常識=ひっくり返れば非常識
まじで階級下がったんだな、と思った時にアリーズが切りかかってきた。
おれの腕は見事に動き、アリーズの横っ面を張り飛ばす。他人だったらくそったれな位に重たいデュエルシールドだから、アリーズも放物線を描いた。
だがおれも、勢いが弱かったらしい。あいつがすぐさま立ち上がる。
「くそっ、さすがオーガ混じり、腐っても力だけは有り余っている……死霊使いになっても剛力か! さすが混血、生まれ落ちた時から気質も腐りきっているんだな、特にオーガは!」
吐き捨てた言葉。聞くに堪えない。
一瞬だけ本気で、黙らせたくなった。でも言い返す。
「シャリアは生きてる。……お前たちが見捨てて逃げ出したんだろう、弱虫だから」
「混ざりもの風情が勇者の俺によくそんな口を! 汚らわしい、化け物の血が混ざっているくせに!」
おれこいつと仲間だったんだよな……とどこかで呆れてしまったのは、自分に何だろうか。
こいつは人間以外の種族に対して、かなり差別意識が強いんだろう。
仲間のミシェルもマーサも。
シャリアはよくわからん。
おれは出来る限り前方に意識を集中したかった。
……背中でお兄さんがどんな顔をしているのか、が分からなくて怖かったから。
お兄さんに拒絶されたら、生きていけないかもしれないから。
不愉快な言葉に対応していた時。
アリーズが言い放ったのだ。
「最初から混血だとわかっていれば、お前なんか最初からチームで使って、俺たちへ抵抗する力なんて持たせなかったのに! この詐欺師!」
「そうよ、自分の事を黙っていた卑怯者!」
マーサが怒鳴る。顎が肉に埋もれているけれども、うるさい。
「今のだって私たちの事を見て、最初から裏切るつもりで研究した結果なんでしょう! じゃなかったらアリーズたちがやられるはずがないもの! これだからオーガの混ざりものは……ひぃっ!」
言葉を並べ立てていたマーサが引きつった。おれの背後を見て。
きいい、と何かが展開し始める音が響いて。
アリーズの手足に、糸が絡みついた。美しい青色の、凍えるような白い光の糸が。
逃さないと絡みつく。
「……おちぶれたな、勇者アリーズ」
ぞっとした声を発したのは、さっきから背後にいたはずのあの男だった。
男は一歩一歩近づいてくる。
殺気を隠しもしない。その殺気の威圧感が信じられない位で、さっきまで一緒に戦線に立っていた男と同じだとは思えなかった。
彼は手の中に青色の光を宿している。
そしてそれが、白く変色して糸になり、アリーズに絡みついているのだ。
そしてその補佐をしようとしているマーサ……何回見ても見る影もなく肥えたな、まるで別人だ……にもそれはからみつき、立ち上がり次の攻撃を狙うミシェルにも、名前を知らない新しい仲間らしき人間にも巻き付いている。
「ジョバンニがおかしいおかしいと連呼するから、聞き込みだと後を追えば仲間を見捨てている。おまけに見捨てた仲間の死亡を確認してすらいないのに、死んだと大声で触れ回り、生き延びた仲間が死霊の類だと喚く。……さらに理不尽な理由で追放した仲間の悪評を喚き散らす。勇者が聞いてあきれる。お前はもう一度職業判断の神殿に行ってみるべきだな。別の名前に書き変わっているだろう」
低い声、低い怒り、冷たい怒り。
そんな物が背中から漂うのに、おれはそこから目が離せない。この男、おれが知る中で一番と言っていいくらいの場数を踏んでいる。
それなりに踏んでいるアリーズたちが、蒼白で身動きも取れないで、視線に縛られちゃっているんだから。
「ギルドからの追放はお前たちの方だ。……ジョバンニとララにも連絡をしなければならない」
「智のギルドマスターと、義のギルドマスタ―に何の権限があってそんなことを言うんだ!」
アリーズが喚く。無様なくらいの声で。
どちらもあの町のギルドの代表だ。この男は知り合いなのか。
そこでおれは、その男が出していない名前を思い出す。
「剛のドリオン」
男が名乗る、声だけで周囲がざわめく。剛のドリオン、二つ名は断罪者ドリオン。
あの町のギルドに所属する冒険者を裁く男だ。
ひゅう、と息を吐きだしたのはシャリアだ。自分も同じような事をした覚えがあるシャリアは、同じように罰せられることを恐れたのだろう。
無意識らしく、おれの背中に隠れる。おれもなんとなく、小さな体を背に隠してしまう。
これでおれら同罪である。
「それが俺の名前だが? お前たちの振る舞いは聞けば聞くほど唾棄すべき行為ばかりだ。あのギルドの何割が、人間以外との混血だと思っている。我らがギルドは混血の総数が最も多いギルドだ。たかだかオーガとの混血だというだけで、差別に暴力、無残なほど虐げる。脅迫し恐怖で洗脳し、助けすら呼べない状態にするのか。本当に恥知らずなチームだ」
「オーガとの混血なんて化け物だろう!」
口を開いたアリーズの言葉が痛い。うつむいたその瞬間だ。
「その考えが、アシュレでは忌み嫌われる考え方だ」
ドリオンが断言したのだ。え?
「さっき言った事を聞いていたか? うちのギルドの何割が他種族との混血か。他の町と比べて、なぜ混血の総数がそんなに多いのか……わからないのか?」
「劣った混血が多いという時点で、ギルドの質が知れているな! 喜んで追放されるさ!」
強がるアリーズ。
でもドリオンはそれを許さない。
「帝国と同盟を結ぶ自由都市、アシュレはその、人口の半分が人間以外だぞ」
アリーズの顔が固まった。マーサもミシェルも。
「階級で言えば石英級もかなりいる。そんな事も知らなかったのか。……ああお前たちは、二年半前に、魔王の足跡を追ってアシュレに来たのだったな。登録時の資料にはそう書いてあった」
「……嘘だ! そうしたらなんでギルドで人間以外の姿を見た事が無いんだ!」
硬直が溶けて喚くアリーズの疑問は、おれも持ったものだ。二年くらい、人間以外の種族を見ていないぞ、ギルドで。
「他の町の奴らとの揉め事が多かったから、北区全域にララが術をかけた。北区以外の住人が人間のように見えるという術だ」
ぽっかーんとしたのはおれだけじゃないだろう。
その幻術ってどれくらいすごいんだよ。
「おかげで北区……人間が多く暮らす居住区で、そう言った手合いのいさかいが減って、都市長から感謝されている。二十年前からララがかけているそうだ」
ドリオンの衝撃の発言だ。って、北区って何。
「北区ってなによ! あなた嘘言っているんでしょう! アシュレは人間の街だわ!」
頑張って叫ぶミシェル、認めたくない事実だからかもしれない。
「アシュレは全ての種族を歓迎する都市だ。様々なフィールドとの境界線に位置する特殊な土地柄、そういう町として出来上がった。ただ生活習慣や文化の違いが大きいから、四つの区域に別れただけで。北区は人間の居住区域。南と西と東は他の居住区域、それだけだ」
呆れた調子で話すドリオンが、目を細めた。
「大体お前たちは最初の話を聞いていないだろう。ジョバンニがお前たちをおかしいといい始めたから、俺が調査に出たんだ。……お前たちは他のチームから通報を受けている。今年に入って十三回だ」
通報って?
「問題のあるチームとして、ギルドに連絡を入れる事」
シャリアが蒼い顔でそう言った。かなり不名誉な事なんだろう。
「そこの混血が騙していたからだ! 騙していた罰を受けさせただけだ!」
言い訳のようにアリーズが騒ぐ。おれが悪いのだと言わんばかりに。
「その罰の考え方がおかしいと言っているんだ。アシュレで自分が何の血を持っているか、最初から語るような事は滅多にない。軽い話題として親しい仲間に話す事はあってもな」
しかしおれがした事は、おかしくないとドリオンが断言していた。手から力が抜けそうだ。
「混血であろうが何の種族であろうが、同じチームに属していれば、チームのメンバーだ。命を預けあう仲間だ。自分の種族なんてアシュレでは些細な事だからだ」
色々吹っ飛びかねない。オーガとの混血で差別とか、アシュレではないって言われてんだから。
「誰もお前たちが、その事混血かどうかでチームの仲間を虐げているとは思ってもいないぞ? 通報内容の多くは、お前たちが盾師を不当に扱っている可能性が高いという物だった。目撃者によれば、何から何まで盾師に押し付けていたそうだな? 盾師は壁という役を持っているが、雑用係ではないぞ」
ドリオンが言いながら不思議そうだった。
「しかし解せないのは、虐げられているという情報の数日後、盾師が回復しているという報告だがな」
ちらりとおれを見るドリオン。おれは口を開いた。
「回復速度が他種族よりかなり早いんですよ、ドリオンさん」
「……ああ、ならば数日家に閉じ込めておけば、虐げた姿は目撃されないという事か」
そこでおれは腑に落ちた。フィールドでは放置されたり暴力を受けていたけれど、街中とかでは受けなかった事と、もう一つ。
重傷になって死にかけていたら、家の部屋に何もなしに放置されていた事が。
そっか、外では人目がないからやったのか。
おれだけ重傷の時は、おれが回復するまで隠しておけば、余計な噂もたたない。
「なんだ、勇者という名前のただの下種か」
お兄さんが背後でそんな事を言ったのが、聞こえていた。




