れたグラスに注いでくるりとかきまぜた。

薄荷のさわやかな香りにくわえて、緑茶の風味が、熱い中身を涼し気な匂いで満たしている。

お兄さんはそれに角砂糖のツボを引き寄せ、がりがり一つかじりながら、お茶を飲む。


「いつでもこの味というところが細かいな」


「適当に作ったってこの味になるしかないですよね」


おれからしてみれば、いつでも安定した味なのは簡単だから、なんだが。

お兄さんからすれば違うらしい。


「いつも美味しいから助かる。この味が待っていると思うと、へんな奴らの集まりにも気合いを入れていけるからな」


何て言って、おれの頭を子犬よろしくぐるぐるなでる。撫で繰り回されるのは結構好きなので、おれもお兄さんの好きにさせる。


「一週間帰ってこない物だから、お兄さんどうしちゃったかなってちょっと心配してたんですよ、あとこれ王都からの手紙だそうです、隠者に手紙ってなんじゃそりゃって感じですけどね」


「賢者とはき違えているのだろう。私が以前、錬成難度最高位の賢者の石を、作ってしまった事があったからな」


「お兄さんほんとハイスペック」


「でも料理は出来ないのだよ、これが」


「あー」


確かにお兄さんは、卵料理以外は下手だった。この何週間かで実感する事で、おれが料理した方がおいしい物にありつける。

偏った能力は、きっとお兄さんみたいな人だからなんだろう。

おれみたいに、偏る能力すらない奴とは大違いってわけだ。

うん。

お兄さんは寝台で角砂糖をまたかじりながら、手紙の封をやぶる。

そう、お兄さんは意外と雑だった。封を破る時も、封筒はびりびりになる。

開けるのが下手らしい。

そして中身の便せんをざっと読んだお兄さんが、溜息をついた。


「選定は賢者の役割であって、隠者の役割ではないのだが……」


「選定? って何するの」


選定なんて初耳の言葉だから問いかければ、お兄さんが教えてくれる。


「重要なミッションを振り分ける際に行われる儀式だ。賢者の灯す『選ばれしもののたいまつ』に名前が浮かんだ奴を、そのミッションに振り分ける儀式だ。これによってえらばれたら絶対であり、反論の余地はない事になっている」


「お兄さん賢者じゃないのに」


貴重な本と巻物の山に埋まって、日がな一日読みふけるお兄さんは、賢者みたいなえらそうな空気ないのに。


「呼ばれているんですか、お兄さん」


「選定をしろとな」


「賢者のお株を奪ったらだめじゃないですか」


「私もそう思うな」


「できませんって書状を送ればいいんじゃないですか。おれ届けますよ」


「当てがあるのか?」


「ギルド経由で、そういう手紙を送れるって前に聞きましたよ」


お兄さんが腕を組んで考えた後に、呟くように言った。


「なら、私もその制度を利用してみよう。閉じこもってばかりだとどうにも、俗世間のあれこれそれの変化に、対応できないようだしな」


そこでお兄さんは、おれの顔をまじまじと見て、言った。


「やれ、顔が腫れている。薬を塗ってやるから、そこの戸棚の瓶を一つ持っておいで」


「気付くのおそっ!」


笑いながらも言われた通りに、瓶を持って行く。おにいさんの薬指がゆっくりと瓶の中の軟膏をすくいとって、おれの腫れた頬にぬってくれた。

おれはこの時間が結構好きだ。お兄さんに構ってもらっている感じがしてさ。


「さあ、明日は町に行って水浴びをしてから、ギルドのその制度をやりに行こう」


「はい。そうだ、今朝の煮込みまだありますけど、食べます?」


おれお手製の、ブドウの葉っぱに肉をくるみ込んで煮込んだものを示すと、お兄さんは嬉しそうに笑った。

一瞬ドキリとする、そんな屈託のない子供みたいな笑顔だった。


「番犬の煮込み料理はいつでもおいしいから、ありがたく頂こう」

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