他方=いなくなった後の事(1)
一方その頃。
「だから片付けておけって言っただろうが!」
「あなたが自分の事はすればいいじゃない!」
「というか何で洗濯物誰も洗ってないんだよ!」
「着るものないじゃない!」
暁の閃光の持ち家ではそんな喧嘩が起きていた。
その中身はいたって馬鹿らしく、誰もが自分で自分の事をしない結果の押し付け合いだった。
「とにかく、今日の風呂掃除どうするのさ」
「入りたい人が掃除すればいいだろうが」
「なんで水あかだらけのところを、私が掃除しなくちゃいけないのよ! そんなの」
役立たずに任せればいい、と言いそうになったミシェルが黙る。
そうだ、彼等は思い出したのだ。その役立たずを役に立たないと言って、吹雪く世界に追い出したのだと。
その事で黙れば、マーサが言う。
「こんな事になるんだったら、拾いなおせばいいのですけれど。あんな役立たず、誰も相手にしませんもの。捨てられてしょげているのだから、やっぱりお前は必要だったとでも言えば、簡単に戻ってきますよ」
「だが、あいつ、ギルドからも脱退しているんだぞ。行方が追えない」
どんっと、出来合いの食事を卓に置いたアリーズ。もう何日も外食続きで、彼は食事に嫌気がさしていた。
出来合いの物を持ち帰る頃には、この冬の寒さですっかり凍り付いており、そして温め直すものはまずいからだ。
電子レンジなどない世界で温めるには、色々燃料も必要なのである。
「くそっ、とにかく、自分の部屋は自分で片付けておけよ」
アリーズは、ふつう当たり前のことをほかのパーティメンバーにも求め、彼女らはリーダーの言う事だからしぶしぶ頷いた。
はっきり言って、何日もきちんと片付けていない部屋だ、その埃は並ではない。
たった一人が毎日毎日、蹴飛ばされても殴られても、丁寧に行っていた事を誰もしない結果がこれだった。
アリーズは苛立った顔で食事を始める。やはり凍り付いたスープや冷え切って油の浮いた肉はまずい。出来立てならばどれだけおいしかったか、と思うと空しいのだ。
そして魔道具で温まった部屋であっても、埃まみれの空間では、ちっとも落ち着かないのだとも。
「とにかく、明日もう一回ミッションを探しに行くぞ、収入が安定したら下働きを一人雇えばいい」
「そうね」
これからの事を告げるアリーズに、マーサが頷き、シャリアが言う。
「私は部屋に戻る。埃くさくていられない」
「食事はどうするんだシャリア」
「……」
シャリアはここ何日も、住環境にうまく適応できず、食事をさぼりがちだった。
そのため術の精度は落ち気味だったが……
「今日も適当に残り物を食べればいい」
淡々と答え、アリーズもいつもの事だからと、気にしなかった。
翌日、ギルドでミッションを受注した彼等は、迷宮の中層にある、珍しい薬草の採取を提案された。
この薬草は採取が難しいため、迷宮の中層にあるとはいえなかなか手に入らない物だ。
そして採取専用の人間が必要であり、彼等は役立たずと同じように、先頭の役に立たない人間が一人増えるだけ、と簡単に思って受けたわけだ。
そして実際に中層に向かったわけだが……
「何で背後から魔物が襲ってくるんだ!?」
アリーズはなんとか、剣で魔物の牙を受け止めながら叫ぶ。
「そっちに集中してアリーズ! 私たちは後ろの魔物をどうにかするので精一杯よ!」
ミシェルが引きつった声で返す。アリーズはそこで、前方の大量の魔物を自分一人でどうにかしなければならない、と気付かされる。
絶望的な気分だ。
そしてもっと絶望的な気分になったのは、採取のための人員……名をカーチェスという青年だった。
彼は、この暁の閃光というパーティならば安全に、薬草を採取できると言われて、安心していたのだ。
だが実際はどうだ、前方から襲ってくる魔物と背後から襲ってくる魔物、両方を処理できずに危機である。
「くそ、何で背後から魔物が襲ってくるんだ!」
アリーズが叫ぶ。だがカーチェスからすれば。
「なんで今まで背後の事を気にしないでいられたんですか!? 迷宮は前後左右どこからも魔物が出現するんでしょうが!」
というもっともな事であった。そう、迷宮は前方からのみ魔物が来るわけではない。すべての方向から魔物がやって来る、恐ろしい場所なのだ。
しかしアリーズたちは前方ばかり気にしていて、変だなと思えばこれである。
「今まで背後の事をしていたのは誰なんですか!? なんでそんなに連携が取れないんです!?」
カーチェスは悲鳴を上げてしゃがみ込みながら、鞄の中身を探っていた。
おそらく帰還用の魔法道具を探しているのだろう。
だがそれを使われたら、ミッション失敗が知られてしまう。
アリーズは焦って叫んだ。
「大丈夫だ、大丈夫! こんな奴らすぐに倒せるから落ち着け!」
そして何とか前方の敵を大体仕留め、背後ではミシェルやマーサ、シャリアが魔物を追い払っていた。
四人ともくたびれ果てているが、アリーズはリーダーとしてマーサに言う。
「こっちの怪我の手当もしてくれ」
「待って、私も補助とかで魔力がほとんどないのよ……」
「前方を一人でどうにかした俺が、一番疲労が強いんだ、早く治癒してくれ」
マーサは青ざめた顔で、一日に何度も使用できない魔力回復のポーションを飲み、アリーズの傷を癒した。
「くっそ、あの役立たずがいないってだけだってのに……」
何が違うのか。アリーズは苛立った顔を隠さずに呟いた。