突入(8)=いざ最低野郎をとっちめに。
飛び移っていけば、街路ではくねくねしてすぐにはいけない大聖堂も、直ぐになる。
直線距離を突っ走るのだから当然だ。
そしてお兄さんに言われた目印を頼りに、大聖堂の裏手に回る。
ここは関係者とかが行き来する場所だそうで、大聖堂に手紙を送るならココらしい。
おれはお兄さんから借り受けた、お兄さんのとよく似た頭覆いを被って、裏手の入り口に入る。
入口には、この結婚式のために護衛などがうろついている。
おれを見ると明らかに怪しいという顔をするが、そんな物無視して、大声で言う。
田舎者丸出しな方が、その後の行動の時に同一人物と思われなくていいと言ったのは、お兄さん。
台詞とかも色々考えてくれたから、それをやってみるだけだ。
「すみませえええええん。あんたら手紙を、だいしきょーさまに渡せないですかねぇ」
「何だこの田舎者」
抑揚から色々、このあたりとはかけ離れた音で言えば、注目が集まる。
大声で喋る田舎者に、集まる視線。
おれはいたたまれない顔をした後、またいう。
「なんかですねぇ、手紙をとどけてほしいっつうお方からおいら、お手紙預かったんですよぅ。急いできたんですけど、これをだいしきょーさまに渡してもらえないですかねぇ」
「何をこの、……! その頭にかぶっているのは!? お前、それをどこで」
「手紙届けるんだっつーたら、わかりやすいように? そのお方がくれたんですよぅ」
おれを追っ払おうとした男が、頭覆いに瞠目する。この頭覆いって本当に、お兄さんの目印なんだな。すごい効果を発揮してもらってばかりだ。
「おいらすぐに帰らなきゃならんのですよ、手紙さ渡して、村に帰らなきゃならんのですよ。山羊たちがまっとりますのよ。早くしてください」
「あ、ああ……」
おれが、彼等の空気も読めなければ、身分の違いすら分からないど田舎者、という姿勢で行けば。
彼等はざわめきながらも、手紙を受け取ってくれた。
「んだ、渡さねえとそん手紙、大聖堂焼き付くすっちゅーこと言ってたような気がしましたねぇ。だからちゃんとさ、渡すんですよぃ、じゃあねえ」
おれは言いたい事を言ったという顔で、すたこらと出ていく。
事実お兄さんは、手紙を大司教に渡さなかったら、紅蓮の炎が大聖堂を焼くという術をかけたそうだ。
保険の一種らしい。お兄さんが入り口で止められて、式が進行しすぎると計画が台無しだからだとか。
大聖堂が燃え尽きれば、結婚式どころじゃないから、結婚式自体も中断になっちまうしな。
お兄さん頭いいよなあ。
大聖堂からおれの姿が見えなくなる所まで、道を歩いて、何かに気をとられたように路地裏に入る。
そして頭覆いを道具袋に入れて、おれ自身も道具袋に入る。
一見するとゴミの袋に見えなくもない、擬態ができる道具袋だからこそ、こういうちょっと危ない事も出来るわけだ。
路地裏のゴミなんて、誰も手に取らないしな。
道具袋の中に入れば、お兄さんが仕入れてきた、商人のお使いっぽい衣装が数点。
それらを見苦しくないように組み合わせて、髪の毛にもきちんとくしを入れて結んで。
そうすると、田舎者はいなくなり、ちょっと高級な商人のお使いが出来上がるわけだ。
服って本当に印象を変えるよな、と今回改めて思ったわけだ。
本日のおれはお兄さんの番犬という役割以上に、商人のお使いっていう肩書を目立たせるわけだから、これでいいのだ。
外の音を聞いてから、道具袋を抜けて、路地裏の逆方向に抜けていく。
だーれもおれの事を気にしない。
近道代わりに、路地裏を使う人だって多いのだという、この帝都。
そしておれは、約束通りに商人たちの集まる区域に入って、写しのさらに写し……燃やされたらたまらないからだそうだ……をもらうべく、一つの店の門をたたく。
「こんにちは、お約束通りに来ましたよ」
「ああ、待っていたんだ!」
おれの姿を見て顔を輝かせる商人さんたちと職人さんたち。
彼等は、ルヴィーの婚約者が注文した商品を作ったり入手したりしたのに、品物をもらっても代金を払ってもらえず、請求しに行ったら筆跡が違うと叩きだされ、大変な借金を負わされている方々だ。材料とか手に入れる時に、結構お金が必要な高級品ばかり注文したそうで。
いつもきちんと支払っている人の姿だったから、今回もと思って受けたら、だまされた人たちでもある。
可哀想に。
彼等はそんな事をしたやつを許せない物の、やつの正体もわからないため、必死に借金返済のため働いている、がんばっている人たちでもある。
おれの話に乗ってくれて、睨まれるのはおれとお兄さんだけだという計画を聞いて、賛成してくれた人たちでもある。
「これで代金は請求できるようになるんだね?」
「できなきゃあ、また何かお兄さんと考えますよ、お兄さんあんたたちの事、心配してましたもん」
「姿が同じだから、本人だと思って油断していれば。筆跡が違うといわれて殴られ叩きだされ、二度と道具を持てなくなった職人もいるんだ、彼等への慰謝料だって請求できるよな!」
もう彼等も泣かんばかりだ。
それくらい苦労しまくったらしい。しんそこ屑だなあの野郎。
「自分のした事の尻ぬぐいは、やってもらわなにゃならんのです」
おれはにっこり笑って、写しの写しを道具袋に入れて、結婚式を見に来るように言っておいた。
彼等は自分たちを騙した相手が何者か、知らない。
でも、その騙した相手と瓜二つの人間が、式に参加するとは知っている。
そこから、おれがちょっとやらかすくらいは想像したらしい。
「いいぞ、ぎゃふんと言わせてやれ!」
腕を包帯で覆った職人がいい、ほかの人たちも賛同した。
そしておれは、準備が整ったから、その来るべき時を待ち構えていた。
お兄さんの道具の一つ、“見透かす瞳”という物で状況を見て聞きながら。
さてここからは、実況中継だ。
*
大聖堂の中では、見た目のよい若い花婿が、花嫁とともに祭壇に立っている。
花婿は浮かれた顔をしており、花嫁は悲壮な覚悟を見せる顔だ。
そしておそらく、沙漠の隠者の来訪を聞かされている大司教は、そわそわと外を見ている。
式は進行し、大司教が誓いの言葉などを紡ごうとした時。
不意に、一般人が入って来るのを止めていた扉が開き、風がわずかに吹く。
大きな扉がいきなり開いたものだから、招待客たちがざわめく。
そんな中、どこから現れたのか、一人の男が祭壇に歩み寄って来る。
見事な姿勢の男だ。歩く姿には一辺の狂いがなく、その男の滑らかな動きは見とれるものがある。
頭に被る布から浮かぶ紋様などから、彼が帝都から遠い場所から来た事も示す。
頭覆いにやや隠されている顔だが、見えている部分は凄みすら感じる美しすぎる造作だ。
やはり帝都の住人ではないだろう衣類を身にまとった、その男は誰もかれもの言葉を奪って歩いている。
そして祭壇に到着し、少し頭覆いを上にずらした。
「やれ、ここまで来るのに時間がかかってしまって申し訳ない。三女の姫とその花婿よ、この沙漠の隠者、このめでたき日に相応しい祝福を持ってきた、受け取っていただけるだろうか?」
上にずらされた事であらわになる、漆黒よりもなお暗い夜の瞳。それらのはめ込まれた顔と肉体の調和。
息をのむとはまさにこの事、と誰もが思う中、大司教が微笑んで嬉しそうに言う。
「砂吹き荒れる土地から、わざわざようこそ、沙漠の隠者どの。……いや、沙漠の聖者殿と言った方が正しいのだろうか? あなたは様々な名前をお持ちだ」
大司教と聖者では、聖者の方が神の前では上らしい。肯定的な大司教。花嫁はやや顔を緩ませ、花婿は相手の整い方に一気に不機嫌に変わる。
おそらく、自分よりも優れている物を認められないのだろう。
だが隠者は気にもせず、懐から一本の瓶を取り出す。
「誓いの儀式では、“永遠を誓う杯”で葡萄酒を飲みあうと聞いている、私の贈り物を、その杯で飲んでいただけないだろうか」
「聖者殿の葡萄酒とは、粋な事をなさる。聖者殿、どうか二人の杯に注いでくれませぬか」
「うむ」
お兄さんは役者だと思いながらも、見ていれば。
杯に葡萄酒が注がれる。
それを花婿と花嫁が飲んで、一拍後。
「なんておいしい葡萄酒かしら……!」
花嫁の顔が明るくなる。
だが。
花婿の姿の周りに、一瞬文字が浮かんだと思えば。
「きゃあああああああ!」
花嫁が悲鳴を上げる。それも当たり前だ。
なんと花婿の姿は、全く別の男に変貌していた。
その男も見目麗しいが、それはどうでもいい。
問題はなぜ、花嫁には全く効果のなかった酒が、花婿に作用したかだ。
驚く人々の中、大司教が聖者に問いかける。
「この葡萄酒は一体どういった力が!?」
「この葡萄酒は古い砂の神にささげる物の再現であり、偽りの姿で人を騙すものを、どのような姿で騙しているか明らかにするという物。本来偽りの姿を使い騙すような人間でなければ、非常に美味であり、病になりにくくなる加護がある」
聖者の声は朗々と響いた。誰もが驚きながら、その言葉の続きを待っている。
「だが、偽りの姿で人々を騙すものが飲んだ場合、そ奴は普段化けている姿に変貌し、二度と元には戻れない。噂によれば、花嫁も花婿も共に清廉潔白、これをささげるにふさわしいと思って用意したのだが……花婿は違ったようだな?」
聖者の呆れた視線が、花婿に向けられる。それがおれにとっては合図だった。
見張り道具を道具袋に突っ込み、写しを小脇に抱える。準備万端だ。
おれは誰も見張りのいない入口を、好奇心旺盛な奴らのように覗き込み、大声を上げた。
「いたいた! お金はちゃんと払って下さーーーーい!!!!」
目指すのは、姿が変貌し蒼褪めている花婿と同じ顔の男であった。




