突入(4)=そして道具袋の有効活用である。
「暑い……ここは冬でしょう、どうしてこんなに暑いの……?」
拭う汗が不愉快そうだけれど、ルヴィーは信じられなさそうにいう。
実際に体験してもそうなのだから、しょうがない。
おれもそう思うのだから。
ここは冬でも、ほかの地域の冬と比べると信じられない位に、暑い。
普通の街の夏くらいは軽く暑い。
そしてこの沙漠の夏は、灼熱地獄以外の何物でもないのだ。
おれもどうして、ここがこんなにいつでも熱いのか、ちっともわからない。
今度お兄さんに聞いてみれば、何かわかるかもしれないな。
「ここ、南の沙漠はいつでもこれ位は熱いんだ、ギガントオークみたいなやつが暮らすには、暑すぎるだろ」
「……事実そうだわ」
彼女は一口水玉を口に入れた。
「食べ過ぎないでくれよ、手持ちが少ないんだ」
「ええ……」
今までも結構強行軍で来ていてからか、ルヴィーはふらふらしている。
ちょっと不安を感じるくらいだ。
彼女はちょっとよろめいた。
「おいおい、大丈夫?」
そのまま熱をため込んだ砂に顔を突っ込む前に、おれは彼女を担いだ。
「ちょっとごめんね」
言いつつ服の裾から体温などを確認する。
ちょっと熱をため込み過ぎだ。
ここらへんに木陰はないし……それに周囲から、嫌な気配が漂っている。
「ねえ、ルヴィー、ちょっと冒険する気ある?」
「何を言いたいの?」
「おれの道具袋の中に入っていてほしいんだ」
「……え? そんな事可能な事なのかしら」
「お兄さんは出来るって言った。道具袋の中に部屋を作るっていう事できるって言ってたし。だから入ってもらえれば、この暑さを耐えてもらえそうだと思うんだけど、そこまでおれの事信用してくれる?」
道具袋の中に入る、なんて彼女からすれば前代未聞、みたいな顔をされた。
おれは普通にやっていた事だけれど、お兄さんに言われてしょっちゅう荷物整理をしていたけれど、これも普通じゃなかったのかな。
顔を見ていると、彼女はこの暑い砂漠でも青ざめた顔で言う。
「あなたの事はとっくに信じ続けているわ」
その頼もしい声に、おれはなんだか泣き出したくなった後言った。
「ありがとう。それじゃあ、中に入って。中から望めば、外の事も見えるよ、窓が出来るって念じれば勝手に作れるんだ。家具とかは作れないけどさ」
「やってみた事あるの?」
「昔々に」
盾師の師匠の所で、世界を歩き回っていた時代に。やってみようと思ったけれども、無から有を作り出すのは不可能って師匠に叩かれた。この若輩者がって。
「中に入って、ドアが一つあるから、そこが部屋。いろいろ散らかってるだろうけれど、あんまり悪戯しなかったら大丈夫、あと、本とかに触っちゃダメ。割と呪われる」
「わかったわ」
彼女は神妙に頷いた。ちょっと暑さでやられているんだろう。
早くこの暑さから逃れたいっていう顔だ。
「オアシスに付いたら、出すからさ」
約束をしたおれは、彼女に道具袋に入ってもらった。
入ってもらってちょっとだけ、街道の方に歩いていく。いままでは街道を無視して進んでたんだ。
そして。
ちょっと街道の方に行くと、物々しい集団にであう。胸の印は帝国を象徴する牡鹿。牡鹿に女神の星というそれは、帝国に属するという証明だ。
彼等はおれを見て、いたぞと叫ぶ。
「見つけたぞ! 三の姫をどこに隠した!」
「あんたらの届かない所」
おれの道具袋だなんて、欠片も思わないだろう。普通、道具袋は道具を入れる場所であり、人を入れる場所じゃない。
「残念だな、あんたらが二度と届かない場所に隠したよ」
そして付け加える。
「ルヴィー、すごい婚約者の事嫌ってたな。話だけでも最低だ、実物の最低具合は想像を超えそうだよな」
「何を! フォン・ブラント公爵令息様を馬鹿にするのか!」
「だって友人の皮被って愛人漁るんだろ、最低じゃん」
おれの言葉をどう聞いたのか、色めき立った騎士や兵士たちが、おれを取り囲む。
「おれは戦いたくないよ、おれは盾師で守るのが役割なんだ、あんたらと戦う理由がない、おれは帰るんだ、どこか行って」
取り囲まれても怖くない、この人数なら叩きのめせる。
実はルヴィーに隠れてもらったのは、こいつらの声が聞こえて来ていたからだ。
本物のお姫様が見えていれば、こいつらは意地でも連れて帰ろうとするに違いないし、彼女の主張なんて聞きやしないだろうから。
おれは絶対に、ルヴィーをこいつらの眼に触れさせるわけには、いかなかったんだ。
顔を上げ堂々と、言いきる。言い切って見せれば、彼等はざわめいた。
「こいつ、状況が分かっていない」
「頭がおかしいんだろう、聞けばオーガとの混血だと聞く」
「姫様をたぶらかして、何処かに売り飛ばしたに違いない!」
失礼な事ばっかり言いやがって。
おれは奴隷売買とか大嫌いなんだよ。
大っ嫌いなんだ。
目が座るのが自分でもわかる。
そしてその据わった眼をみて、周りがおびえたようにざわめくのも伝わる。
デュエルシールドは装備済み、しょうがないからぶちのめしていくしかないのか。
でも、こいつら、きっとある意味ではルヴィーの事心配してるんだろうな。
命令だからとかじゃなくて。
だって風に乗って聞こえてきた声たちは、心底心配そうだった。
怖い思いをしていないか。
ひどい思いをしていないか。
寒くないか、暑くないか、苦しんでいないか。
そんな声が風に乗ったくらいだもの。
でもおれは、ルヴィーをお兄さんの所に連れて行って、助言をもらうのだ。
こいつらがいくら心配していても、ルヴィーの苦しみを理解していないまして男連中だから駄目だ。
男だからだめってわけじゃないけれど、浮気とかで考え方が違うのは男女のよくある違いなのだから。
こいつらここでぶちのめしたら、きっとその後魔物の餌食だろうな、いくら魔物除けの石を使用した街道とはいえ、そこから少し外れれば途端に魔物が舌なめずりをするのだ。
街道に放置しても、熱中症とかになりかねない。
砂漠の暑さとか対策になれたおれと、そうじゃないこいつらじゃ、致死に至るまでが違う。
だったら……
おれは腰の道具袋ではなく。
腰の鎖を軽く引っ張った。
そして素手で呪いの本に触れる。呪いの本の集合体。たぶんどんな怪物よりも怪物なお喋り野郎に。
お喋り野郎は、ルヴィーがいるから喋れなかった鬱憤を晴らすように、おれに意識を流し込む。
『気が立ってんなあ』
「当たり前だろ、ここを逃げる方法が見つからないからお前と会話してんだよ」
『ほう、めくらましが入り様か? どんなめくらましがいい?』
「おれがどの方向に逃げたかわからない位の一瞬」
『おもしろい! おもしろい! では俺様を開け、わが宿り木!!』
「宿り木じゃねえよ」
言いつつおれは、腰の鎖とお兄さんのくれた紐を引きちぎり、本を開いた。
おれにはただのシミにしか見えない文言が、周囲を取り巻き、おれの周りをまわる文字らしき物に騎士や兵士が下がる。
「あいつ、呪いを使えるのか!?」
「下がれ、だめだ、見るな!」
「ただのオーガとの混血だろう! 呪いはオーガが最も苦手とする戦闘方法だぞ!」
「精霊がこの世の理で最も嫌うのが呪いだろう、どうしてこいつは!?」
彼等の怯えが手に取るようにわかると思っていれば。
おれの周りをぐるぐる回って、おれにはわからない何かを展開していた文言が止まり。
どくん、とおれにも伝わるような脈を打った。
どくどくと血が流れだすような感覚を味わいながら、おれはそれが完成するのを見たのだ。
脈うった文言は、ぱっと光ってそして、彼等は一斉に目を覆った。
「眼に砂が、目に砂が!」
「目の前が何も見えない!」
「くそ、なんて呪いだ!」
……命に別条のない呪いらしい。
おれはこれをチャンスと、思い切り砂を蹴って走り出した。
目指すは街道をはるかに外れた、お兄さんの家。
ここ一か月目指し続けたそこへ走り、おれは呪い本を片手に掴んだまま、オアシスに入った。




