任務(5)=不達成
「盾師の野郎が本当に非常識すぎて追いつかない」
「金剛石級てこんなにとんでもないのか」
さっきの魔道具を使用して、中層第五階まで下りたあたりで、ぶつぶつとグレッグたちが文句を言っている。
おそらく魔道具を使った後で、着地に失敗して泥だらけになったからだろう。
それを予想していたおれや、どんな事も対処できるお兄さんは汚れていないけれど。
「普通ないだろ」
「普通に考えてあんなもの使いこなせるのがおかしいだろ」
「ああいうのすごい珍しい魔道具だろ」
「なんで持ち帰って鑑定が出来ないんだ」
「持ち帰る前に死ぬだろう、浅はかな考えはやめておけ」
ケルベスの言葉に、注意をするお兄さん。後ろはさっきから喋ってばかりだ。
ランプのおかげで、明るいのが嫌いな魔物は近寄ってこないから、こうして暢気に喋っているわけだ。
そしてランプにくべている、魔物が嫌いな匂いの香草の香りの効果でも、ある。
これ、どこにでも売っているけれど、複数の調合次第で色々化けるんだよな。
まだ三つくらいしか調合した効果、わからないけどさ。
「さっきからうるさい。そんなに変な物だったのかあれ」
俺は背後を振り返り、問いかける。その間も足は進んでいく。
「迷宮はそういう省略の魔道具が作動しないって事で有名な特異フィールドなんだぞ」
グレッグが言った。それは初めて聞いた情報だった。
帰るための強制転移の魔道具は使えるのに、フィールドを省略する魔道具が働かないなんて。
変な話だな、同じような物じゃないのか。
「へえ、初めて知った」
「だめだこれ、こいつ自分がいかにとんでもない物を使った分かってない」
おれが驚きもしないからだろう。ケルベスが溜息を吐いた。自覚がないとまたぼやいているけどな、おれ使えてんだから、その情報間違いだろ。
事実として、おれたちの持っている位置情報を示す小型羅針盤は、ここが中層第五階だと示しているのだし。
「たしかに」
でも、言われておかしいと気付いたのだろうか。お兄さんも顎に手を当てて呟いている。
おれはそこで、前方に現れた光大蛞蝓を、取りあえず蹴飛ばして道の端に寄せておいた。
「それは殺さないのか」
「こいつら死体か植物しか食べないから、生きてりゃ実害はない。ただ通るのに邪魔なだけ」
動きもおそいしな。もともと害はないし、食べてもおいしくないから殺す事もしない。
「どう見ても獲物を襲って食べる肉食の魔物に見えるのに、見かけによらないってやつなんだな」
しげしげと光蛞蝓を見て言っているグレッグ。確かに襲ってくる蛞蝓魔物、外だとたくさんの種類がいるもんな。
今までの経験だけなら、捕食者として襲われると判断されるだろう。
「これがいると、あの光草に近い。こいつらあの草貪り食ってるからな」
おれはもう一匹、ぬめぬめとする巨体を持ち上げて道の端に寄せる。
のたのたと動く蛞蝓たち。
「……もしやこいつらの光は、宵闇蛍草の花粉の光なのか」
「……さっきから光る蛞蝓の数すごくないか、それを考えるとちょっとした群生地っていう次元じゃない気がするぞ」
確かに前にここを通った時よりも、光蛞蝓の数は多いな。
まあ増えたんだろ。
それか宵闇蛍草がおいしいのか。
よくは分析なんてできない、そんなのはお兄さんに任せるものだしな。
おれはその後、行き止まりのような場所で止まった。
「行き止まりだろう」
「ちがう。よく見ろよ。ここ。鍵穴があるだろう」
「迷宮に鍵穴!? なんて事だ! 真面目に魔王の痕跡じゃないか!」
ひっくり返った声で言うケルベス。お兄さんがおれを自分の後ろに押しやり、鍵穴に明かりをかざして調べ始める。
「確かにこれは、魔王の痕跡の一つ。蛇の鍵穴だ」
「蛇の鍵穴」
「印があるだろう、蛇が自分の尻尾をくわえている。終がない事を示す、魔王の紋章の一部だ」
お兄さんはきりっと目を吊り上げて、その鍵穴を睨む。
「子犬、ここは帰るぞ。宵闇蛍草はあきらめよう」
「なんで。せっかくここまで来たのに!」
この扉の中に、デカい水たまりがあって、その水の中で宵闇蛍草らしき物がたくさん生えてるってのに!
俺の文句に、お兄さんが真顔でいう。
「この先に魔王の遺物があった場合、お前以外にどんな影響があるか、わからないから言っている。魔王の遺物は、近寄るだけで発狂するような物も実在するんだ」
「……じゃあどうするの」
「これは戻ってギルドに報告するしかない。ここまで確定系の魔王の痕跡があるならば、ギルドに報告の義務がある」
「じゃあこいつらのミッションは失敗って事になるじゃないか! 仕事請け負って失敗なんて」
「かまわないぜ、俺らは。というかこの報告だけで結構な報酬が手に入るかもしれない」
周囲を見回し、ここに至るまでの道のりを記録する、羅針盤の補助機能を働かせている、グレッグ。
行き止まりのスケッチをするケルベス。
「今回のミッションの失敗は仕方がないというか、失敗しなきゃいけない奴だったってだけだ」
グレッグがおれの頭をぐしゃぐしゃとかき回す。
「それ以上に、二人にここまで付き合ってくれたお礼、をしなきゃならないだろうな」
「札なし、今回は俺たちがいいと言っているから、諦めてくれ。お前のお兄さんも諦めると言っているのだし」
おれはもう何も言い返せなくて、口を開いて閉じた。それから膨れた、非常に不服だったが、しょうがない。
「じゃ、省略の道具使わないで、上に上がろうぜ。いざって時の道のりを、羅針盤に記録しておくの、必要だろ」
「わかった」
おれたちはその行き止まりに踵を返し、そして。
いきなり聞えた声に、足が止まった。
“あと少しだったのに……”
「走るぞ子犬、変な物が私たちを見ている」
お兄さんがおれに小声で言う。前を行く二人も血の気が引いている。
「本物の痕跡だな……こりゃ」
「逃げるぞ仲間たち、これは奔って振り切らなきゃならない。盾師、帰る道のりの検討は」
「つく。いいや、これ使え」
おれは道を記録している羅針盤を、盗賊二人に渡す。
「おれは盾師だ、しんがりを務める。あんたらの方が足が速いから、あんたらが先に行け」
ぬたり、と足元に何かが絡みつき始める。おれ以外の三人に。
おれに効果がないのは、無知の防御の結果かもしれない。見えてても、おれは効果が分からないから通用しないのだ。
「走れ!」
お兄さんが明らかに危ないと認識している声で、怒鳴る。二人も自分の足を見て蒼褪めて、一気に走り始めた。




