断罪=自分にすらあったもの。
そこでおれは、思い出したのだ、数か月前のことを、こいつらとかわした勝負を。
「お前たちさあ」
開いた口から何を言い出すのか、と身構えたアリーズたち。
そいつらにおれは、言った。
「おれが勝負に勝ったのに、おれの事ありもしないでたらめ言いふらすのな。それってすごく卑怯じゃないか? おれが卑怯ならお前らは、誰かと勝負する価値すらないって事にならないか」
そう。あの時、扉を攻略した方が勝ちという勝負で。
勝ったのは扉を開いたおれだ。
でもこいつらは、それを忘れたようにおれに、ひどい悪口を言う。
それは勝負をすると決めた、自分たちの誇りに対しても裏切りだ。
「あんな勝負無効だ!」
「自分が勝てなかったから無効なんて、どこの餓鬼だよ」
声が呆れた。そして自分にも呆れた。
こんな奴らと仲間をしていたのか、二年近くもおれは。
おれも見る目がないんだなと、呆れたのだ。
「そんな勝負をしていたのか。……冒険者が何かを賭けて勝負をする事は、神聖な行為だ。勝利の神ルーチアまでも冒涜するのか、お前たち」
お兄さんがほとほと呆れた、という声で言っている。
「ドリオン、これはかなりの問題な人間たちだ、このままほかのギルドマスターの所に向かい、処罰を決めた方がいいぞ、一度道を踏み外した冒険者は、二度目をやりやすい。……今度はこんな騒ぎで済まない事になるだろう」
お兄さんの提案に、色をなくすアリーズたち。そこまで行ってしまったら、逃げ道がないからだ。
悪評に重ねての様々な、おれに対する行為。
おれだから死んでいなかっただけで、ほかの奴らだったら死んでいた事。
それを踏まえると、ギルドがこの事を重く見る必要はありそうだった。
シャリアが身震いしていた。自分も捕まり、厳重な処分を受けると思っているのだろう。
こいつも役立たずと捨てられたのだけれども、やった事はやった事だものな。
ドリオンはどうするのだろう。
「帝国の勇者として抗議する!」
それでもアリーズは抵抗した。おれが悪いのだ、おれが騙したのだと、ありもしないでたらめを重ねる。
いい加減にしてくれないかな、と思ったけれども、手を出せなかった。
ここで手を出せばこいつらと同じところになる。
そして盾師としての誇りを手放す気がしたから、うるさくても手を出さなかった。
盾師が動くのは仲間のため、盾師が戦うのは命を懸けた時。
血を被り泥をかぶり仲間を守るために、最後までたち続け盾になる。
そんな誇りを失ってしまう気がしたから。
「こちらもこんな屑をアシュレによこした帝国に、抗議をする」
びしゃりと言い切り、ドリオンが指を動かす。
そして四人を糸でひとまとめにし、自分の背嚢の中に放り込んだ。
「しばらくそこで、おのれのした事の問題点を考えていろ。思いつかないならまたお前たちの評価が下がるだけだがな」
ドリオンはそこまで言ってから、おれに向き直った。
「お前にも多少の問題がある。何故報告を怠った?」
「報告を怠る?」
「虐げられていたことを、何故ギルドの誰にも言わなかった。言われなければギルドはすぐには動けないんだぞ」
「怖かったから」
おれの真っ正直な言葉に、ドリオンが目を見開く。
「おれはアシュレがどんな種族も受け入れるなんて知らなかった。北区しか知らなかった。人間の街で、あいつらと同じようにオーガとの混血を拒むと思っていた」
おれの発言を、ドリオンは遮らない。
「混血だと知られて、あれ以上ひどい扱いになるのは怖かった。もっとひどい事をされたら、さすがに生きていけないと思った。それに混血だと知られるまでは、いい仲間だったんだ。あいつらの本性を見抜けなかった、おれの責任だとも思ってた」
下に向けていた顔をあげる。腹はくくった、どんな罰だって受けよう。
「お前はギルドの登録書類をきちんと読まなかったのか」
呆気にとられた声のドリオンに、おれは言い返した。
「おれは文字を一つも理解できない」
「っ!? 無知の防御!?」
見開かれた瞳は、信じられないと言いたげだった。
「なぜそれで、雷を操ることができる」
「あれは呪いの本の力で、おれが覚えたものじゃない。第一雷みたいなものでもない」
「……これもほかのやつらに報告だな。今回の対象は双方問題が多すぎる」
ドリオンは溜息をつき、シャリアに目をやった。
「君は抵抗する気があるか。これから君もギルドに連れて行く。そして聞き取り調査ののちに相応の処罰がある」
「した事をつぐなえるなら、どこにでも」
シャリアがおれの後ろから抜け出し、ドリオンを見つめる。声は震えていたけれども、シャリアは決意していた。
おれが割って入る事なんて、必要なさそうだった。
そこでおれはやっと……お兄さんを振り返った。
お兄さんはいつも通りの顔をしていて、見る限り嫌悪の感情はそこには、なかった。
「ドリオン。これは私が連れ帰る。処罰の内容などがあった場合、私の所に連絡をよこせ。手紙などこの子犬には読めない代物だ」
ドリオンと対等に語るお兄さん、そしてそれを違和感なく受け入れているドリオン。
お兄さんの交友関係がかなり広いのか。
そこまで言ったお兄さんが、おれに手を差し出す。
「おいで、子犬。目的は達成した、帰ろう」
おれの帰る場所はお兄さんの所なのだと、さらりと告げられた気がしてうれしかった。
「はい、お兄さん。でも市場を覗きましょう。家には何も食べ物がないですし、保存食も色々使っちゃったから」
「子犬はしっかりしているなあ」
お兄さんはくすくす笑い、目を細めてこう言った。
「お前の望むように、私の子犬」
道は騒ぎが一段落したからか、人がさあっといなくなっていった。それを確認して市場に向かえば、市場は本当に物の溢れた場所だった。
流石に生肉や生魚はなかったけれども、干したのや燻製したのは色々そろっていたし、野菜も結構ある。
面白い物がたくさんあるし、いつまでも見ていたかったけれども、帰る時間があるから、今日食べる分だけを買う事にした。
必要な物はまた、アシュレに行って買い揃えればいいのだ。
食べられる野草はフィールドにたくさん生えているし、時間があれば魚をオアシスで釣れる。
でも今日帰ってすぐに食べるものがないから、買うだけだ。
「子犬」
歩きながらふと、お兄さんが話しかけてきた。
「子犬はいままで、アシュレの誰かに混血の事を何か言われた事があったか?」
記憶を掘り出す。
……そういえば、なかった。混血だからなんだかんだ、なんて誰も言わなかったし、お店で不自由した事もない。
おれは普通の扱いだった。
どうしてそれなのに、おれは混血である事が罪であるかのように感じていたのだろう。
言われて気付く事は多すぎて、おれは何も見ていなかったのかもしれない、とどこかで思った。
「アシュレの誰も、それを否定的な目では見ない。基本はな。あいつら以外の住人は、お前にも普通の対応だっただろう」
「……はい」
「そこに早く気付ければ、お前も助けを求められたのだろうに」
「言い訳をしてもいい」
「私だけならいくらでも聞くが」
「アシュレに入ってすぐに、ギルドに加入したんだ。それで盾師を欲しがってたあいつらとすぐ組んだ。……知られるまでは普通に仲間をしていた」
裏表がひっくり返るようなあの時は、いまだに傷になっているのかもしれない。
「気付かれたら皆、ああなるんだと思ったら怖くて、周りと交流なんて持たないように、家に引きこもったり、買い物もフードを被って隠してやってた」
それがいけなかったんだろう。助けが欲しかったならば。
「いやだなあ、おれ。視野が狭すぎて」




