神様=信じられなかったら認知されない。
賢者と騎士が去っていく。それを見送ったおれは、お兄さんの言葉を思い出して問いかけた。
「お兄さん、おれの相手、楽しいの」
「楽しいとも。何しろ目に見ているお兄さんの部分だけで、何でも評価してくれるからな」
「お兄さん実は、身分とかいろいろ縛り多かった系ですか」
「さてどうだろう、見たままが答えとしか、言いようがない」
お兄さんのはぐらかしだ。でも、なんとなく。
何となーく、お兄さんは見たままで見てほしいんだろうと察する程度の、洞察力もおれにはあったから、答えなかった。
「騎士はここの場所が分からなかったから、自力でここまで来るしかなかったが、街から帝国の都まで、賢者を連れて行くなら転移陣が可能なはずだ。おそらく明日には、“選ばれしもののたいまつ”が灯され、選ばれたものがたいまつによって都に転移させられる」
「え、“選ばれしもののたいまつ”って転移までできちゃうんですか」
てっきり、炎の中に名前が浮き上がるだけかと思っていれば。
そんな能力も持っているのか、たいまつ。
すごいな、聖具というだけあって結構珍品だ。
感心していれば、お兄さんが首をかしげておれを見下ろしながら、言う。
「じゃなかったら、遠くにいるかもしれない、目的に見合う人間に命じる事も何もできないだろう?」
「へー、確かに」
そうだ。
言われれば納得。
「じゃあ、目的によっては顔も合わせたくない奴らと、会っちゃったりするわけですね」
「だな。出来れば選ばれない方がいい組み合わせも、たいまつは無視する。実力だけで判断するからな、あのたいまつ」
お兄さんは、選別を見た事があるような言い方をしたあと、おれに言う。
「子犬、お腹が空かないか」
「今日は何にしましょうね、何が残ってましたっけ」
お兄さんの空腹を訴える言葉ににやっとしたおれは、さっそく台所の中身を探し始めた。
「待ってる間、お兄さんは、これの具合を見てもらえませんか? 砂が中にもぐりこみ過ぎて、重量感が変な感じなんです」
おれは道具袋の中から、デュエルシールドを出して見せた。
ちらりと見たお兄さんが、それをもって、手入れ用の布を床に敷き、解体して調べ始めた。
それをちらっと見てから、おれも調理に取り掛かる。
ヨーグルト残ってた。匂いを嗅げばそこそこ危ない。オアシスに生えているきゅうりと合せてサラダにしよう。昨日仕留めた名前の分からない四つ足の肉もある。毒はないからお兄さんには無許可で昨日焼いて出したら、さっぱりしてておいしかった。
肉は熱くした石の上に乗せて焼く。これが結構おいしい焼き方だ。
あとは……何にしよう。
割と真面目に考えつつ、おれは食事を作り終えた。
結局粘りのあるモロヘイヤをすりつぶしてスープにした。何故っておれは長い事大変な思いをしていたけれども、毎日スープだけは飲んでいたからだ。
温かいスープは腹にも優しいわけだしな。
「中の隙間に砂が溜まっていたな、あれによく気付いたものだ。普通気付かない」
「あれ、第二の腕みたいな感じですごい、しっくりきて、だから気付いたんです。なんか可動部分じゃりじゃりするなって」
「……そうか」
お兄さんはおれの言葉が、説得力があるようなないような感じだから、なんとも言えなさそうだ。
確かに、普通気付かない事に、魔物を相手にもしていないのに気付くって、結構変だと思う。
でも、気付いたのだ。じゃりじゃりするなあって。
でも、こう言う武器は分解するのも技術者の方がいい事が多いから、自分で分解するのを我慢して、お兄さんに面倒見てもらったわけである。
ほんとじゃりじゃり。
二人で囲むご飯は、おればっかり話す事もあれば、お兄さんの知識披露の場だったりする。
今日はおれの番のようだ。
「時々、あるんですよね。武器とか持つと、あ、こいつ砥ぎが悪いとか、中にゴミ溜まってるとか、油さしてないとか、弦が古いから付け直さないといけないとか」
それを仲間に言ったら、だったらお前が手入れしろ、と全部投げられたっけ。
だからおれも、大体の武器の手入れは出来るんだが。
お兄さんのくれた奴は、何と言うか、おれが今まで相手にしてきた物と違う気がして仕方がないから、やっぱりお兄さんに預けるわけだ。
「とくにお兄さんのくれた奴、分かりやすいんですよね」
お兄さんはそれをじっと聞いていた。考えているらしい。お兄さんは考えるのが好きだから、やっぱり考えるんだろう。こういうの。
「子犬、何かしらの加護を持っていたりしないか」
「おれが? ないない。……信じてもいい神様なんて、この世のどこにもない」
加護は、信じていなければ付けられないと言われているから。
おれみたいな、何の神様も信じる気にならない奴に、そんな物がついているわけがなかった。
だって信じて助けてもらえるのだったら、親父と母さんを助けてほしかった。
生き別れの母さんが、今どうしているのかなんて、知らないけれど。
「子犬は信じたいものがないのか?」
「お兄さんだったら信じる」
この返答に、お兄さんが目を見開いた。その反応は新鮮だった。
「私を?」
「そ。お兄さんが神様だったら、信じてもいい。助けてほしいとかとは、ちょっと違うけど、お兄さんなら信じる」
最後の一匙まで飲み干して、おれはお兄さんの底なしの暗闇色の眼を見る。
「忠犬にとって、捨てられて絶望して震えてる時に、手を伸ばして拾って救ってくれた相手は、神様みたいなものでしょう?」
「子犬、本物の犬と同じ基準で、自分を考えないでくれ……」
お兄さんの表情が呆れたものに変わったけれども。
おれは目を見たまま続けた。
「だって事実ですから」
命を懸けても後悔しないものが、神様に対する思いなら。
お兄さんへの思いは、それにとてもよく似ている気がした。
「あー、やっぱりこれですよね」
「私としては、床に毛皮一枚を敷いて寝転がるのは、背中が痛くなりそうなのだが」
「もっと薄っぺらな毛布一枚とか、マント一枚の時代が長すぎて、お兄さんのベッドふわふわ過ぎて寝返りが打てないんですよね。体かちかちになっちゃって。この前毛皮持ってるやつ見つけて、本当に、よかった」
寝る時間に、おれは壁に丸めて置いておいた毛皮を広げる。これはでかい羊みたいなやつの毛を刈り上げた時に、手に入れたものだ。そして職人ギルドに、編んでほしいと依頼したら、快くやってくれた。たぶん一緒に見つけた、聖百合の根っこのためだろう。
あの羊は、聖百合の群生地で用を足して、一斉に去っていくらしい。聖百合はそれを養分にするから、とりわけ大きかった。
「じゃあおやすみなさい、お兄さん」
砂漠の夜で、結構冷えるから布を一枚かぶれば、もうおれは眠れる。
お兄さんも寝台に入ってから、おれは明かりを消した。




