突入(5)=一か月以上行方不明だったら普通不安になるわけだ。
アクセス数やブクマの多さに、一番動揺しているのはおそらく私でしょう。
みなさん読んでくださり、本当にありがとうございます。
オアシスに入ると、ひやりとした。それは外との気温差だろう。
それは意外な物だった。
だって今まで、オアシスに入ったから熱気が和らぐなんて、なかったもの。
変だな、と思いながら歩いて、お兄さんの家を目指せば。
ざわりとする植物。なんだなんだ、何かが違う、でも何が?
分からない。分かれない、おれは知識が不足している。断言できる。
それ位に、違う気がするんだ。
何かが違うって言いたいのに、どこが違うのか言い切れない。
多分魔法を使う人間だったら、それが分かったはず。
何もわからない、無知のおれと違って。
でもここで、ルヴィーを出しちゃいけないってどこかが告げて来て、だから出て来てもらえない。
色々な物が見えている彼女の瞳に、ここがどう映るのか不安なのか、おれは。
そんな事を自問自答している間にも、お兄さんの家は近付いてきているはずだ。
自分の暮らす場所に帰るのに、間違ったりはしないだろうおれだって。
そして歩きながら、あ、植生が変わった気がするからだ、と気付くまで、結構時間がかかった。
季節によって植物は姿を変えていくし、生えている物も変わるからだ。
でもここで、おれの山育ちの直感と観察眼が言ってきたのだ。
植生が違うと。
そしてある地点まで来たらそれは、確信になった。
足元の白い毛に包まれた植物、それは見た事はあるけれど。
とあるフィールドで採取するミッションで、えらい苦労したやつ。
なんで? これがここに?
沙漠に生えない極寒の地の特殊な薬草まで生えている、その時点で息が白く染まり始めている。
ここで何が起きているの、お兄さんは無事なの?
植物に呆気にとられた次に、考えたのはその事だった。
お兄さんがこの異常事態を気にしないわけがない、お兄さんはここにいるの、大丈夫なの?
そんな事を思えば不安感が襲ってきて、おれはもう少しで見えるはずの家まで走る。
見えてきたおれの四阿、おれが散らかしっぱなしにした玩具は片付けられている。
いろいろ置いた外の用具の色々も片付けられているけれど、家の前の白墨一本で描かれた境界線らしきところを抜けると。
寒い暑いに対応しているはずの、割と新品なおれの外套すら突き刺す、すさまじい寒さに身震いした、なんなんだ、なんなんだ!
お兄さんはこんな所にいるの、無事なのか!?
一気にかじかむ体で、凍り付きすぎてつるつると滑る地面を踏んで、途中滑って転んでそれで立ち上がって、おれは玄関のノブを掴む。
くそ、ノブの金属も凍り付いてやがる!
そして扉は凍り付いたように動かない。
心配が最高地点まで一気に飛び上がる。
「お兄さん!」
おれは怒鳴ったのち、デュエルシールドをしっかり握りしめ、後でひたすら謝ろうと決意し、ドアをぶち壊した。
実はお兄さんの術で強化されている扉も、おれの馬鹿力の前ではただの板切れ同然だったらしい。
扉が吹っ飛ぶ。それがどこに行ったのかも確認しないで、おれは中に入った。
「お兄さん、いる? いるなら返事して!」
部屋の中は大して配置も変わらないのに、すごく何かが変わっていた、空気ってやつが。
そしておれの椅子に座っていたのは。
「……子犬か?」
平素と変わらないお兄さんだった。
立ち上がるお兄さんは、見た目も変わっていないし、どこも変わっていない。
おれの第六感も、この人がお兄さんで間違いないと断言する。
なのに。
「どこに行っていた? いきなりいなくなるな、不安になる」
柔らかい笑顔をしたお兄さんが、おれを引き寄せて抱え込む。
そのがむしゃらな程の強さで抱え込まれて、おれは何も言えなくなった。
あの、いつも笑っていて穏やかなお兄さんが、強い力で抱え込んできているのだ。
そして独り言のように言い始めたのは、文句のような、自分への嘲笑のような言葉だった。
「やれ、一人でいた時の時間の潰し方を、すっかり私とあろうものが忘れてしまったじゃないか。おかげでこの土地の浄化の回路まで維持できない」
それは自嘲したような声で、泣きそうで。
あ、この人おれがいなくなって、すごくつらかったんだと否応なく気付かされた。
気付かされて、泣きたくなった。
だっておれだって、好きでいなくなったわけじゃない。
転移装置は足がつくって思って、徒歩移動していたつけなのか、これは。
お兄さんの言葉を聞きながら、気付いてしまった事がもう一つ。
お兄さんの腕は震えていた。
それに、罪悪感が押し寄せてくる、申し訳ない、と。
この人に連絡できないでいて、申し訳なくてしかたなくなった。
この人は意外と心配性だったのだ。今知った。
これからは、そんな心配させたくないと思うほど。
お兄さんの自嘲の言葉が続く。
おれに罪悪感を植え付け過ぎですから、ねえ、聞けない、心が痛くなる、本当に痛くなる。
「この私とあろうものが、訓練が足りな過ぎたらしい。心を殺し、土地の浄化に尽くしてきたというのに」
子犬一人でここまで、というお兄さんに、おれは腕を回した、ほかに方法を見つけられなかったから。
おれがここにいるって見つける方法が、どうしても。
ぐるりと一周した思考回路が、あ、とある事を思い出す。
砂の賢者がおれの事、お兄さんに知らせたはずじゃなかったっけ?
何でお兄さんはそれを、知らないんだろう。
その疑問に気をとられていれば、腕の力が強まって、お兄さんの頭が一層近付いてきた。
「子犬が帰ってくる夢を、飽きるほど見させられたこちらの、身にもなれ。期待がひどすぎて嫌になる、信頼しすぎた結果か」
おれを腕の中に収めて、ぶつぶついうお兄さん。おれはお兄さんの顔を見上げた。
あ、泣きそう。すごくほっとしている。
ほっとして泣きそうでそれで、怖がっている、今が夢じゃないかと。
「夢じゃないですよ、証拠を今見せますね」
おれは伸びあがって、お兄さんの口に噛みついた。
噛みついて、強引に口を開けさせ、お兄さんの舌が痛みを感じるくらいに、噛みついた。
「っ!?」
お兄さんもこんな手段とは、と思ったに違いない。
でも、内臓の痛みなら加減できても、外側の加減はあいにくおれにはできないし、お兄さんがどれくらいで痛みを感じるのか、分からないからこうなった。
お兄さんの血がおれの舌につたわる。ちゃんと熱い血だった。生きていてほっとするし、操り人形とかでもなさそうでまた安心。
口を離して痛いでしょう、と言おうとしたおれなのに。
がっちりと頭をお兄さんの、大きな手に固定されて、お兄さんの血まみれの舌が俺の口腔に入り込んできた、え、どうしてこうなるのさ!?
お兄さん、痛みで現実って分かったよな!?
目を見開いたおれとは違い、お兄さんはおれの至近距離の眼と合せて、口のなかを襲う。
知らなかった、他人の粘膜との接触で、ぞくぞくするなんて言う事実。
鼻から呼吸すればいいのに、それもできない位に、粘膜接触に夢中になるなんて。
流石のおれも呼吸困難になりかければ。やっとお兄さんの眼が緩やかにほそまって、口が離れた。
「確かにこれは、夢とは思えない臨場感だな。まさか子犬にしてやられるとは」
離れた唇の先を見ていたおれだが、お兄さんがいつもの調子を取り戻しだしたのはわかった。
それと同時に、周囲の突き刺すような冷気が、柔らかくなだらかになっていくのも。
温かくなってきた事に注意がいくおれに、また顔が近付く。
ゆるくて、逃げ出せる速度で迫ってきたお兄さんの唇は、またおれにぶつかった。
一瞬というには長くて、でも短い接触。
「ああ、子犬が帰ってきた」
その言葉が何よりも雄弁なお兄さんの、本心だった。
「ただいま帰りました、お兄さん」
おれはそこまで言ってから、もう出て来てもらっても大丈夫だろう、とルヴィーを出してあげる事にした。
「お兄さん、帰ってきてさっそく厄介ごとなんですけど、聞いてくれますか?」
「お前がいなくなる以上の厄介ごとなんてものは、私の中にはないからな。お前がどこかに行かないなら聞くが」
「ああ、それなら問題ないですよ、おれお兄さんに追い出されるまで、ずっとここにいたいもの」
「可愛らしい事ばかり言う」
お兄さんからかってんな?
ほっとしてからかう余裕もできたのか、と思いながら、おれは道具袋の口を開いた。
「ルヴィー、出てきてももう大丈夫だよ」




