友人=大事な物は目に見えない
なんだなんだと見ていた周囲の人間たちが面白がっていて、おれたちのそれは賭けの対象にもなったらしい。
今のところ、アリーズの方が優勢みたいだ。賭けの倍率がどうなっているのかなんて、激しくどうでもいいけれど。
お姫様の救出なのに、賭けの対象なんて、と周りの騎士たちは渋い顔だけれども、これだけ冒険者みたいなやつらがそろえば、何かを賭けたり勝負を始めたりするのは当たり前。
不謹慎と言われそうだが、これが普通なのだ。おれたちにとってみれば。
ディオはなんとも言えない顔で、おれに言う。
「何か対策があるのか」
「あっても言わない」
「は?」
「アリーズたちは盗み聞きが上手だろう?」
おれは爪先立たなければ届かない耳元に、ぼそりという。
これはお前だって知っている事のはずだろ、と匂わせれば、ああ、と納得された。
アリーズたちは他人の喋っている事を聞いて、それを盗んで、色々なミッションをクリアしてきた。
それが悪い事だとは言えないけれども、ここで秘策だとかがあったらあいつらに聞かれて、負けてしまう。
お兄さんはおれを売ったりはしないだろうけれども、あいつらがそれに納得するわけもないし、いちゃもんをつけたらお兄さんが切れる。
普段滅多に切れないお兄さんは、怒り出すと始末に負えないのだ。
一度だけ怒った場面を見たけれども、あれは怖かった。盾師としてあるまじき脱走をしたくなったほどだった。
だが。
ここで何も言わないのは、おれの言葉を聞いているだろうアリーズたちにとってもいら立ちの原因だろう。
事実、不可侵の結界の事をしつこくミシェルが、砂の賢者に聞いている。
彼女は同じことを何回も言わされて、不愉快そうだ。
結果ミシェルは、自分の戦闘靴に階位=二の術を付加してもらう事に失敗している。
だからさ、さっき言った事聞いていれば、同じ事繰り返させて申し訳ないって思うだろ、ずうずうしく、いかにも名誉な事だと言わんばかりに、自分の靴にもっと強い術を付加させろ何て言えやしないだろ。
あいつの自分勝手、磨きがかかってんな……
「まあ、扉がどんな素材なのかを確認するのも大事だし、扉がどういう仕組みで開くのかも確認するのは大事だろうから、見て見なきゃわからないってのが、一番正しそうな気がする」
「壊す方向だろう、誰もが」
「そこからして変だと思う。壊せない扉壊す方法考えるあたりが。ま、そんなの思っているのおれだけみたいだし、いいけどさ」
「だが、盗賊が中に侵入できないんだぞ、不可侵の結界で扉に弾かれるという」
「だからさ。見なかったら方法なんて思いつかないってのが、おれは正しい」
事実そうだ。見なかったら攻略方法なんてわからない。一度も見た事のない物を攻略しろなんて無茶ぶりは、とてもできない。
だから見てから考えるのさ。
……きっとアリーズたちは、扉を壊す事を攻略だと考えているだろうから。
仲間だったからな、考えは読めるし、全体の作戦事態がそんな方向なんだから。
「へえ、あんたあいつらのチームから抜けたんだ」
「まあね。だからすごいふかーい溝があるのさ」
夕飯の時間、交流という流れで、近くに座った奴らとしゃべっていると、話は当然昼の事になる。
おれとあいつらの勝負の事だ。
鶏肉のオーブン焼きの、滴る油と程よい塩気、それのしみたジャガイモの濃厚な味とさっぱりしたスープに舌鼓を打っていれば。
適当にした、あいつらとの関係を聞いた一人が、首をかしげてこう言ってきた。
「暁夜の閃光は、腕利きぞろいだろ、お前は何をしていたんだ」
「その中でも一番の役立たず扱い」
さらっと言ってみれば、隣にひっぱたかれた、解せぬ。
「お前はあのチームの中で飛びぬけて腕がいい奴だった。あいつらが使いつぶすような真似ばかりして、殺意を持っているとしか思えない事ばかりしていたけれどな」
「それで抜けたら因縁をつけるのか、あいつら……」
おれの左隣と正面の奴が、顔をしかめた。
「よっぽどあんたの実力に頼ってたんだろうな」
「しらね」
ばっさりとおれは切って捨てた。
心底どうでもいい。
そう、おれはあいつらがどれだけおれに頼っていたか、なんてことは知らないし、あいつらはあっちでおれに対する、色々な事実じゃない物を喋っていそうだ。
と思っていたら。
「あんなオーガとの混血に負けるわけがないだろう!」
酔っぱらったらしいアリーズが大声を発したのが分かった。
おれは少し手が止まった。あいつら、人が黙っていたい事大声でしゃべりやがって!
驚いた顔をしたのは回りの奴らで、距離を置かれるのかな、せっかく普通に喋れたのに、だから混血の事実は言わなかったのに、と思えば。
「ナナシ、大丈夫だ」
おれの右隣が腰を引き寄せて小さく耳元で、言った。
抱えて庇おうなんて、盾師相手に百年早い、と思ったのはどうしてか。
庇われたのだ、と気付いたのは言葉が下りて来てからだった。
「大丈夫だ、ほかの誰が敵だろうと、お前を嫌おうと、俺はお前がすごい奴だって知っている」
……始めて言われたよ、そんな事。うっかり泣きそうだ。
隣のディオは回りを見て、問いかけた。
「ただの血の流れだけで、こいつの良しあしを図るならば、あんたらもあいつらと同じ屑だと言うだけの話だ、違うか? 冒険者は人柄と実力が判断材料だが、それ以外で判断している間は、上位職になんて物にはなれないそうだ。この前神官に聞いた」
それを聞いた周りの奴らは、そっと、いかに混血のおれがろくでなしか、向こうのテーブルで怒鳴っているアリーズやミシェル、止めようともしないでもっとひどい言葉を使うマーサ、黙って食事をするシャリアを見たようだ。
そして一様に同じ感想を抱いたらしい。
「あんな連中と同列扱いはさすがに……」
「あれちょっとひどすぎる物ねえ」
「人間として疑いたくなる言動だから、同じにしないでくれないか」
そう、あいつらと同じだと思われたくない、とう感想を。
あいつらみたいなやつらが、一般的ってわけじゃないのか。混血ってだけで見下されるのが当たり前って考え、おれの間違いだったのか。
そう思うと不思議な事がある。おれは知らない事。
「……なあ、おれ、オーガ族が怖がられる理由、いまいちわからないんだけど」
「ああ、先の大戦で帝国の敵の陣営に参加した、オーガ族があまりにも強くて容赦なかったから、あいつらは化け物だという風に帝国側が広めたのが始まりだな」
おれの疑問に答えたのは、隣のディオだった。
「その強さと頑丈さゆえに、恐怖の対象になった。そしてもともと、オーガ族が人間とほとんど交流を持たなかったことも災いして、オーガ族は恐怖の対象、混血は差別の対象になってしまったわけだ。大体二百年ほど前の話だったはずだな」
……ひどい話だ。戦争はどうあがいても殺し合いなのに。
それだけの理由で、こんな未来まで影響を与えるなんて。
「……おれ、見た人間全部ぶち殺したりしてないんだけどな」
「あいつらの方が殺しているだろうにな」
ディオが同意する。仲間を皆殺しにされた奴の言葉は、真実でしかなかった。
さっきまでおいしいと思っていた鶏肉もスープも、聞いた後とても不味いものに感じてしまったおれは、こんなにも精神が弱かっただろうか。
考えてもわからなかった。
そんな風に三日間交流していると、あいつらと同じテーブルの奴らはおれを見下し、差別し、嫌悪するようになった。
逆におれと同じテーブルの奴らは、おれと打ち解けて話してくれるようになった。
逆に、あいつらより先に扉を攻略したら、仲間にならないか、と誘ってくれる人も現れた。
隣の男目当てだろうな、なんて思いながらも、求められて悪い気はしない。
三日間ディオは、さりげなく扉の攻略の話をして、アリーズたちに、おれが何の対策も見つけられないという状態を漏らしていた。
あいつらはそれで、余裕が出てきたんだろう。奴隷が手に入る日は近い、と思っているようだ。
時々、シャリアが何か言いたげにおれを見ても、気にするわけがない。
話したければあっちが近付いてくるのが、当たり前だ。
おれは行かないぞ。
そして当日、真夜中から闇の教団の砦に向かう事になり、おれは話すようになった奴らとディオたちと同じ馬車に乗った。
皆装備道具の手入れをしている。
おれもデュエルシールドを出して、刃の確認と重さの調整をしていれば。
「あんた盾師ってまじだったんだな」
「疑ってたのかよ」
「盾師は普通屈強な野郎か、か弱げ女子だからな」
「なんでか弱げ女子が盾師なんて重労働なんだよ」
「一番戦わなくていいから。一番戦線離脱しても許されるからだな」
「やっぱり最近の盾師って、何か間違ってる気がするよなあ」
最後の重量確認を終えて、腕に装着しながら言えば、ソグドという斧使いが苦笑いをした。
「お前のその、前衛も守る在り方ってのが、盾師の概念覆してる感じがするだけだろうよ」