任務(2)=準備は入念にと言うのが基本です
「ただ、長い名前だから縮めて呼んでもかまわない」
「だろうな、いざって時に名前が長くて大変なのは、身に染みてるんだろ」
「まあそうだな」
お兄さんはにこりと笑った。あれ、お兄さんってカルロスって名前じゃなかったっけ。
……でもカルロスとしてのお兄さんは、死んだって言っていたっけ。
だからお兄さんのなかで、自分の名前はアイオーニオンなんだろう。
永遠、か。
何かそれは、寒空の祝福に関連した名前だろうなという気がしていた。
「二人とも盗賊なわけだが、野営は得意だろうか」
「野営ばっかりだな、遺跡のフィールドに入っている事も多いんだ」
「罠とか罠とか罠とか、そう言うのの見極めは得意なんだが、何しろ戦闘能力は割合低い職だからな。どうしても火力が必要な時に、困っていたんだ」
「まして迷宮ともなれば、実力がなければ即座に死ぬだろ」
「その点で言えば、俺たちも許可証もちだ。ただし同伴する相手が戦闘能力が高くないと入れない、条件の限定されている許可証だけど」
「……おれとお兄さんで、その条件の限定に該当するかな」
「するだろ、お前単独で迷宮入りできるんだから」
「そっか」
ちょっとした疑問はすぐに解決した。そうだな、一人で迷宮に入れる資格があるんだから、限定条件に該当するかもしれない。
「子犬はチームレベルが金剛石だからな」
お兄さんが声を落して囁くように、二人に告げる。二人は目に見えて驚いた。
「本当ですか、チームレベルが金剛石って聞いた事ないですよ」
「上位中の上位じゃないですか」
「それ以前に、こいつこの前まで蛍石だったような」
「文字が書けないから書類が書けなかった」
おれの言った事になんだか二人も納得した。
「ああそっちの問題だったのか、おかしいおかしいとは思ってたんだけどな」
納得して頷くグレッグ、ケルベスは顎に手を当てて考え始める。
「チームレベルが金剛石ってのは、たしか最上位級の冒険者の称号だったような。……おいグレッグ、もしかしたら札なしに契約料を相当支払わにゃならない事態かもしれないぞ。自分たちよりも上位の冒険者に、同行を依頼する場合、契約料が発生するはずだ」
「それはいらないだろう、私が自分で入りたいのだから。そして子犬は私のおまけだ」
金額を考えて、顔を合わせて相談を始めた二人にお兄さんが言う。
たしかにそうだ。二人が依頼しているわけじゃなくて、俺たちも利害が一致するからどうせだから一緒にってだけで。
この場合はどうなるんだろう、でもお兄さんがいらないというのだから、契約料はいらないだろう。
お兄さんが宵闇蛍草を探したいのも理由なんだから。
「じゃあお言葉に甘えて、おきますか」
にやっと笑ったグレッグだった。
「札なしに規定量の料金を支払ったら、その時点で赤字だもんな俺たち」
ケルベスが共有の財布を管理しているのか、中身を確認しながらの言葉だった。
「では今日中に支度をして、夜から迷宮入りする事にしよう。迷宮の中はどうせ暗いのだ。夜に入っても昼に入っても変わらない」
「そうしますか。おいグレッグ、野営の支度の確認だ」
「おうともケルベス。確か保存食の類とかも確認が必要だし、魔物除けもいろいろ必要だ」
食事が終わった二人が立ち上がる。そして二人でなんだかんだ言いつつ、ミッションを受注するべく受付に行き、おれたちの方を示す。
マイクおじさんが受付だったから、大した問題もなく受注できたようだった。
ただなぜか、にやりと笑ったマイクおじさんがおれたちを示して、二人に何か言っていた。
多分変な事を言ったんだろう。
二人の顔が何とも言えない物になったから。
おじさん何を言い出したのやら。
ちょっと気になった物の、ギルド内の喧騒のせいで聞こえたりはしなかった。
読唇術をわざわざ使ってまで、知りたい中身でもなかったしな。
さて、久しぶりの迷宮入りだ、どんなものを用意しよう。
この気候だから必要とされている物は。
少し考える。季節は秋口、寒いだろう。迷宮もなぜか周囲の気候を反映するから、中はそこそこ寒いに違いないのだ。
体を冷やすと動きに支障が出るから、体の温まる食材とか燃料を用意しなければ。
これから市場に行こう。
そんな事を思って、おれはお兄さんに声をかけた。
「今から買い物に行きましょう、お兄さん」
今頃の時間は朝市が行われているはずだ。
朝市と夜市、それがアシュレで行われる市場だ。
朝はこれからフィールドに入る人たちのための物が多く、夜市は一仕事終えた人たちのための物が多い傾向にある。
お茶をのんびり一杯飲んでいたお兄さんも、その声で立ち上がった。
「買い物はそうだな、子犬に任せた方がいいだろう。私は何しろ装備もあまりない状態で、一人気ままに迷宮を出入りしていたから、チームでは何が必要か見当がつかない」
「じゃあおれの目利きと知識で行きましょ、早く支度しないと」
支度と言っても頭に被るものを被れば、だいたいおしまいだけれど。
支度を早々に終わらせたおれたちは、さっそく北区の東区寄りにある市場のある大広場に向かった。
その道中で、職人ギルドの人たちに声をかけられる。そうか、道は職人ギルドの工房を通って行く形だった。
すっかり忘れていたのだけれども、彼等はおれを見るや否や走ってきたのだ。
「無名! これとそれとあれの持ち合わせはないか、至急で!」
ずらずらと並べられた素材は、中をあさって探さないとわからない物ばかりだ。
しかしなんで。
数か月前に下したばかりなのに。
疑問が顔に出たんだろう。そのおれに答えてくれる彼等。
「何故かこの装備の注文が多いんだ、おかげで需要と供給が追い付かない。素材を持っていた事のある奴らには何人か声をかけたんだが、やっぱり持っていない物だった。お前に連絡しようにも、お前がどこに住んでいるのかもわからなくてな……たのむ、あったらうってくれ!」
がばっと両手を合わせて頼み込んでくる職人たち。
おれは道具袋のなかに手を突っ込んだ。ちょっと意識を集中させて、その素材を手探りで探す。
道具袋の大半は、取り出したいものを指定すれば、手に吸い付くようにしているから、合ったら触れるはずなのだ。
あ、あるみたいだ。
「ちょっとまって、中で出す。お兄さん、ごめんなさいちょっと寄り道になります」
「大丈夫だ、しかしあの三つが必要な装備は、竜種との戦闘の場合に多い装備だぞ、何処かの誰か知らないが、竜種に喧嘩を売るのか」
「知らないが。……アシュレに勇者が派遣されるのを知っているか」
「それは知っているけれど、関係が?」
「その彼等が事前に注文してきたんだ」
鳴り物入りで入って来る勇者たちだ、装備もそろえたいのだろう。
装備に関する金額は、所属している国が支給してくれるそうだし。
金に糸目をつけずに、良質な装備を手に入れたがるだろう。
竜種に対抗する装備なら、良質なんだろうし。
と思っていれば、お兄さんは懐疑的な顔だ。
「迷宮入りするのに、対竜種用の装備をするなど妙な話だ、生息する場所が違うというのに」
とは言いつつも、おれたちは工房に指定の素材をおろしてお金を手に入れ、やっと市場に向かう足を進める事が出来た。
言われたもの以外は売らなかったけれども、注文が多いようだから、倉庫の肥やしになるだけだろうし。
欲しいと言われたら売ろう。あとは袋に入りきらなくなったらでいい。
元々懐に心配はしていなかったけれども、やっぱりあると安心なのがお金様である。
文明のある場所に行くとどうしたって、お金かそれに相当するものが必要なのだから。




