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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師は、隠者と添い始めるのか
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認識=それだけがそれだけじゃないという話

ちょっと加筆しました。(2020/02/15)


ララは不意に目を開けた。執務室で仮眠をとるのはギルドマスターにはよくある話であり、おかしな事ではない。

ただおかしいのは、その執務室の中に異質な男がいる事か。


「何の用事だい」


「こっそり手紙を送って呼び出したのはそちらだろう」


「そうだね、あたしだ。だがこんな夜更けに現れるなんてどういった心の変化だい。こちらがいくら来てほしいと言ったって、現れやしなかった怠惰な隠者が」


「何、少し重い腰を上げただけに過ぎない」


ララは何かある、と即座に気付いた。気付かざるを得ないのは、この男の気質をよく分かっていたからともいえる。


「その物言いだと、どうやらこの時間じゃなかったら来れなかった、と言いたげだね」


「昼中にここに現れれば、誰かに見つかってしまうからな」


裏を返さなくとも、それはどこかの誰かにここへの来訪を知られたくない、という事だった。


「盾師関係かい、あの子は今度は何をした? もともとこの街に来たばかりのことは、そりゃあもう、問題行動を山のように起こしていた子だけれどね、人を傷つけることはしなかった」


「私の愛すべき愚かな子犬に、ここに来た事を知られたくないだけだ」


なるほど、ララはある程度のことがそこで知れた。どれだけ呼び寄せようとしても、こちらの思う通りに動かない隠者は、盾師一匹に知られたくない事がいくつかあるらしい。

隠していたって、あの盾師はかけらも気にしないのに、この男は気にするのか。妙に盾師が哀れになる。

あれだけ真摯に向き合っているのに、こうも拒絶されれば哀れみも増す。

ましてこの隠者は口先だけの求愛を行ったのだから。


「愛すべきって嘘だね。私の所に来たっていうのをどうして知られたくないんだい、ここに来た事を秘密にするなんておかしな話だ」


「貴様、言いたい事を言いたい放題するな」


ぎろり、と隠者が普段見せない目つきをする。この目付きには覚えがある。痛い所を突かれた時の眼だ。


「十年ぶりかい、その目付きをするのは。それだけ執着する相手が、十年で一人だけか」


「貴様が気にする事ではない」


ほら、この偉そうな物言い。この尊大な態度。事実男はこちらの許可なく長椅子に座り、足置きに足を置く。

普段の隠者の行動として、これはない。ララはこれがこの男の本質的なものだと知っている。

十年前に、九つの枷をつける前までいつもこんな風だったのだから。

化けの皮を一枚剥けば、この偉そうな態度が出て来る。普段の飄々とした態度は見事な皮だ。


「で、私に何の用事だ」


「手紙に書いたとおりだよ、子供たちの引率を引き受けてほしいだけさ。何しろ単剣での実力者全員に頼んでいるからね。それにお前ならば、予測不可能な呪いがあっても対処できる。……そのかすめ取った”凍てる脅威”ならば、どんな悪辣な呪いも対応できるだろう」


ララが指摘した事を、隠者は聞かなかったように流した。

彼女が言った事はたった一つの事実だったが、男はそこで感情をあらわにしなかった。

ただ目を瞬かせて言った。


「子供のおもりだけか」


「そうさ。でもその子供たちはこのアシュレの上層部の子息たちさ。お前だって借金多いんだから、いい話だと思わないかい」


「賃金はいい物だな」


「子供たちがどういう風か話し合うために、お前を呼んでいたのに、ジョバンニもドリオンも来ない時間に来られて、全くお前は自分勝手だ」


「隠者など誰しも自分勝手だ。どうせ私はそこで死ぬ」


ララは目を眇めた。凍れる生贄が死ぬなど笑えない話だ。これが死ねば恐ろしい事が立て続けに起きるのだから。


「人の迷惑を考えて死んでくれないかい」


「死ぬことで決定的になる事があるからな」


「また何を考えているんだい、この盗人」


「私は確かに盗人だが、お前にそこまで言われるのはいささか不愉快だ」


「……不愉快だと言っておきながら、足元を凍らせようとするんじゃないよ」


部屋はすでに恐ろしいほど寒くなっている。吐く息は真っ白で、沙漠のアシュレではあまり見ない光景だ。


「死ねば譜面が完成する。死ぬことで見えるものがある。私がここに来たのは一つ言いたい事があったからだ」


「聞くだけは聞いてやろうじゃないか、なんだい」


「私が殺されても、手を出すな。ララ」


「聞けないねそんな事は」


「殺されれば、あらゆるものが動く。……試したい事があるのさ」


にいい、と悪逆の顔で笑う隠者は普段見せない笑い方をしている。余裕ある表情とは違い、嗜虐的な顔とも言えた。


「その忠義が真実か試せる。……私以外の物に心を移させやしない」


「……お前、最低の男だね。殺された後も盾師を自分の物にしておくのかい」


今隠者に尽くしているのはたった一人、あの憐れな盾師だ。哀れで強い盾師。

愛した男に裏切られてもなお、二本の足で立ち続けるおんな。オーガの強靭さを、その細い体に受け継いだ白の子。

隠者が殺されても、その後を追いかけたりはしない彼女を、死んでなお自分のものにするために、殺されるのだと言う狂気的な隠者。

おそらくこの男には、焦りがある。ララは言動のかすかな部分にそれを見出す。

この男は、たぶん、気付いたのだ。

盾師の心の中にいる、とある青年の影に。

そして、喪失に寄り添える男の存在に。

……己に後ろ暗い所があるからこそ、その男を脅威だと感じているに違いない。

幾人もの人間のいくすえを見てきた、ギルドマスターでなかったら、この隠者の焦りなど見つけられなかっただろう。

事実、誰にも知られないように口止めにしに来たのだから。


「お前が死んだあと、あの子が誰に摘み取られるかは自由だろう。花だって摘み取られる自由はあるし、花盗人も選ぶ自由がある」


「それを私は許さない」


「お前に許されるとかそう言う問題じゃないだろう!? あの子をあんなに因果の糸で縛り付けて、まだ足りないのかい」


ララは声を荒げた。彼女の眼には術のすべてが見える。隠者が盾師に絡みつかせたものも。

隠者が秘密裏に行った、盾師との婚姻の契約も。何もかも。

隠者にもしもの事があった場合に、盾師が彼の厄介な遺産を受け取ってしまうだろうつながりまでも、ララの目には見えるのだ。

それだけ繋いで繋いで、もうつなげるものなんて何もないくらいなのに、まだ隠者は盾師を縛り付けようとする。


「たりない。あの子は私を見ない。あの子は私の中身を探らないから。私は繋いでも繋いでも、勇者の所に至らない。私の愛すべき子犬は、その場所を私に空けてくれない。勇者だけがそこにいる。それに……私はすでに世紀の盗人で、殺人者で史上最悪のわるものさ」


開き直ったような言い方だ。なるほどこんな会話をほかの誰かに聞かれるわけにはいかないだろう。

この時間にひそやかに訪れるわけだ。彼女が思った時だ。


「ララ、手を出すな。これは私の警告だ」


ぎるり。恐ろしいほど暗い瞳が彼女に告げる。隠者は本気で警告だと言っていた。

”凍れる生贄”の行動を邪魔すれば、どうなるかわかっているだろうな、と告げるまなこ。

ララは息を一つ吐き出し、呆れた声で言った。


「ギルドがうかつに手を出せば、悪化するだろうっていう事かい」


「まあそうだな」


ララは方針を決めた。


「それじゃあ、アシュレに被害が出る事にだけ手を出すからね。お前でもこのアシュレに何かするのは、この”義”のララが阻止しよう、この目玉を潰すことになっても」


「それだけ約束してもらえば十分だ」


氷をまとった闇が、隠者を飲み込み、そして隠者は跡形もなく消え失せた。

完全にその術の気配が消えてから、ギルドマスターはどっと疲労し、首の下の汗をぬぐった。


「死ぬことさえ計画か。お前は大概狂ってる。……亡くした女はお前をそんなに狂わせたか」


彼女のつぶやきは、誰も聞かない。





あくる日の事である。いつの間におれの服のすべてに、紫を縫い付けたのだろう。

寝間着代わりの、お兄さんの古着以外のすべてのおれの衣類に、紫の縁取りがついていた。

一つ二つと手に取ってみても、全部である。

道具袋ではなく、その辺の籠のいくつかに放り込んでおいたから、お兄さんが勝手に取り付けたのだろう。

そこはいいのだ、いいのだが。

お兄さんが起きているのに、おれが寝ていたなんて不覚でしかない。

いつだって誰かが起きて動いていれば、おれは意識があったのに。

なんで昨晩は起きていられなかったのか。

眠かったんだけどな、すごい眠かったんだけどな。

それでも盾師としてのあれこれそれが、……あるんだよ。

それに。

守る相手が起きているのに、自分が寝ていたら、いざという時に守れないではないか、と口のなかで文句を言っていると、のたのたと壁をはい回っていたらしい呪いの本が、喋りかけてきた。


『あんまあの御仁の事で、落ち込むんじゃねえよ相方。昨日たぶんあの御仁、お前子守唄で寝かしつけてたぜ』


あれか! とんとん背中叩きながら、ゆっくり唄ってたなお兄さん! 術が聞かないからって、そんな方法をとるとは。うっかり大匙を鍋のなかに落としそうになる所だった。

急いで掴み直し、ぶぜんとして言い返す。


「おれ番犬なんだけど」


番犬眠らせるって、おいおい何してんだよお兄さん。

そんな事を内心で思っていれば、呪いの本がぬたっとした声で笑ってから続けた。


『緩くって解けちまいそうな笑顔で、縁取りしてるの見られたくなかったんだろ、まあ俺様に見られた時点で、相方に話が行くのは知っているだろうが』


「お兄さん変な所で恥ずかしがるよな」


くるりと大匙で鍋をかき回す。ふわっと香る匂い、ちょっと塩気が足りなさそうだ。

それを調整するべく、いくつかの香辛料と塩を足していく。

朝のスープを作っている真っ最中の会話に、もう一つ声が加わる。


「お前はそんなにつけなくていい、と言い出すだろうからな。先手を打っただけだ」


おれの背後で言いながら、おれの肩に顎を乗せたのはお兄さん。そして鍋の中を覗き込むのだ。


「アラズはここに来てから、朝にも凝った料理を出すな」


スープ一つで凝った料理と言われても、変な気分だ。

お兄さんが焼く卵の方が、凝った料理のような気がするのだが。

お兄さんの感性は、いまいちわからない。


「食材の調達が楽ですからね。市場に行けばある程度は手に入るから、作りたくなるんですよ。やっぱり朝から一杯食べた方が、力が出るってものです」


しかし事実だけを言えば、なるほど、とおれを囲う腕はそのままに納得される。


「それよりもお兄さん、そろそろ出来上がるわけ何で、皿」


「ああ」


お兄さんの身長でないと届かない吊戸棚から、その場しのぎで買って来た深皿を渡される。

それに盛り付けて、鉄の串に刺してあぶっていたパンを皿の縁に乗せて、固形油を添えれば出来上がりだ。


「アラズの料理はいつでも何でも、心が躍るものだな」


たった一皿で完結しているのに、お兄さんは機嫌がよさそうだ。

これが前の仲間たちだったら、品数が少ないだの、美味しくないだの、もっといろいろ作れだの、散々文句を言っただろう。

もうどうでもいい話だ。


「さて、今日の予定としては、またギルドでミッションをいくつか受注する予定だが、アラズは何かやりたいものがあったりするか」


「そうですね、今は思いつかないんですけど、やっぱり多少のお金が必要だから、単独で可能なミッションをいくつか」


「薬草採取が単独ではなくなったのが痛いな」


「まあ、おれ級になると、おれと採取用の人員だけですむんですけどね」


単独では鋼玉、チームでは金剛石。

それの名前は色々融通が利くのだ。

ここ数週間で実感したので、間違いない。

おれがいくと言ったら、複数が必要なミッションも、単独で許される物があったりする。

こんな特別扱いでいいのか、と聞けば


「特別なんじゃなくて、確実にできると判断しているから、許可が下りているだけだ」


って言い返されたので、ギルド側に問題はないのだろう。


「あとは」


視線を右上にやって思い出し、言う。


「なんかギルドの方で、東区の学校に剣舞いができる人間を紹介するのだとか。お兄さんがやる価値があると思ったら、声をかけてみるのはどうです、短期ミッションとは思い難いので、数か月は取られるけれども、そこそこ報酬は良さそうです」


「剣舞いなんかができる人間なんて、いくらでもいそうなものだが」


「いないらしいですよ、マイクおじさんの話によると胃が痛い位に探しているとか」


「殺意なく必殺の一撃を打ちあうだけの事なんだがな」


「お兄さん……」


この言い方にはさすがに突っ込みたくなる。


「それって普通出来ませんからね」


「アラズはできるだろう」


「お兄さんに引っ張られているからだと思いますよ、剣舞いの途中から、意識ないようなもんですし」


……得物同士がぶつかり合うほどに、心がはがれて解けていく。

とけて相手と蕩けて繋がっていくような心地になって、終わった時にその一体感が無くなって、引きはがされた心地になる。

そうしてようやく、己と相手は二つなのだと、気付くんだが。

そこまで言うのははばかられたので、ただ白い眼で見るだけにしておいた。

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