過去=おれは人間以外です。
「換金の相場はなかなかいい物だったようだな」
換金所の外の壁にもたれて、長い巻物をえんえんと読んでいたらしいお兄さんが、おれがそこから出てきて、彼に近寄るのを見計らって、言う。
「防腐処理がよかったみたいです」
「あれはお前の血抜きの速さの結果だ、私ではあんなに素早く血を抜けないから、防腐処理に至るまでに少し痛んだはずだ」
「力だけはあるんですよ、混血ですからね」
おれは何げなく言った自分の言葉で、蒼くなった。どうしよう、ここでばらしてしまった!
言うつもりなんて全然なかった、だって前のメンバーと信頼関係が出来たと思って話した途端、おれの扱いはひどくなったのだから。
このお兄さんも、きっと扱いがひどくなるんだ。
と固まっていれば。
「ハイエルフの混血が、怪力になるとは知らなかったな」
お兄さんは首を傾けて、小さな声、隣のおれにしか聞こえない音量の声で不思議そうにそう言った。
え、そっちに気付いちゃうの?
「え、なんでそこに」
「それだけハイエルフの魔力耐性を感じ取れるのに、ハイエルフと何のつながりもないわけがないからな。あのハイエルフとの混血なら、自慢できそうなものだが。そこでどうして顔色が悪くなる?」
……お兄さん、きっと、おれがハイエルフと何の混血かまでは、分からないんだ。
だったらまだ黙っていよう、番犬の血筋なんてお兄さん、きっと興味がないはずだから。
まさかお兄さんも、おれがハイエルフとオーガの混血だなんて、きっとわからないはずだ。
おれはハイエルフの特徴である長い耳は持っていないし、オーガの特徴である角も生えていないのだから。
黙っていれば人間にしか見えないのが、このおれなのだから。
「さて、帰るぞ。その前に子犬には肉を買ってやろう」
お兄さんが言いながら歩き始める。
おれはその後を追いかけようとして、突っ込んだ。
「お兄さん、そっちは肉屋がある商店街じゃない!」
なんで珍味が多い方に行くのかね、肉なら肉屋にしてくれよ! 干し肉はミッション中だけ食べれればいいから!
おれの両親にまつわる話なんだが、簡単な話、仲間外れどうしで仲良くなって、そしていつの間にかくっついちゃったってのが内訳なのだ。
ハイエルフは大変な美形が多く、美形以外ハイエルフじゃないような風潮があった。
でもうちの父さんは美形じゃない姿で生まれてきて、結構仲間内では蔑まされていた。
おまけに、美形じゃないからハイエルフじゃない、といくら種族名を他の種族に話しても信じてもらえなかった。
そしていつも仲間外れだったから、父さんは思い詰めて、人間の街に降りてきた。
美形じゃない父さんは、只の魔力耐性の高い人間、という扱いを受けて、細々と仲間たちとミッションを行ってきた。
そんな中、同じように奇形児として蔑まされて、思い詰めて人間の里に下りてきた、母さんと知り合った。
母さんはとても珍しい事に、オーガであるのに角を持たずに生まれて来ていて、やっぱり仲間外れの対象になっていたのだ。
母さんの場合はもっとひどくて、両親に子供として認めてもらっていなかったらしい。
だからやっぱり思い詰めて、ニンゲンに溶け込めるかどうか試すため、里から下りてきた。
そんな独りぼっちたちはいつの間にか、共鳴して、すごく仲良くなって、結果くっついた。
そして生まれてきたのが、世にも珍しい父がハイエルフ、母がオーガの、いわば頑丈さだけは折り紙付きの化け物であるおれ、である。
おれもこんなだし、両親に似て人間以外の何物にも見えない姿だから、人間としてミッションをこなすのになんら、問題はないのだ。
ただ、どちらの特性も受け継がなかったから、高位魔法を使ったり、精霊術が使えたりはしない。ハイエルフの十八番は高位魔法、オーガの十八番は精霊術。どっちも使えないけれども、身体能力だけは親譲りで頑丈だから、おれは盾師になったわけである。
使えない盾師、と仲間からしょっちゅうぼろくそ言われていたけれど、な。
もりもりと肉をがっついていれば、お兄さんが笑いながらお肉のお代わりをくれた。
けちけちしないのがすごい。仲間は役立たずはそんなに物を食べるなって言って、おれにたくさんの肉なんて食べさせてくれなかったもの。
「そんなに食べていたら、お腹がはちきれてしまうぞ」
「お肉でお腹がはちきれるなら本望、です」
口いっぱいに甘い肉をほおばっていれば、お兄さんがおれの汚れた顔を布で拭う。
このお兄さんは世話焼きだ。たぶん、きっと。
おれとしてはなんだか、子供あつかいみたいで変な気分だ。少しだけお兄さんの方が年上なだけっぽいのに。
おれが子供過ぎるのだろうか。そっちに違いない。
「さて、番犬のお仕事をここに書いておいた。分からない事があれば何でも聞いてくれていいぞ」
おれはそれを聞いて最初に言った。
「おれは文字が読めません」