結末(2)=少しずつ飲み込んで始める
「魔王の痕跡だと確定した、凡骨お前に報奨金が入ったぞ」
それから三日後、ギルドの待合室に顔を出すと、呼びかけられた。
何だろう、と近寄れば、マイクおじさんが受付の下をあさる。
そして何故か非常に疲れた顔をして、やっと見つけたらしい、おれに金の入った袋を渡す。
「なんか疲れてない、マイクおじさん」
その動きのいちいち鈍い事といったら、彼らしくないから気になって聞く。
何かおれでも、手伝えることないだろうかと思ったのだ。
しかし首を縦に振って、疲れたと肯定するマイクおじさんは愚痴を言い始める。
その調子からして、手助けはもういらない物だった。
「よっぴいて経路の確認に付き合わされたんだよ。こう言うのは、見た事あるやつが多いほど検証が楽だからな」
聞いて聞き捨てならない事だと思ったんだが。
見た事あるって、なあ?
「マイクおじさんも、魔王の痕跡見た事があるのか、ここの迷宮で?」
「ここじゃねえな。別の地域でだ。お前やあの二人組の羅針盤のなかの情報の、あれは間違いなく魔王の痕跡。勇者に提供するに問題のない経路って事で、顔を合わせたらすぐに報奨金を渡す指示が出た」
羅針盤も返す、と返されたおれの羅針盤。
変わったところはどこもない。間違いなく、傷の一つ一つまでおれの羅針盤だった。
それを懐に入れていると、そうだ、と彼が声を発する。
欠伸をしながらおじさんが、で? と身を乗り出した。
「まじかあの情報」
「あの情報って」
あの情報と言われても、どれだかさっぱりわからない。中身を聞くべきだ。
「隠者殿がお前に求愛したって話だ」
おれの言いたい事を理解してくれたようで、中身はすぐに教えてもらえた。求愛。
聞くに恥ずかしい単語だが。
されちゃったんだよなあ。事実。おれが、お兄さんに。
耳の中に、お兄さんの言葉が蘇る。
温かい言葉だったな。
「ああ、うん。求愛されたみたいだし、名前ももらったよ」
そんなものを、思い出すのはおれの特権でいい。
他人にべらべら喋ってたまるか。
あれはおれの、宝物になるんだ、きっとこれから。
言われてすぐは、思いもしなかった事だけれども。
何日かあの言葉を拾い上げていって、おれなりに考えて、そう結論付けたのだ。
あの言霊たちは、おれの宝になるであろうと。
「見た所二人とも、何も変わってなさそうなのにな」
おれを上から下まで眺めて、マイクおじさんはつまらなさそうに言った。
変わるって見た目の何が変わるんだよ。
男女の関係になったら、何か姿が変わらなきゃいけないのか。
いまいちわからん。
父さんと母さんはどうだったっけ、いけない、思い出せない。
「したされたで、いきなり変わるものじゃないんだろ。あ、でもお兄さんちょっとだけ、変わったよ」
でも、そう言えばと思い出した、お兄さんが変わった中身を言おうとしたら、マイクおじさんは首を振った。
「凡骨ののろけなんて聞くわけないだろ。さて。部屋の掃除も終わったし、いよいよお前たちに新居を提供できる。ただし。……痴話げんかで周囲に風穴開けんじゃねえぞ」
ごそっと取り出された鍵は、きれいな真鍮色をしていた。
新しく作ったのだろうか。
きらきらとしたそれを見ていると、横からそれが取り上げられた。
間合いに入られても、この気配は受け入れていい。
「お兄さん、外で待っているんじゃなったの」
「お前が遅いから気になって覗きに来た。マイク、私が借主だ」
「嫁に渡して何が悪い」
何か良く分からない基準で、開き直ったマイクおじさんだったが、お兄さんも開き直った声で言う。
「妹背に勝手に物を贈られて、気持ちのいい私ではないと言うだけだ」
「のろけてんじゃねえ―!」
お兄さんの言葉は、彼の何かを直撃したらしい。
ぎゃあと叫んだマイクおじさんが、鍵をもう一つ取り出す。
「こっちが約束の鍵の方だ。そっちは普通の鍵の方。どっちなくしても大変だからな、なくすなよ」
「ああ、分かっている」
お兄さんは、もう一つ渡されたものを大事に首の紐に取り付けると、マイクおじさんを見た。
「案内は誰が?」
「今呼ぶ。おうい、スタンパイク!」
「はい!」
呼ばれて現れたのは、人の好さそうな女の人だ。一瞬お兄さんを見て顔を赤らめ、目をぱちくりと瞬かせた。
そうだよな、こんな美貌、普通の人生過ごしていて、お目にかかれるものじゃないもんな。
彼女の眼が確かで安心するも、何故か面白そうにお兄さんが、おれに視線をよこした。
なんです?
視線で返すと、首を振られた。何か意味があったのか、どうしてもわからなかった。
「は、初めまして隠者様! 東区担当、スタンパイクです! 今日は物件の引き渡しですね!」
やる気に満ちた彼女の案内で、おれたちは新しい住居に完全に引っ越す事になった。
家があの公国の令嬢に爆破されて、一週間と半分ほどあとの出来事であった。




