懇願=それでも、おれは。
「言いたい事ってなんだよ、手短にな」
「俺の相棒になってくれ。終の相棒に」
何を言われたのか見当が、つかなかった、それ位に驚いた。相棒だって、いったいなんの冗談だ、なんの冗談だ!?
叙勲されて、つまりどこかに認められて、そこの騎士として名をあげなければなれない“騎士”っていう職業を手に入れて、さらに神殿だったりに認められなければ、職業診断で出て来るわけもない“聖騎士”という称号になっている男が、相棒が欲しい!? なんの冗談だよ。
お前単独行動なのかよ、おいちょっと待てよ。
いきなりの暴投に混乱したおれに、ディオが言う。
「そのために修行したんだ、お前をあいつらからさらっていけるように。バディとしてやっていけるように、そのためだけに」
お前ちょっと待てよ、それってそれじゃあ。
「騎士としてどうなのさ……主への忠誠はどこに」
「……俺は神殿騎士団の騎士だ。そして……俺の頂く神は実に心が広い。一途に信じるもののへの思いを汲み、聖騎士にしてくれた」
「なんじゃそりゃ。神様なんてものを信じていないっていう言い方になるぞそこ」
何とか頭を働かせて、相手の言いたい事を摘み上げていくと。
こいつ、何処かの神殿騎士団で叙勲された騎士で。
そこの神ではないなにかしらへの信仰心を見出されて、職業判断の際に聖騎士になったって言っているような物で。
かなり、いや、実に非常識な聖騎士っていう事になるのだ。
なんなんだそれはといくら思っても足りないだろ!?
口をかぱっと開けて動けないでいると、ディオがじれったくなったのか聞いてくる。
「諾と言ってくれないか、ナナシ。俺の終の相棒になってくれると言ってくれないか」
辛抱強く言われた事で、我に返ったから、おれは相手を見た。
オーガとの混血だと知っても、全く態度を変えなかった唯一の男を。
お兄さんにも黙っている出自を聞いても、あり方を変えなかった数少ない男を。
そいつがおれを認めて、求めてくれている。
じわりと指先から伝わってきたのは、途方もないうれしさだった。
意外と自分は寂しがりだったらしい、そして認めてもらいたがっていたらしい。
そして、かつての仲間がまたおれだけを求めてくれる、それがうれしくてたまらないのだ。
嬉しい、と言いそうになって舌先が止まる。
こいつの手を取ったら、お兄さんの側から離れる事になる。
それは。
それだけは、できない。
何かが断じた。心臓のあたりで、脳髄じゃない場所が断言した。
思い出すって程遠い昔じゃないあの吹雪の中。
死ぬことが決定づけられていたような物のおれを、抱えて拾って温めてくれたのは、お兄さんだ。
お兄さんを裏切る行為は、万死に値する。
何かどこかがそう言い切り、自分の面倒くささとかに苦笑いをする。
そしてその顔のまま、ディオを見た。
「嬉しいさ、ありがとう。でもだめだ。お前の相棒にはなれない」
きっぱりと拒絶すると、彼は信じられないような顔になった。
そうだろうなあ、こいつ今しがた、おれを暁夜の閃光から切り離すためだけに修行して、強くなって聖騎士にまでなったって言ったんだもの。
その努力全部無駄、って言われたのと同じだから、信じたくもないだろう。
だけどおれは言わなきゃいけない。
きちんと、おれの生き方を言わなくちゃいけない。
「おれさ。助けてもらったんだ、死にそうになって。文字通り、命を拾ってもらったんだ」
伝わるだろうか、馬鹿な混血の言葉で、ちゃんとこいつに、友人に。
「拾ってもらった命だから、拾ってくれた人……お兄さんのために、尽くしたいんだ。おれ馬鹿だし能無しみたいなところあるし、いろいろ問題あるやつだけどさ。お兄さんの、側にいなきゃダメなんだ、おれのいる場所はお兄さんの知っている場所なんだ」
伝わってくれない言葉がうらめしい。相手の顔に理解したという色が見えないから、余計に。
でも伝えたい、言いたい、おれの選んだ道を、お前に。
「お前が、オーガとの混血だって事を知っても態度を変えないでいてくれた事が、おれは心底嬉しい、それは事実だし、相棒になってくれって言われてうれしくないわけじゃない。でも、お兄さんしかもう、おれは選べないんだ」
お前の相棒になる選択肢は、どこにもないんだ、わかってくれ。
震えた唇は下手したら泣き声になりそうで、それはきっと相手が真剣におれに訴えてきているから。
その申し出の背後にある、想像を絶するだろう修行のことを、否定しそうだから。でも。
ディオはおれをまじまじと見つめた後に、小さな声で言った。
「そうか。一歩遅かったのか」
重たい言葉だった、一歩、一歩。確かにそうだ。
あと少しお前が来るのが早かったら、おれはお前と相棒になっていた未来もあっただろう。
何て言えばいいのかわからなくて、黙っていれば、ディオが近付いてきていた。
「?」
頬に当たる手の温かさと、手甲の感触。顔をやや持ち上げられたと思ったら。
柔らかい接触があった。粘膜接触だ。
「相棒でなくても、望みはないのか」
接触の後に問いかけられた言葉の意味が、よく分からなかった。
相棒意外にお前は、おれに何を求めたかったの。
「お前が愛しい」
「……は?」
「あの時、多雨の事を覚えているか」
「そりゃあな、あんたを拾ったフィールドだ」
「その時お前が手を伸ばせと言った、手を取れと言ったのを覚えているか」
言われて頭の中から、記憶の中の叫び声を思い出す。
おれはまだ息があったこいつを助けたいがために、元仲間の制止を振り切り、手を取れと叫んだ。手を取ってくれ、と。
「そしてお前は、俺が手を取ったといったのも覚えているか」
「そこはあんまり」
「でも言った。自分の寝台を譲って、仲間に頼み込んで手当てを受けさせて、目覚めた俺に手を取ったと言ったんだ」
顔はかなり近かった。近い場所で、きらきらした薄緑の瞳がおれを見ている。
柔らかな草色の瞳が。
「その手を離したと思った事は、一度もない。まだ俺たちは手をつないでいるんだ」
……まだつないでいるとおもっていたのか、おまえ。
おれの方は、とっくに離されたものだと思っていた手だというのに。
その言葉で、ぐらぐらと色々な物が揺れ始めた。お兄さんを放っておけないと思う心と、こいつと相棒になって暴れまわりたいと思う心と。
どちらもおれにとっては本気だった。
でもどちらかを選ばなきゃならない。そうしなければいけない。
一つしか選べない。だったら。
おれはお兄さんしか、選べないんだ、分かってくれよ。
もう一度の拒絶を言おうとした口が、何も言えない。見つめあい黙ったままのおれたちに、声がかかる。
「やれ、私の子犬を奪うつもりでいるのではない」
首に腕がからめられ、ぐいと後ろに引っ張られる。意外と固い胸板に後頭部が当たる。
それから焚き染められた香の香りが鼻にはいる。
お兄さんがおれとディオを引き離したのだ。
お兄さんはおれを隠すように、自分の外套で覆った。
「お前がどう思っていようがいまいが関係ない。お前は子犬に間に合わなかった。だというのに未練がましく欲しい欲しいと我儘をいうな」
手厳しいって思う言い方だった。お兄さんの突き放すような、手厳しい一言だった。
お兄さんの視点からすれば、そうなのだろう。
ディオがもっと早く極めていれば、街に帰っていれば、お兄さんがおれを見つける事はなかった。
ディオは言い方は悪いけれど、間に合わなかったのだ。
お兄さん側からみたただの事実。
でもその事実は、ディオには厳しい。
彼が何も言えなくなったのが空気から伝わる。
「これは私だけの子犬だ。私のもので私を選んだものだ。ようよう手放すほど、この沙漠の隠者は愚かではない」
お兄さんがディオに言う。沙漠の隠者、その言葉であいつが息をのむ。
もはや伝説の中の一人の様だ、と思っていれば。
「……沙漠の隠者、あなたはナナシの実力を分かっていない、ナナシは沙漠のあなたの所で閉じ込めておくような」
「閉じ込める? この自在に飛び回る子犬を私ごときが? お前の方こそ何もわかっていないだろう。子犬は己の意志を持っている。己の考えで、己の在り方でここを選んでいる。誰も閉じ込めたりなどしていない」
何かの意地の張り合いに似ている気がしたけれども、割って入るには語彙力が足りなくて。
しばしの沈黙の後、ディオがいった。
「ならば誓ってくれるだろうか、沙漠の聖者。あなたはナナシを閉じ込めないと」
「子犬は自分の道を自分で選んでいる。閉じ込められるほど、私の子犬はか弱くない物でな」
「その言葉を、違えないように」
ディオが静かに去っていくのが、足音でわかった、そこでやっとお兄さんがおれから外套を外し、外が見えるようにする。
ディオは寂し気な背中で、沙漠の方に歩いて行った。
これでよかったのか、おれは。
背中に声をかける事も出来ないでいるおれは、黙ってうつむいた。
うつむいたおれに、お兄さんが笑った。
「ばかな子犬だ、後悔するなら、あの男の手を取ればよかったというのに。私の手など簡単に払えるだろう」
「……お兄さんを放っておけないの、本心だから」
意を決して顔をあげれば、お兄さんは柔らかい表情をしていた。
「おれはずっと、お兄さんと一緒にいるよ。そう決めたんだ、……相棒になってくれって言われて、心が揺れたのは事実だけど、やっぱりお兄さんを裏切れないから」
それ以上に、言わなきゃいけない。
「何かがお兄さんを置いていくのが絶対に嫌だって言ったから。それが一番」
お兄さんが目を丸くして、それから正面で抱きしめる。
「やれ、子犬は揺るがないなあ。私も負けそうなほど揺るがない、うれしい事だ」




