品物=これからもお付き合いしたい印
体一つで何もかもを守り抜け。盾師として師事した人はしょっちゅうそう言う事を言った。
そんな無茶苦茶な、と思いながらも今ならわかる。
体一つで、他人ではなく自分の心も守り抜け。
父親を理不尽に殺された子供に、母親から追手を撒くために手を離された子供に、生きぬく力を与えるために言われた言葉だったのだ。
体一つで、守り抜け。何もかもを。
最初はそれがとても難しいものだと思った。
だがしかし、その在り方に慣れれば、結構楽になったものだ。
一人でいれば間違いなく、自分の何もかもを守れた。
だというのに、さみしくなって仲間を求めて、生きるために必要な金を求めてギルドに入ったのがいけなかったのだ。
敵になりやしないのに、種族が違うだけで、考え方が違うだけで仲間が豹変するなんて言う、物を経験する事になった。
まだそれによる傷は、ぱっくり割れたまま治らない。
「似合う似合う」
そんな声が、隠者の家で響く。おれは今日ギルドに届けられた、おれの外套を羽織っていた。
ギルドから届いたものの連絡が来て、おれはすぐにお兄さんに許可をとり、それを引き取ってきたのだ。
そして一番に着ている所を見せたくて、お兄さんの前でひっかぶった。
そうしたら、お兄さんが嬉しそうにそんな事を言ったのだ。
機能面の判断とかではなくて。
「お兄さん、こういう外套は誰が来ても同じようなもんでしょう」
機能はともかく、実際の見た目ではどこにも溶け込みそうな物、という注文をしたのだから当たり前だ。
誰にでも似合わなければ困る。おれが悪目立ちしないように。
「いいや、子犬の雰囲気によくあっている、だが急いだとしても仕上がりはとても丁寧だ。おそらくこれからも、付き合いが欲しいんだろう。定期的に何かおろしに行こう。街に行くいい理由にもなる」
たしかに、職人ギルドは滅多にない速度で、品物を仕上げて来ていた。仕上げたら、おれが持っている彼等からすれば貴重品をたくさんおろしてもらえるからだろう。
彼等は彼等で、材料もないのに高度な防具だのを求める莫迦たちに、辟易しているのだ。きっと。
しかし金を積まれれば、受付の人たちが許可してしまうらしい。
いかんせん、稼がなければ食べていけないのが人間社会だ。
そこに現れた、欲しいものをたくさん持っていて、それらをそこそこの値段で取引してくれる相手。
誰よりも先に物を仕上げて当然、とお兄さんは沙漠に帰る途中で言っていたけれど、それが本当になっていた。
「色がいい。子犬は全体的に白っぽいから、外套の色が暗いと夜、フードを被れば世界に溶け込める」
「その黒っぽい色の染めも、何かあるんでしょう」
「あるとも。これはおそらく、子犬が持っていた闇柿渋で染めた色だ。闇柿渋は文字通り、闇に体が溶け込むように見えなくなる、染料だからな。欲しい人間はいくらでもいるというのに、これもまず木が大変なフィールドにしか生えていない」
「そうすか? 見つけたの、散歩ができるフィールドですよ」
今度遊びに行きましょう、とおれが誘えば、お兄さんが顎に手を当てて考える。
「それは面白そうだが、しばらく静かにしていないと、どこぞの間抜けと行き違いになってしまうかもしれない」
それは困るのだ、と言いたげなお兄さん。何が困るんだろう。
「行き違いって?」
「この前の手紙を出した奴らだ。ギルドから送った手紙に対しての返信が来そうな気がしている。それも物体で」
「物体って」
「子犬に番犬としての牙の剥き方を、してもらわなければならないかもしれない」
「いえ、そこはいいんですけど。前から嫌な人は追い出してましたし」
おれの言葉にお兄さんはそうだったな、と返した。
不思議な人だ。本当に不思議な人。
椅子に座り、地下室から取り出した何かの本を読み始めるお兄さんは、おれが外套を羽織っているから満足しているらしい。
「これで、子犬に無駄な傷がつくのを見なくて済む」
とても満足げなお兄さんは、おれを見てまた満足そうな唇の吊り上げ方をした。
「子犬が平和主義だから、いつも誰にでも叩かれているのを見るのは、これでも忍びなかったのでな」
「はあ」
お兄さん、おれの仕事は番犬だよ、多少噛みつかれるのも仕事の範囲内って思っていたのに、お兄さんの中では違っていたの?
「おれは傷がつくのが前提の仕事なのに」
「迎撃位はすると思ったんだが、子犬は誰にも怪我をさせないからな。それで怪我をするから、意外だった。あれだけの盾師としての実力者なのに」
「実力があるかどうかはいまいちですが、おれに盾師の心得を教えた人は、良く言いましたよ。『盾師が振るう時は、血を浴びる時だ。解き放たれた盾は、守るために血を浴びる』って」
「古い主義だ、その師匠はかなり昔かたぎなのだろう。昔の盾師は守る事が第一であり、そして動いた以上は、全てが終わるまで動き続けることを誇りとした」
「そうなんすか」
「ああ。そんな事を言う、本物の盾師は何年も前に死に絶えているわけだがな」
「死に絶えちゃったってそれなんですか。おれが生きてますよ」
「そうだな。だが、今の盾師は前衛など守らない。補助もできない後衛を守ればいいと思っているし、自分が死にそうになったら己は盾師で、戦うわけではないと戦線を離脱する。どんな戦いでも己の力をかけて、仲間を守るわけではない。首魁戦などのように、守りを特に必要とする時だけ参加するのが基本だ、今は」
「なんですそれ。盾師としておかしいじゃないですか」
仲間を守れ、全てから。おれが師匠に教わった事とは大違いだ。
「私もそれは思うが、盾師としての在り方が時代によって変わっていったのだろう」
お兄さんも寂しそうに言った。古い時代の盾師の事を思ったのか、お兄さんに昔かたぎの盾師の知り合いがいたのか。
聞けなかったけれども。
ちゃりちゃりと鎖がなって。おれは腰に下げていた本が何か言いたげな事に気付いた。
「あんだよ」
「おいら……」
「ん?」
「おいら上っ張りのポケットに入りたい!」
「だめだろ、紐付けなきゃ」
「やだやだやだやだ! この上っ張りの中だと、術式とかが点滅してて外なんて見えやしない! おいらは外が見たいんだ! なあなあちびちゃん、頼むよう」
呪いの本よ、おまえなあ……とあきれていると、おれと本のやり取りを見ていたお兄さんが立ち上がる。
「ならこうしよう」
いうや否や、お兄さんは外套の上から太めの飾り紐をおれの腰に結んだ。
そしてズボンの腰に下げていた本の金具を外して、その飾り紐にくっつけてしまった。
そうして、おれは外套の上からベルトを巻いて腰から、単行本を鎖でぶら下げているという姿になった。
珍しいかもしれないが、いろんな装備がある冒険者にとってはツッコミどころのない物だ。
急所をさらけ出す謎の装備をする、冒険者もおおいんだし。
たいていそういう、自分の力を過信したやつは実力を見誤ったフィールドでの死ぬんだけどな。
「これで満足か」
「おう、おう、外が見える、こりゃいい」
「子犬も問題ないか」
「問題はないですが。こんなのむき出しで目立つように下げて、ほかの人への被害は」
「だから被害を弱める紐を巻いたんだろう」
「これ、そういう紐なんすか」
ただのベルトかと思いきや、縁に色々言葉が書かれていた。お兄さんおそるべし。
「普通の眼のやつには見えないが、魔眼の奴らは昏倒するかもしれないな。人の事を無粋にじろじろ見ていればそうなるだろう」
つまり普通は無害にしちゃったのか……お兄さんの実力って何なの。ほんと。
「お兄さん、隠者っていう職業間違ってる気がしません?」
「どこかの王族とかいう生まれよりは間違いではないだろう」
「え?」
「簡単な冗談だ、こんなのに引っかかるな、子犬」
言いながらお兄さんは、おれの頭をよしよしと撫でた。
その時、とんとんと扉が叩かれた。
「おれ出ますねー」
おれは深く考えず、お兄さんが物陰に隠れたのを確認し、扉を開けた。
台所の一角が、ちょうどお湯を沸かす場所であり入口から死角になるのだ。
おれが家の中から人を迎える時、お兄さんはそこからおれの番犬具合を確認するのだ。
「沙漠の賢者殿はここにいないのか」
扉を開けて開口一番、言い出したその立派な鎧の男が言う。
「賢者はいません。それにまずあなたの名前と所属と用件が先でしょう。それ位の礼儀もないの」
隠れ住む人はここにいる。でも人を導く人はいない。
何言ってんだろうこの男と思いつつ、おれは言う。
「それはすまない事をした。私は帝国騎士団の一つ、紅騎士団の騎士だ。団長の命を受け、以前手紙を送り来ていただくようにお願いをしたはずの、沙漠の賢者殿を迎えに来た」
「それだったら人間違いだ、二度目だけれどもここに賢者はいない」
「しかし……ほかに該当する人はいないのだが……」
「だから手紙を送る相手事態を間違えたんでしょう。手紙は来ましたよ。差出人が間違ってて」
「なんと! しかし困った……“選ばれしもののたいまつ”の火を点けられる方が、もう見つけられないというのに」
騎士が困った顔だ。おれはちょっと考えて、言う。
「お兄さんに聞いてみますね、いまお茶を沸かしてるんですよ」
「お兄さん? ここには君しか住んでないのではなく?」
「おれはお手伝いみたいなもんですよ」
いって、おれは死角にいるお兄さんの所に行く。
「追い払います?」
小声で聞く。お兄さんは実際にお茶を沸かしていた。
そしてちょっと苦笑いでこう言った。
「きちんと人間違いであることを言って、神殿の賢者への依頼をしてもらうようにしよう。ギルドからの手紙は読まれていないのだろうかな」