突入(10)=そして顛末はこうなった。
「やれ、子犬。お前は私がどこに行くのか、きちんと聞いていなかったな?」
お兄さんの呆れたような笑顔、それも演技だとおれだけが知っている。
でもおれはにこにことした笑顔のまま、続ける。
「町中駆けずり回ってしまったんですよ? お兄さん目立つのに誰も見ていないとかいうから。てっきり町から出てったのかと思って、でもなんだかこっちで騒ぎが起きているとか、珍しい姿の男が途中から入って行ったとか聞いたから」
口をとがらせて文句を言う顔のおれ。お兄さんは肩をすくめていう。
「ここの姫君に婚姻の祝福を与えに来たというのに、飛んだとんでもない騒動になってしまったわけだ」
心外すぎるという顔だがお兄さん。
目の前の皇帝は、険しい顔をしてお兄さんを見ているんですが。
どうすりゃいいの。
何て言いつつ、おれはお兄さんの前に軽く出る。いざという時の盾になるために。
相手を観察して、不穏な動きをする前に動けるように、軽く体重も移動させれば。
「その小娘は何者だ」
いきなり現れて、お兄さんの関心を自分に持って行ってしまったおれに、機嫌を損ねたらしい皇帝がいう。
「これは私の子犬だ。私の盾でもあり守りでもあり、非常に有能な助手でもある」
お兄さんがおれの肩に手を置き、断言した。おれ、助手でもあったんだ、番犬だったはずなんだけどな。
どこで階級変化したんだろう。よくわからん。
「お前の子犬? お前は人を寄せ付けないはずだが」
「見た儘が答えだ、皇帝」
お兄さんは皇帝の権力なんてなんのその、という顔のままだ。
そしておれに言う。
「子犬、早く帰ろう。ここに長居をしても面白いものなんて、子犬には何もないだろう」
「面白い事、終わっちゃったんですか」
至極残念という演技でいう。ぶっちゃけ一部始終全部見ていたわけですがね。
「終わった終わった。子犬の友人は、悪い男の間の手から逃れられたようだ」
「えー! 評判はすこぶるよかったという婚約者、悪い男だったんですか」
「愛人を何人も抱え込んで、請求書が山のように着ているという男だった。あれと結婚したら子犬の友人は、とても可哀そうな事になっただろう」
「じゃあこれから祝杯をあげなきゃいけませんね! よかったね、ルヴィー!」
笑顔でルヴィーに言うと、彼女も笑顔になる。
「ええ、ひどい男性のもとに嫁がなくて本当に良かった!」
そんな事を話している間に。
兵士たちがおれたちと、屑婚約者を囲っていた。
「とにかく、お前たちもこちらに来てもらおう」
「いやだと言ったら」
皇帝に逆らうって結構心臓丈夫だな、お兄さん。
まあ飄々としたお兄さんだからできるのかも。
命令に対しての拒否に、皇帝が引くりと眉を動かした。
「凍てつく呪いをこの身に受けた時点で、お前たちが私に命令をする権利は消失した事を忘れたのか」
お兄さんは静かに皇帝を見て、言う。
「そういう約定を交わし、私はお前たちが引き受けるはずだったものを全て引き受けた、忘れて命令をするとは愚かなものだ」
凍てつく呪いって何だろう、後で聞いたら教えてもらえたりするのかな。
と思いつつ、おれはちらりとルヴィーを見た。
「ルヴィーは一緒に来てほしい?」
「どうしてそう思うのかしら」
「ちょっと不安そうだったから、おれとかお兄さんみたいに、単純にルヴィーの味方になれそうなのがいた方がいいかなって思って」
事実彼女の瞳は少し不安そうだったけれど、おれが一緒にいてもいいという事を言うと明るくなった。
「ねえお兄さん、いいでしょう? ここまで来たらさあ」
「やれ、子犬は我儘を言うようになった、もう少しひどい我儘でも可愛らしい」
お兄さんはくすりと笑った後に、帝王を見た。
「どこに行けばいいのか?」
「……こちらだ」
皇帝はおれをぎょっとした顔で見た後に、ついてくるように指示を出した。
その後に続き、おれは見た事のない大聖堂の内部に入る事になった。
まず豪華、絨毯の毛が分厚いって事は定期的に取り換えている証拠、と幾つも発見をしながら、おれはそこを見るのを楽しんでいる。
ちなみに外に出る道順は頭に入れておいた。
帰り道を覚えておくのは、迷宮とかに入る時の基本だし、フィールドに入る時の基礎でもある。
だからこんなのは楽だ。だって目印がいっぱいあるんだもの。
あちこち首を巡らせて、観察したり声をあげながら進めば。
到着したのは小さいけれど、おれの語彙ではとても言い尽くせないきらびやかな世界だった。
金かかってんのな!
と思っていれば、お兄さんに長椅子に座るように言う皇帝。
お兄さんはそこに座り、屑婚約者、そいつと向かい合う用意ルヴィーが座る。
そこから始まったのは、いつから愛人を抱えていたのかという詰問だった。
皇帝の威圧感とか怒りとかが半端じゃない気がする、きっと虚仮にされたように思ったのだろう。
自分の娘……皇女との結婚なのに、愛人作りすぎて借金とか、持参金目当てとか。
いろいろ怒る理由はあるだろう。
でもあんたの調査が甘かった結果だろうと思うのは、おれの気のせいかな?
皇帝直々の詰問に、彼は二度と自分の姿も取り戻せない事に絶望した事も相まって、淡々と答えていく。
顔は真っ蒼、これからの人生がお先真っ暗と知っているのだろう。
だってやらかした事がやらかした事だもの。
愛人を囲ったのは婚約の三年以上前、散財が激しくなったのは婚約して、多くの財産を手に入れられるとわかったあたり、そこでもうどうしようもない。
そして愛人は飽きたら捨てて、新しい人を作って、と。
どうしようもねえなこの下半身男。
聞くうちに、肩が震えだしたルヴィー。まさかここまでとは思わなかったに違いない。
泣き出しそうだ。
悔しくてだろう。
おれは黙って、ワゴンに乗せられていたお茶を淹れて、彼女の前に出しておいた。
無論お兄さんの分も忘れないし、皇帝の分はわからないから出さない。
だって毒殺とか思われたら心外だ。
皇帝はだから、毒見の人がいないうちに食べ物をとったりしないと噂で聞いたし。
「やれ、胸糞の悪い話を聞かされたわけだが、家の子犬は本当にお茶を淹れるのがうまい。少しマシな気分になる」
お兄さんがお茶を飲みながら言う。ルヴィーがそれから茶器に手を付けて、一口飲んで、言う。
「温かい……ナナシはこう言うのを読むのが得意ね、ちゃんと好みの甘さにまでしてくれるのだもの」
「誰かにしてあげる時の作法じゃないの? お兄さんはいつも、おれの好みの卵を焼いてくれるよ」
「そう」
ルヴィーは微笑み、それを見て皇帝が言う。
「お前の名前は何だ、ナナシだの子犬だの」
「おれには名前がないんですよね、ちなみに文字も読めないです」
「無名の障壁と無知の防御だと? お前はどこの王族だ」
「普通に混血。それ以外は言えないというか、言うと大変な目に合うから言わない事にしてますね」
おれは皇帝だろうが何だろうが、これ以上の敬語は使えないのでこれで済ませる。
「そして何故、一番上座の私には茶を淹れない? 理由があるのか」
「毒見役がここにいないのに、皇帝にお茶を淹れてしまうのは色々行けないかと思いまして。ちなみにそこのクズには淹れるお茶なんてない」
名指しで婚約者に告げ、お兄さんが座る長椅子のひざ掛けに乗り、おれもお茶を飲む。
やっぱりいい味だ、高級茶葉はさすがである。
なんて感心していると、皇帝が目を見開いていた。
驚いたらしい。
「ただの愚かな人間かと思えば、意外と考えているのだな」
「そりゃあ考えたりはしますよね」
ちなみに人間ですらないけれどな。
しかし帝王は、おれの別の言葉を考えていたらしい。
「無名の障壁に無知の防御……沙漠の隠者、お前はこんな希少価値の高い人間をどこで拾ってきたのだ? 神殿の最奥に隠されていそうなものだが」
「粗大ごみ置き場で凍えているのを拾って来たわけだが」
「……」
お兄さんの言った事実は、誰も呑み込めなかったらしい。
屑婚約者はすっかり無視されていたが、自分の保身のために口を開いた。
「発言をよろしいでしょうか」
「お前に発言する権利はない、わが娘を虚仮にした男にはな。……お前の処分が決まるまで、お前は自宅で謹慎だ。外部との接触も禁ずる。友人を入れた場合であれ、友人ともども処刑だ」
皇帝はにべもなく言い切り、屑は兵士たちに囲まれて連れて行かれた。




