雑品=職人じゃないと価値はわかりません。
おれは職人ギルドの仕事場の場所は知っている。いかんせんよりいい武器や防具を欲しがっては、材料がない、とか足りないとか、職人気質の頑固者たちに怒鳴られているのをそっと見ていたから。
たいていそれで何か上位の装備を断られたら、おれの体に痣が増えるだけだったから、ぶっちゃけ職人ギルドの仕事場ってみるのも、嫌いだったりする。
でも欲しい物のためには仕方がないんだ、とお兄さんの外套に包まって言い聞かせていたら。
「どうしたんだ、足の進みが遅い」
結構色々気付くのが早いお人が、声をかけてきたのだ。
「古傷が痛み出したんで、大丈夫ですよ、今の体に問題があるわけじゃないんで」
しくしくと痛み始めるのは心の中だ。
じわりじわりと喉の奥に侵食してくるような、暴力の記憶。
なんかのはずみで、オーガとの混血だって知られてから、皆の態度は豹変したんだ。
最初はそれを言ったらいけない事だなんて、知らなかったから昔話の一つとして話したんだ。
でもそうしたら、だましていたとか、詐欺師とか化け物とか、罵られたり蔑まれたり。
それまでは普通の扱いだと思う扱いだったものが、一変した。
オーガとの混血って事が人間にとって呪いみたいなものだ、と後から知ったのだ。
言わなきゃよかった、隠しておけばよかったと、何度思った事か。
そして、オーガの血が入っているなら死にかけても治るとか、治療しなくても勝手に治るとか変な思い込みも加わったあいつらは、おれに対して何かしたりしなくなった。
だから自分で治療するの、うまくなったんだよな。
チームを抜け出すっていうのは頭になかった。もしもギルドで理由を聞かれたら?
アリーズたちがおれの混血を話したら?
もしかしたらもっとひどい所しか、居場所がなくなるかもしれないと思ったら怖くて怖くて、抜け出すなんて思えなかった。
だって最初は普通に仲間だったんだ。大丈夫かって心配しあう間で、笑いあったりからかいあったりふざけあったり、する仲のいいチームだったはずだったんだ。
もし、おれに“無知の防御”が無かったら仲間内で粛清という名目で殺されていたかもしれない。
それ位は実は、分かっているんだ、おれ。
オーガとの混血が逆らうなって、そんな空気がにじんでたし。
……あいつくらいだよな、その後に仲間になっておれの事、まともに扱ったの。あいついまどうしてるんだろう。一年修行してくるって言っていたけれど、ランクが下がったチームに戻りたいと思うだろうか。
よく分からない。何せあいつはおれに構ってばかりで、ほかの仲間との連携は最低限だったから。
……お兄さんも、オーガとの混血だって分かったら扱いがひどくなるんだろうか。
そうだとしたら言えないな、言わない。
「古傷か、よくあるな。私も古傷が痛むときはある。雨が降ると右目が痛むんだ」
「お兄さんも?」
「少し厄介な相手に捕まった時に、な。酷い酷い目に遭った」
「今痛い?」
「いや、痛くない、安心しろ、子犬」
それはよかった。
なんて思っていれば目的地に到着している。
おれは外套から抜け出して、ドアベルを鳴らした。
数分で人が顔を出す。
「何の用事だ、暁夜の閃光だったらお断りだぞ」
「抜けたんで無関係です、おれだけ」
「たしか役立たずと言われていたやつだな、お前は。……!? そのソロタブレットは!?」
職人の気質と頑固さと鍛えらえた観察眼が、おれのソロタブレットを見てのけぞる。
こんな所で効果を発揮するとは。
「傷だらけでぼろぼろだったお前が鋼玉?! なんの冗談だ、何の用事でここに来た? あいつらへの対応への苦情か?」
身構える職人。それ位、彼等の扱いは雑だった。
だが材料がないと言っているのに、作れ作れと前金もよこさず無茶を言う奴らへの対応なんて塩だろう。
「いえ、おれ一人で、一年中使えそうな外套を仕立ててもらいたくて」
「一年中? また高価な物を。材料が足りないだろう。古代淡水鮫の皮だの、夜光蝶の鱗粉だの、森火蜥蜴の鱗だの、皇綿だの」
「おれはあいつらと違って、ない材料があるのに欲しがったりしないですよ。色々材料を見てもらってから、作れるものを考えてもらいたくて来たんです」
彼は呆気に取られている。おれの背後で笑う気配、お兄さんはよく笑う。お兄さんの笑い上戸はどこでも変わらないらしい。
「職人。ひとまずこれの持ち物を見てもらってくれないか。色々珍しい物を持っているが、冒険者ギルドでは買い取れないと拒否されるらしい」
「ま、まあそれ位なら今日は時間があるから、構わないぞ」
おれに対する警戒を失わないまま、職人は頷いた。
そして、物を広げてもいい床の部屋に案内してもらい、出せるものをどんどん出していくと、彼は目の色が変わって、ほかの人まで呼びに行った。
「これを見ろ、夜咲麻がこんなにある! 夜にならないとほかの麻と見分けがつかないから、より分けるだけでも半月はかかるのに、単品でこれだけ! 北風竜の鱗なんてこの数年お目にかかった事もないぞ! これは夢喰羊の羊毛じゃないか! あんな凶暴な生き物の羊毛、どれだけ欲しくても誰もよこしに来なかったぞ。それを必要とする装備を欲しがる奴らはまだ後を絶たないが」
……なんか歓声が上がるし興奮してるし、目の色違うし、鼻息も荒い。
え、そんなに貴重品?
「あのー。これ近くの森のフィールドの、ちょっと奥まった場所に群生してたし、この鱗の持ち主、近くの山のフィールドの天辺で脱皮するの習慣みたいだし、これをとった羊は毛刈りしてほしくて寄ってきましたよ?」
「君の職業は何なんだ!? 魔物使いか!?」
「いえ、盾師」
「……そういえば、盾師はほかの職業よりも攻撃する意思がないから、魔物も警戒心が薄くなるって聞いたような」
おれの職業を聞いて納得し始める皆さま。
そんなに?
「お兄さん、そんなの在りうる?」
「普通はないが……子犬の人じゃない血が仲間意識を感じさせるんじゃないのか」
お兄さんも考えながら、後半はおれにしか聞こえない声で言った。
ヒトじゃない血。殺しを嫌うハイエルフと、自然と隣り合うオーガ。
……そりゃあ、普通の人よりも警戒されないわな。
考えて黙るおれとは裏腹に、職人さんたちが目を輝かせておれを見る。
「これだけ見せて、まさか売る事はしないなんて言わないだろう?」
「え、これでおれの外套を作ってくれたら、残りは売ってもいいですよ」
「よし! どの配合で行く?」
おれの返事に歓声が上がって、仕事場が揺れたほどだ。
彼等も欲しいものがいっぱいあったんだな、って思って感心した。
結果、おれは欲しい機能を全部そろえた、お兄さん曰く“その辺で見つけたら気絶する”外套を仕立ててもらえることになった。
無論目立つのは嫌いなので、目利きでもただの防御外套くらいにしか見えない見た目にしてもらって。
残った材料は、職人ギルドの卸専門の人が値段をつけてくれた。文字の読めないおれの代わりにお兄さんが書類を読んでくれて、きっちり問題がないか確認してくれた。
お兄さん様様。
……もしも暁夜の閃光にいた頃に、これを見せていたら、おれはあいつらの素材庫としてこき使われていたんだろうなって想像が簡単に、出来てちょっと切なくなった。
暇なときに、一人で近くのフィールドに入るのは、気晴らしで。
見つけたものが面白そうだったら片っ端から、袋に詰め込んで。
脱皮の手伝いをしてほしい生き物とか、毛を刈ってほしい生き物とかの手伝いをするのは当たり前の感覚だったから、余計に。
そんな事を、思った。
しかしそんな風に、おれの物だけで大絶叫のオンパレードだったからか、もっと珍しい物を持っているお兄さんは、今日は見せない事にしたらしい。
「見せないんすか」
「気絶されたら困るだろう」
「わかりますねそれ。おれのだけでこんな大騒ぎだもの」