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その後の話 8

「いつもここで待ち合わせなんだけどな」


「ナナシ、いつも気になっていたんだが、この門がアリーズとの待ち合わせなのか?」


「ここ、アリーズが来やすい場所なんだよ」


「何の変哲もない入口なんだが……何か術的なものがあるのだろうか」


『あるさあ! ここは神殿周辺唯一の、結界の中にあいている穴だからなあ!』


盾師は神殿付近の門の前で、首を伸ばしてアリーズを探していた。普段ならばここで待っていれば、このあたりで会えるわけだが……今日はいない様子だ。

先に自分たちが来たのだろうか、待つべきか。そんな事を考えた時、不思議そうな聖騎士に言われたのだ。

術的な物と言われても、あまりよくわからない盾師とは裏腹に、腰の呪いの本は喋りだす。

本の専門分野だったようだ。


『ここは神殿周辺の結界の中で唯一の、神を通す穴が開いた場所だ! すべての神も魔も等しくここから入って来る。出て行くのもここ一つ。アリーズに取っちゃ何よりも目印になる場所さ。あいつにとって一番入りやすい』


「おれには術も何もわからないんだけど」


『当たり前だろう? 魔除けと聖印とそのたもろもろ、がっちり組みあっちまったせいでここの大穴が出来ちまったんだからよ。たまにある所だぜ。結界が重複したせいで、力が全て相殺されちまう箇所が出来るってのは』


「へえ……ふさげないの」


『術のどれかを打ち破ればな。でもそんな事したら、組み合った術が全部崩れて神殿も崩れ落ちるだろうよ。神殿自体が術の筆頭だ』


「へえ」


盾師が納得したように言う。それを見ていた女性が、実に不気味そうに聞いてきた。


「あなたの腰で喋っている得体のしれない本は、魔物なの、安全なの?」


「魔物ではないが、安全かどうかはあなた方の態度によるだろう。彼は盾師の呪いの本。それ以上でもそれ以下でもない代わりに、盾師の相方を称する程、盾師に重きを置いている」


「……つまり、盾師さんに何かしなければ、害はないと?」


『盾師とアリーズとディオにな! 俺様はこいつらが気に入ってんだ。全員ぶっとんでてなあ!』


「おれとアリーズはともかく、ディオぶっ飛んでないから」


『相方と同じ速度で砂漠を走れる時点で、ぶっとんでなくて何だ?』


「おい、ディオを化け物扱いかよ、お前が化け物じみてるからって」


『へへへっ』


「ああ、盾師! すれ違いだな、そうなんだな!?」


呪いの本が愉快そうに笑った時、通りすがりの商人が駆け寄って来る。

そして神殿の方角を指さしていう。


「かみおろし殿が、黒髪の青年に付き添われて、神殿に行っていたぞ、きっとまた神々の介入で盾師とはぐれたんだろうと」


「本当か、見ててくれてありがとうな、おっさん」


「お前がかみおろし殿と一緒じゃない時は、商売ができない」


「ディオと一緒でもできるだろ」


「ディオ殿と一緒でも非常に安心だが、お前と一緒だとかみおろし殿の心は大体お前に向くからな」


「へいへい。ん? 黒髪の青年って、それは黒髪で褐色肌の若い男?」


「そうだ。面倒見の良い人らしく、沙漠の方からかみおろし殿と一緒に歩いてきた」


「その人、名前を言っていなかった!?」


盾師とともに周囲を歩いていた少女、ジーパが食いつく。商人は首をかしげた。


「そこまではわからないけれど、割と親切そうにしていたぞ。使い古された弓矢を持っていたけれど、その弓に反時計回りの渦巻きが書いてあったな。それに涙が二つぶ」


「マーレンだわ!!」


一緒に歩いていた女性が、喜びの声をあげる。そしてぜいぜいと息を切らしていたマーニャも膝をつき、神に感謝を始めた。


「なんだ、あんたらの知り合いかい?」


「ええ、遺跡で」


「ああ、遺跡でかみおろし殿と一緒ってことは、無事に出て来て連れて来てもらった口だな。安心しな、かみおろし殿は年寄りと子供にやさしくて、男にはまともな対応だ。……ってことは、あ!」


ジーパがすでに走り出している。その後を追う女性。マーニャはまだ息が整わないらしい。


「おい、待てよ!」


盾師が後を追いかけようとし、ちらりとマーニャを見る。疲れている男が気がかりなのだろうが、聖騎士が告げた。


「お前は早くあっちに行け、あの二人が何の耐性もなくアリーズの近くに行けば、また大惨事だ」


「じゃあ頼んだぜ!」


ひらり、と大きな盾を持ったまま、盾師が軽やかな仕草で走り出す。跳ぶように走るとはこのことで、どんどん先を行く女性たちに追いついていくのを見て、聖騎士はマーニャを担いだ。


「昨晩は心配のあまり、寝ていないだろう。砂漠で無駄に体力を消耗するのは、あまり褒められないだろう」


「何から何まですみません……」


「俺としては」


とても静かな声で、聖騎士が案ずる言葉を口にする。


「彼が、勇者と出会ってまた、大変な思いを抱かないといいのだが」


「……?」


「アリーズは、勇者が大嫌いなんだ」


「……!?」


「その名前が、というだけだろうが。アリーズの中で、それは非常に重く苦しい地獄を思い出させる単語なんだ」


走りながら、聖騎士が淡々と言う。


「ナナシはそこまで思いついていないだろう。だが、アリーズにとって勇者は鬼門の一つだ」


マーニャにはわからない物だった。誰もが求める勇者の肩書を、鬼門とするかみおろし。


「それに加えて女性の格闘家と術者」


走る速度が速まる。


「何を思い出してしまうか、分からない組み合わせだ」


何を思い出したのか、眉間にしわが寄った聖騎士は、確実に神殿まで近付いていた。






「マーレン!」


「お待ちください、待ってください、あなた方! そちらに行くのは許可が必要なのですよ!」


「私たちの勇者がここにきているのよ! 何を邪魔するの、退きなさいよ!」


神殿の入り口から進んで、いよいよ聖域に近付いた廊下では、そんな騒ぎが起きていた。

その騒ぎの中心人物たるジーパは、もうすぐ大事なマーレンに会える、と神殿の関係者たちを振り払って走って行く。もともと荒事の苦手な神官たちは、薙ぎ払われて壁に叩きつけられ、動けない。


「おい、あんたら大丈夫か!?」


ジーパと女性が走って行ったあと、追いついた盾師が慌てて手を貸すと、神官が言う。


「あちらにかみおろし殿がいるわけですが、今のかみおろし殿はとても揺らいでいらっしゃる! なのに女性が近寄って何か言ったら!」


「まじいなそりゃあ。……あんたら放置して、あっち行っていいか?」


「ええ、お願いします! あなただけがかみおろし殿の生きた盾なのだ」


「わかってるよ」


なんとも言えない笑みを唇に描いた盾師が、弾丸のような速度でかけていく。

いつもアリーズが案内される。癒しの聖域の中核部分の部屋の方から、罵声が響いていた。




「あんた、さっさと離れなさいよ、汚らしい!」


マーレンが呆気に取られて固まった時、仲間のジーパが、彼にもたれかかっていたアリーズを引きずり倒し、抵抗を一つも出来なかったアリーズを部屋の隅に放り投げた。

そしてマーレンの手を取り、涙を目に浮かべて問いかけてきた。


「気持ち悪い男に襲われて怖かったでしょう、マーレン! あたしが来たから、あんな薄汚い奴に指一本も触れさせないわ!」


「違う、彼がたすけ「マーレン! 無事でいらっしゃいましたか! 何ですか、このずた袋みたいな男の人は!」


後から駆け込んできた女性にまで、ひどい言われ方のアリーズに、マーレンは顔をしかめた。

そしてジーパの手を振り払い、アリーズのぼろぼろの体に腕を伸ばした時だ。

閃光のような速度で、何かが部屋に転がり込んできて、マーレンとアリーズの間に入った。

それが強い静電気のような衝撃を与え、マーレンの手がはじかれる。


「おい、アリーズ大丈夫か!? 変なところ打ってないだろうな?」


盾の向こうから、若い女の声がする。マーレンは、その盾の後ろに回り込もうとし、見たものに絶句した。

若い女の声の主は、白い白い女だった。双眼が銀色に煌き、肌も血の気がないほど真っ白。遠い伝説上の存在、雪女を思わせる色合い。身にまとう物はありふれた装備で、女はそれでも度を越えてきらぎらしかった。

その女を認識したアリーズの両目から、ぽろぽろと涙がこぼれて落ちていく。安心したような呼吸をし、ふええ、と泣き出す。


「たてしぃ」


「ああ、おれだ。大丈夫か、部屋の隅に転がっていて、痛くなかったか? 傷は? 怖い事はなかったか、大丈夫、おれがここにいるだろう? ここにおれがいるんだから、お前に怖いことはもう来ないだろう?」


絶対の信頼がなければ、こんな事言えない。そんな言葉を連ねていく女に、アリーズのひび割れた詰めの隻腕が伸びて、ぎゅうぎゅうと女の細い首に腕を絡めて、ぐずぐずと泣き出す。


「びっくりした、すごく」


「うん、うん」


「マーレンから、余計な物を剥してたのに、投げ飛ばされて、わけがわかんない」


「うん。そっか。そっか。でももう大丈夫。おれがいる」


余計な物? マーレンはそれの意味を問いかけようとし、急に体に襲い掛かってきた信じがたい重圧に、膝をつく。

何が自分に起きているのだ? と問いかける前に、アリーズが言う。


「マーレンに、盗聴とか、盗撮とか、そう言うのの術が張り付いてたから、剥してたのに、途中で投げ飛ばされた。途中だからマーレンが押しつぶされる」


駆け寄ったジーパが悲鳴を上げる。それと同時に女性が懐から財布を取り出した。


「え、ええっ!? マーレンしっかりして、そうよ、ここには凄腕のかみおろしがいるんでしょ? そいつにお金を積めば」


「そ、そうですね! ……実際はおいくらくらいかしら?!」


世知辛い世の中を知っている女性たちの発言に、アリーズが縮こまって、盾師と言う女の腕の中に隠れる。

女が目を伏せ、それから優しい声で問いかけた。


「アリーズ」


「うん。」


「な?」


「うん」


待ってくれ、それだけで会話が通じるのか? とマーレンが疑問に思った時、アリーズの両目の中に、得体のしれない何かが泳ぎだした。

ずしん、と言う言葉が出てきそうなほど、その部屋の空気の密度に似たものが増す。まるで海のそこのように、体の自由が利かない。重さに似ていて非なるもの、何か……人間が発さない物が、現れだす。

そしてアリーズが、女の腕の中で、ためらいもせずマーレンに手を伸ばした。

その指先が触れた瞬間に、マーレンの意識の中に、アリーズ以外無くなる。

アリーズと自分以外世界に何もないような、そんな妙な心地はひどく気持ちが安らいだ。

べりべりと、何かが引きはがされていくのが伝わって来る。それらが術の残りなのだろうと、漠然と分かるのはそれらが、詠唱の一部だから。

それは数秒の事だったらしい。

ぽん、と急に船から放り出されたように意識が宙を舞い、マーレンの意識ははっきりとした。

空気の密度が戻る。マーレンは体を起こした。


「マーレン、大丈夫!? あいつ、マーレンになにをっ!」


「……金貨六百枚な」


ジーパが食ってかかった時、さらりととんでもない金額が掲示された。

ぎょっとする誰もを無視して、腕の中にかみおろしを抱えた盾師が、静かに言う。


「世の中金だけじゃねえんだけどよ、あんな扱いしていいように使おうってんだ、金払いはいいんだろう?」


「……いらないよ、マーレンは、友達だもの」


「……あーあ、少し脅してやろうと思ったのにお前正直すぎ」


「だってマーレンの心臓に悪い」


「お気に入りだな、マーレン。勇者だぜ?」


「マーレン格好いいから」


じゃれる声で、盾師とアリーズが会話を始める。どうやら高額な金額は、脅しというか冗談だったらしい。それにほっとしながら、マーレンは自分がとてつもなく幸運だとうっすら気付いていた。ほかの二人はともかく。


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