階位=だって知らない物は知らないんですが。
おれの言葉に、周りは数秒以上固まった。たっぷり一分固まった。だって時計とかいう、一周回ったら一分のやつの細い針が一周したんだから一分だ。
「凡骨、最初にもらったギルドの資料は誰かに読んでもらったか」
「大事な所だけ」
「ちょっとまて、ランクが大事じゃないってどんな基準の馬鹿だ!?」
マイクおじさんが悲鳴を上げている。ジョバンニさんは天井に顔を向けて絶望的な雰囲気だ。
呆気に取られているカーチェスと、噴出したのはお兄さん。
「なるほど、なるほど! 知られては困る事を言わなかったのだろうな、そいつらは。自分のソロの階級がどれだけ高く、引く手あまたか気付かせないためにはいい手段だ」
笑っているお兄さんを見て、おれはぱちくりと目を瞬かせた。お兄さんの言いたい事をまとめればおれは……
「あいつらに、大事なことを隠されていたって事ですか、お兄さん」
「そうだな。ここで簡単に教えると、この街のギルドの階級は鉱物の名前を基準にしている。より固い鉱物の名前である事が、階級が高い事を示す」
「蛍石は結構柔らかいですよね、で、鋼玉は結構固い」
「そうだ。お前だけの実力でいえば、上位の鋼玉。ただし書類を提出する義務があるチームランクははるかに下の蛍石。と言えばわかるだろうか?」
「え、おれ上位なの? あいつらおれの事、役立たずの低級盾師って言ってたのに」
「書類を提出しなければ、上がらないからな。そいつらもチームランクがいつまでも上がらないから、お前を低級だの役立たずだのと言えたのだろう。お前がきちんと書類を提出できるならば、そんな事は言えないしさらに……」
お兄さんはくつくつと笑いながら続けた。
「お前一人がズタボロのまま、あちこちにミッションに向かっていれば、誰しもがお前一人に危ない事を押し付けて、うまい汁を吸う屑パーティ、と認識されるからな」
確かに、一人突出したランクの奴がいて、そいつが常にぼろぼろでほかのメンバーが無傷だったら、お兄さんが言った事と同じ事をおれだって思ったに違いない。
「マイクおじさんが言った事によれば鋼玉は上から二番目? その上って何?」
「金剛石。最上級の称号だ。お前はソロならそれに手が届くだけの実力を持っているんだ。ただチームランクを上げる際に必要な書類を出せないから、階級が上がらないだけで」
マイクおじさんが言うけれど、おれはちょっと疑わしい気がしていた。
「その一番上の称号だったら、チームランクはどれくらいになるの?」
「個人の能力にはばらつきがあるから、同じ金剛石でも一概に同じチームランクにはならないが……下から三番目にはならないぞ、最低でも中間以上になるはずだ」
「なんで?」
「単独行動が得意な奴もいれば、協調性がない奴もいるだろう。人間嫌いもいれば性格が悪くて団体行動では問題を起こすとか」
お兄さんの解説を聞いて、なんだかおれは納得した。
「じゃあおれは、マイクおじさん」
「お前はチームランクは金剛石だ馬鹿野郎!」
マイクおじさんの方を見て聞くと、おじさんはやけくそのように叫んだ。それを聞いたジョバンニギルドマスターがぎょっとした。
「ソロよりもチームの方が上だと? マイク、何をもってそんな事を断言する」
「こいつのやってきている事を全部総合した結果ですよ。こいつが加われば弱小チームも上位に繰り上がれるだけの環境になるんです。考えてくださいよ。多方面に注意力を分散する戦闘と、一方向のみに集中し、防御を何も考慮しなくていい戦闘。どっちが戦いやすいかなんて一目瞭然でしょう。こいつはそれをやれてしまうんです。自分はぼろ雑巾でも、仲間を守るために動ける。そんなトンデモ盾師なんですよ、こいつ」
「確かにそこまでできる盾師は、金剛石の中でも一握りだな……たしかにチームランクを金剛石に繰り上げる事に問題はなさそうだ」
「書類かけなくても?」
「そこだな……ちなみに何故書類が書けない」
「文字も数字も一つも理解できないからです」
ジョバンニギルドマスターが口をぽかんと開けた。
「ジョバンニ、“無知の防御”だ」
お兄さんが我に返すために言った一言で、彼はまた叫んだ。絶叫である。
ここ防音されてんのかな……と気になった。
「あれが実在するのか!? 実在すれば保護して、ギルド直属にするのがどこのギルドにも厳命されている能力だぞ!?」
「実在しているんだから仕方がない。だが……私は子犬を誰にも譲る気はないぞ。ようやく見つけた番犬だ。同じだけの番犬など見つからない。吹雪く粗大ごみ置き場に捨てられていたのを拾ったんだ、この子犬は私の物だ」
お兄さんがおれを軽く抱え込んで言う。ジョバンニギルドマスターは歯ぎしりせんばかりの顔になった。
「砂漠の隠者の飼い犬なんて、手出しをすれば三倍返しだろうが! 手を出す命知らずがいるわけないだろう」
この流れるようなおれの犬扱い。誰も突っ込まないというか、おれが納得してるから突っ込めないんだね、マイクおじさん。顔が微妙な感じに引きつっている。
「お前はほかの二人のギルドマスターに通達しておけ。通達して手を出す馬鹿たちではないと思うのだがな」
お兄さんが不敵に笑う。その笑顔がとても素敵です。
なんか、おれが守るのに、おれが守られているみたいな気分になってちょっと変な感じがするけれど、不愉快じゃない言葉だ。
おれは物理的な敵からお兄さんを守って、お兄さんは権力とかからおれを守る。
つり合いは取れていそうだと思うな、うん。
なんて思っていれば、カーチェスが言う。
「“無知の防御”ってお伽噺にだけ出て来る、漂泊の民の能力ですよね……?」
「事実としては違うだろ、おれ漂泊の民ってやつじゃないし、定住してたし、条件が揃えば発揮できる力なんだと思うぜ」
おれが言うと、周りが突っ込んだ。
「文字を教えないという考え方がすでに、一般的ではない考え方だからな」
おれを皆して信じられない生き物のように見る。異常な相手を見るようだ、でもい。
お兄さんだけが、柔らかい瞳でおれの反応を見ている。その瞳で、不意に思い出したものがあった。
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『お前が幸せになるためのまじないだ、覚えておけ、愛しい子』
あれは一体いつだったか。歌物語を語る親父が笑って言う。歌を歌いながら、小さなころのおれの頭をなでながら言う。
『お前はそのうちとても強くなる、母さんが強いだろう?』
事実目の前で母さんが、竜の小型な奴を一撃で殴り倒していた。
どうやら若いらしくて、こっちの縄張りに入ってきたのだと親父が語る。
若いのは、力で示せば遠ざかるから、簡単なんだ。
何て言いながら親父がまた言う。
『愛しい子、お前に掛けたまじないはとても強い代わりに、とても脆い。いいか、そのまじないを持ち続けたかったら、文字なんて覚えないように気を付けるんだ』
「読めなくても生きていけるもの、覚えなくていいよ」
おれはその時そう言った。親父が笑って、ならいいんだという。母さんが激闘の末竜を退散させて戻って来る。
『あなた、本当にそういうところあるわよね。愛しい子、あなたは父さんと母さんの子供だからきっと、これから困難な道も歩むわ、でも忘れないで、父さんも母さんもいつだってあなたを愛しているのよ。大事なの。だから父さんと母さんが使える、一番強いまじないをあなたに使うの』
「よくわかんないけど、二人とも大好き」
餓鬼臭く笑ったおれは、その後父さんが、同族の恥知らずとして惨殺される事も、その証の子供を殺すためにハイエルフの腕利きが来る事も、それから逃れるために、襲ってきたハイエルフを皆殺しにして、母さんと逃亡する日々が始まるのを。
まだ知らなかった……
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でもおれは二人をちっとも恨まない。二人は愛してくれたし、一番大事な咒でおれを守ってくれたからだ。
だからおれは皆に言う。
「でもおれはおかげで、今まで魔法の殆ども呪いも通用しなくて、便利でしたよ」




