表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
第一章 いかにして盾師は隠者の犬となり、元の仲間と決別したか
18/132

伝令=お使いに行ってきます。

「それにしても砂の神殿って結構近いのなー」


『あんたの足の速さが異常なだけだ』


「そうかあ? 十分も走れば到着なんだから」


『この足を取られやすい砂漠で、走れるの事態がおかしい。ラクダか』


走り出して十分後、おれは目の前に広がる大きな神殿と、そこに向かう人たちでひしめき合う道を見ていた。


「まあ取り次いでもらえればすぐだろうし」


『楽観的だな』


何て言う会話を本相手にしながら、おれはてくてくてくてく歩きだす。ここで走ったらたぶん、人を何人も突き飛ばしてしまうだろうから。

皆歩きにくそうだ。特に、石づくりの道からちょっと離れた場所の露店に立ち寄る人とかは。

そんな事を思いつつ神殿の前まで歩いてみれば、この神殿はかなりいろんな人の信仰を集めていて、気持ちのいい空気が流れているのが分かる。

お参りでもしているのか、皆神殿の中に入ってがらがらと音を鳴らしているようだ。

近付けばその音がよく分かった。

おれは関係ないか。

と思いつつ、その列から外れて前を歩けば。


「順番はちゃんと守れ!」


と瞬く間に神官の人だか警備の人だかに、列に引っ張られそうになった。

しかしおれはピクリとも動かない。普通の警備の人に、盾師みたいな馬鹿力のやつを動かせると思う方が間違いなのだ。

そして。


「おれお使いなんです。砂の賢者に至急届けてほしいという手紙を預かってきていて」


そう言うと、警備の人は怪しい奴、とおれに武器を向けてくる。

何でこうなるの。おれそんな、怪しい奴?

武器を向けられても、たぶんデュエルシールドをすぐに展開すれば逆転できるし、怪我もさせたくないから困っていれば。

騒ぎを聞きつけたらしい、神官が一人現れた。


「いったい何の騒ぎです?」


「大神官様、こやつ、砂の賢者様に手紙があると言っており」


「砂の賢者様に?」


へー。大神官。おれはその、細身の優雅な男性をまじまじと見た。スラっとしていて、重労働なんてしなさそうな、祈りばっかりしていそうな体つきだ。

顔は彫が深めっぽい感じ。

おれが観察しているのと同時に、彼も観察していたらしい。視線がどんどん上に上がって、おれの頭を覆う布に気付く。

そして口をあんぐりと開けた。


「君、それを一体どこで? その頭にかぶっているのは、天女の水布じゃないか! それは沙漠の隠者のものだろう!」


「その人からお使いに行って来いって言われました。見る人が見ればすぐに分かるものだから、身分証明で被っておけって」


「彼がそれを手放したのかい!? 信じられない、あの人間嫌いが……」


大神官はそこで、おれとちゃんと会話する事にしたらしい。


「君のお使いっていうのはどんな用件なんだい? ここではなんだから、中に入って教えてほしい。警備の君、君はそんな顔色を悪くしなくていい。普通の事をしたまでだからね」


お兄さんの頭覆い、効力絶大だな……そんな貴重品なのだろうか。

お兄さん雑な扱いで洗濯とかしてたのにな、と思いつつおれは、大神官の後に続いた。

警備の人は、大神官の言葉でほっとしていた。




「……というわけで、至急砂の賢者という方に、帝国に行ってもらいたいんですよ」


おれが出されたお茶を飲み干す前に、用件を聞きたがった大神官に手紙を渡して説明すれば、彼は腕を組んだ。

困ったな、と言いたげな顔をしてる。


「どうしてそんな顔をしてるんですか」


「砂の賢者は戒律によって、不殺を実行しなければならないんだ。だというのに帝国まで行けというのは……これから腕の立つ護衛を何人も、選抜しなければならない」


「それこそ賢者なんだから、空間転移できないんですか」


「空間転移は人によっては船酔いのような症状が出るのは、知っているかい」


「さあ、初耳です。それに冒険者がすぐに街に帰還できる、強制帰還道具みたいなもので、ぱーっと帝国まで行けないんですか、賢者なんだから」


「……うちの賢者殿は、非常にそういう物がお嫌いなんだが……」


「帝国からの要請です、拒否するならそれ相応の腹で拒否してください、手紙位速攻で送れますよね」


おれの言葉は無茶ぶりだっただろうか。

そこで大神官が、あ、という顔をする。


「君は?」


「おれ?」


「君は至急の用事でここに来たけれども、普通の速度ならばオアシスから三日はかかる。三日もかけているのは変だ。それこそ、沙漠の隠者はここへ三十分で飛べる陣の描かれた巻物を所持していたはずだ」


「おれここまで十分ですもん」


大神官が硬直した。からん、と壊れないお茶の容器がおちる。

床にじゅうたんを敷いて、低い卓とでかいクッション完備の部屋だから壊れなかったんだな。

街の習慣に合わせた、お兄さんの部屋みたいな背の高いテーブルだったら壊れてた。

拾ったグラスは薄曇りのような色で模様が入っていた。こんなきれいな物、高そうだな。壊れなくてよかった。


「聞き間違いかい? 十分? え?」


「だって走れちゃったんだもの」


ここでようやくお茶を飲むチャンスになり、おれは出されたお茶を飲む。おお、高いお茶を使っている味がする。お兄さんの所で淹れる、一キロいくらの奴じゃない芳香だ。

流石神殿、お茶とかは神様にささげるものの一つだから、神様のおさがりでもいい物飲んでる。


「どういう物を使ってだい」


「徒歩です、ちなみに全力一歩手前まで走りました」


「君は人間なのかい……? 見た目は人間にしか見えないけれども」


「見えたものが真実なんでしょうね」


おれはこう言う類の問いかけには、ごまかしを最近覚えたのだ。

お兄さんが隠者であることを隠して街を歩く時、こんな風な微妙な言い方をしていたからな。

隠者だから、あまり有名になりたくないのだとお兄さんは笑ったっけ。


「……じゃあ、君が、砂の賢者殿を背負ってオアシスまで連れて行ってくれたり……」


大神官の問いかけに、おれはこっくり頷いた。お兄さんは急ぎだと思っているし、あの騎士も急ぎで大慌てだったし。

まあ、お兄さんの住居は魔術とかで位置指定をできないように、目くらましだの罠だのをいっぱいかけてあるから、道具頼れなかったんだろうけれども。


「砂の賢者が今すぐに出発できるんでしたら」


おれの言葉に、大神官が立ち上がる。


「急いで伝えてこよう。なにしろ数多の街に強い権限を持つ帝国の言葉なのだから」


そして本当に大急ぎでどこかに去って行った。そこで腰の本がぱらりとめくれる。


『さすが帝国、百年たっても支配力は健在か』


「知ってんの」


『本なんざ、燃やされない限り消失できねえものよ。特においらみたいな強力な呪い付きだと、“浄化=カグツチ=炎”を使わねえと燃え尽きないときたらな』


「へえ」


物知りなのがおれの身近には大変多いようだ。

分かりやすくて結構。変な知識も増えていくけれども、相変わらず文字とかは読めない俺である。


「砂の賢者って普通に、砂の神殿に常駐してんの」


『砂の神殿で賢者と認識されて、先代の砂の賢者に後継として指名されたらな。ここは導きを求める人間も多けりゃ、賢者に吐き出したい悩みを持つ輩も多い。転々とする流浪の賢者も多いが、常駐する賢者も一定数いるんだぜ。ここは常駐型の典型だ』


おれはそんな事を聞きながら、周囲を見回す。物の位置は圧迫感をなくすために低く、そして絨毯の上に座って眺めるように配置されている。

こう言うのが、違うって感じる由縁だよなあと思っていれば。

足音が聞こえてきて、呪い本が閉じられる。そこで気付いた。


「ひもで縛ってんのに開けるんだ」


『遊び紙の部分ならな。何せ文字がないから』


そこで黙る本。扉を開けて入ってきた二人の人間。一人は大神官、一人は見た事のない人間だから、消去法で砂の賢者だろう。


「この子が砂漠の隠者からの連絡を伝えてくれた子です」


大神官の丁寧な言い方からも、賢者の身分の高さがうかがえた。

座るおれが軽く頭を下げると、その女性が口を開く。


「そうなのかしら。砂だらけね。この子に背負われるんだったら、誇りを落してもらわないと」


「うわ、わがまま」


おれよりやや年下に見える、グラマラスな彼女に対して言えば。

彼女が機嫌を損ねたらしい。


「生意気なことを言うのね、事実だわ」


「うん、おれも事実しか言ってない。事実一つでそんな機嫌を損ねてどうするよ」


相手はさらに言う。赤く塗られた口紅がやけに色っぽいのは、形よく描かれているからだろう。


「賢者を前にいう言葉ではないというのに、あなたは賢者への礼節がなってないわ」


「一度もあった事のない相手への物言いが、分かるんだったらすごいね。年下の我儘お嬢ちゃんに対する言葉しか知らないよ、おれ」


お兄さん、この賢者を連れて来いって思ってたのかな、なんかお兄さんの知っている賢者と違う人なんじゃなかろうか。


「君いつ賢者になったの?」


「一週間前に正式に」


「ふうん」


お兄さんが砂の神殿に行ってたのはそれ位、僅差で知らなかったのかな、お兄さん。

なんて考えながらも、おれは言う。


「おれの事は今ははっきり言ってどうでもいい案件。帝国の要請を断って立場を悪くするか、おれに背負われて取りあえず使者である騎士の所に行くか」


思いっきり話題をねじ伏せた気もするけれども、本当に時間がないのだから仕方がない。

結婚式までそんなに時間がないのだから。


「わかったわ、あなたの背中に乗って差し上げます。落としたりしたら承知しないわ」


「はいよー。んじゃ外でて、背負われてな」


言いつつ立ち上がり、床に置いていたデュエルシールドを片腕に装着して、具合を確かめつつ歩き出す。追いかけて来るかどうかなんて、気にしない。

来るといったんだから。


「旅の用意なんて何もしていないわ!」


「大丈夫、飲み水とよく切れる刃物があれば後は現地調達で」


「なにそれ!?」


この女の子、サバイバルは未経験か。ないない尽くしのとびっきり大変なのに、遭遇した事が無いのか。まあいい。


「大丈夫だよ、おれだから。目的地まではちゃんと運ぶし」


「こんな信用の出来ない人も滅多にいないわ……ふつうとかけ離れすぎてる気がするし」


「おれに対する詮索の前に、することがあるからね?」


彼女が背後でぶつぶついうのを気にしないで、外に出る。日差しが強い。おれはここで、一度頭覆いを巻きなおす。

やっぱり髪の毛のびたよなあ……お兄さんの事ばっかり気にしてられないわ。おれもそのうち髪の毛くらいは整えておこう。


「あなた……女の子?」


肩を下まで覆うおれの髪を見たからか、賢者が聞く。


「まあね」


「なのに私一人を背負って、十分で砂漠のオアシスまで走れるの?」


「やればねー」


彼女は色々信じられなさそうだけれど、おれの背中には乗ってくれた。

信じる事にしたらしい。しかし。


「君装備品重いな」


女の子としては結構重たいから言えば、彼女はおれの後頭部を思い切りメイスでぶん殴った。痛いよ!


「女の子に体重の話なんて、なんてあなたデリカシーがないの! 乗り物の癖に!」


「うわ、そう言われるの結構久々。んじゃ、飛ばすからしっかりしがみついててね」


おれは軽口をたたきつつ、足を軽く屈伸させたのち、彼女の座り具合をちょっと調整して、走りやすい位置で背負いなおす。

そして大神官に言う。


「とりあえず、帝国の騎士と一緒に、砂の賢者さんには帝国まで行ってもらいますから、その間のお留守番はお願いしますね」


「ああ、無論」


彼が頷いたのを見てから、おれは走り出した。走り出した途端に、おれの肩にすごい勢いで賢者がしがみついてきたから、結構びっくりした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ