突入(9)=盾師は野郎をとっちめた!
おれはにこにこしながら、その男性に近付く。
「探し回りましたよ、すごい探しましたよ、はい、請求書です! 支払わないとほかの商人たちにも回しますんで、今後そちらとのご取引がどこからもなくなるって事になってますね!」
男性はやや青みがかった銀髪の男で、見目は麗しい。
だが。
怪訝な顔で請求書を見た後、どんどんそれをめくっていく。
そしておそらく金額に蒼褪めながらも、おれにつき返してきた。
「無礼な従者だな、これは私の筆跡ではない」
「そうですかそうですか! ではあっちのそっくりなお方がそうなんですね!」
おれは、姿が変わる瞬間なんて見ていないというそぶりで、来賓席にいたその男から離れる。
「ちょっと待った!?」
おれのやろうとしている事に気付いて、そいつが止めようと腕を伸ばしたって、おれは捕まったりしないのだ。
軽快な足取りで、おれは青ざめて首を振っているその、ルヴィーの婚約者である本日の花婿に近付く。
そして笑顔で宣告した。
「はい、請求書でーす! しっかりばっちり払ってくださいね!」
「私の名前ではないだろう!?」
「でもあっちの人は自分の筆跡じゃないから支払わないって言いました! ってことはあなたがこの請求書の中身を注文したんですよね!」
「私じゃない、あいつだ!」
隠していた姿を人目にさらされて、軽く混乱しているそいつが、来賓席を指さす。
「あいつが注文して愛人たちに贈ったんだ! あいつが支払う物だ!」
だが来賓席の彼も、黙っていられなくなったらしい。
「ダヴィッド! お前という人間は! 人にこんな額の物の支払いを擦り付けるつもりか!?」
「ちなみに以前、そっちの方の家に請求しに行った職人は、二度と仕事ができない位痛めつけられたんで、その慰謝料も増えましたよー!」
言い争いが激化する前に、おれは茶化すように言う。それに、とおれは最低婚約者に続けて言う。
「あなた何で、この請求書を見ただけで、愛人に贈ったとか断言できるんですかー!? それこそ本人じゃなかったら知らないのに!」
ダヴィッドは今にも殴り合いになりそうな友人ともども、動けなくなった。
化け物を見る顔で、おれを見ている二人。
「ちょっと見せてちょうだい?」
ここでようやく、ルヴィーが動いてもいい状態に変わる。
周囲の来賓たちも、突如起こり始めた醜聞に、目を輝かせている。
誰もが面白い事、他人が痛めつけられる事を待っているのだろう。
趣味が悪いわけだが。
「これは、ダヴィッド様、あなたの筆跡ではありませんか!」
一枚目を見たルヴィーの、おれの主張に対する援護射撃だ。
そして請求書をめくりにめくり、叫ぶ。
「こんな大変な額、どうやって支払うおつもりだったんですか!? わたくしの持参金でも足りませんわよ! それに、このようなお品物、一人に渡しているには多すぎます! あなたまさか、わたくしとあろうものがありながら、幾人もの愛人を抱えて!?」
驚きすぎてよろめいたふりをするルヴィーを支えるおれ。
「なんて事……それでは、あなたがご友人の姿に成りすまして、愛人たちの所を渡り歩いていたのですか!?」
ショックのあまり立てなくなる演技の彼女。信じがたいという顔で相手を見て、断言する。
「そのような方が、帝国の姫と釣り合うと思いまして!? 結婚はここに中止にさせていただきます!」
泣き出しそうな声で叫ぶ彼女。いい演技だ……いや、心の叫びかもしれない。
「まってくれ、ちが」
「沙漠の隠者殿から頂いた、葡萄酒を飲んでその姿になったのが、何よりの証拠ですわ! 大体、他人に成りすまして高額な商品を買い求める事は、帝国でもかなりの違法ですわ!」
潔白な王女と違い、姿が変貌した時点で言い逃れが出来ない男。
彼は何とかこの場を治めるべく、上座の帝王を見た。
「陛下、これは何かの間違いです! そこの隠者の酒に、私を侮辱する薬が入っていたに違いない、そうだ、それだ!」
「それはありえませんね。姫に効果がない事が何よりの事実ですし。私もなにも効果がない」
酒を従者のグラスに入れて飲んだ大司教がここで、断言する。
周囲から軽蔑の視線で見られ、友人にも見捨てられ。
義理の父になる相手に縋ろうとする男だったが。
「姫と公爵家令息を別の控室に連れていけ。皆、少し失礼する。……沙漠の隠者、貴様も来るのだ」
「隠者は何ものの命令も受けない。お前の命令もだ、帝王」
絶対零度の帝王の言葉が場に染み渡るものの、お兄さんはどこ吹く風だった。
おれはお兄さんとは無関係ですって顔をして、にこにこしながら、空気をぶち壊す声で続ける。
ここでの役割は、道化なのだから。
「すみません、陛下のご身内でのお話はどうでもいいんです、この請求、どこに回せばいいんですか? きちんと品物を渡したのにお代金を支払ってもらえなくて、いろんな商人が大変なんですよ」
「その写しをわしが預かる。おって代金はしかるべきところから支払わせる」
「言いましたね? ではみんなに伝えてきます!」
おれは足取り軽く、堂々と扉から外に駆けだした。
おれのやったことを見ていた、職人たちが歓声を上げていた。かなりの数だ。
皆大変な苦労と苦難に襲われていたんだもんな、よかったよかった。
そこでおれはまた、物陰に隠れて衣類を着替え、印象ががらりと変わる普段着になり、やっと探している人を見つけたって顔で、扉から入った。
「お兄さんすごい探した! 出かけるなら一言言ってくださいよ!」
そしてお兄さんと合流し、おれの茶番劇は終了した。




