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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
122/132

凍結=巻き込みたくないんだ。

修正終了しました。話違います。矛盾直したらこうなりました。

「九つの枷って何だよ」


「ふるーい封印術かな? 言ってみれば。神々でも抑え込める、三人の立会人を必要とする雷鳴をともなう術。これで押さえ込めないものはないって当時言われていた、今じゃ際限不可能とまで言われるもの」


「それをどうしてお兄さんが」


「僕は隠者じゃないからわからないけど……」


アリーズが空を眺めながら言った。


「力を表に出さないためじゃないかな、でもこれはとても大変な術なんだ。使った人間は魂の形が変わってしまう」


「それでどうなるんだ?」


「生き方とかあり様とか、その人が持っていた物ががらりと変わるね」


だからお兄さんが、記憶を失った時、全く違う性格になったのか?

一瞬だけちょっと能天気な事を思った時だった。

ばきん、なんて言う音が自分のすごく近くから聞こえた。

冷たいな、なんだ? なんて思ったのは一瞬で、次に頭を支配したのは、痛覚を直撃しているようなしびれだった。


「!?」


痛みかしびれか、もうどっちだか分からない場所を掴む。掴んだ自分の腕は、冗談じゃないほど冷え切っていた。

冷えているなんて軽い言い方だ、これは凍り付いているような感触だ。

氷の中に指を突っ込んでかき回したって、こんなに痛い感じはしない。

指先から凍っていくのがこんなに痛いなんて、思わなかった。


「づぁ!」


言葉にならない声が、勝手におれの喉から出てくる。

おれはそこでやっと自分の腕をみて、余計に頭のなかがぐちゃぐちゃになった。

どうして、おれの腕、凍って霜がはりついてるんだ?


「ナナシ!?」


おれの腕を見たディオが、目を見開いて叫ぶ。


「なんだ、どうしたんだ! どうして凍っているんだ!」


「触るなディオ、巻き込まれる!」


叫んだディオが伸ばした指先を、力いっぱい凍っていない方の腕で払う。

祓った指先から、粉雪に似たものが舞い上がった。でも聖騎士を凍らせる事はないらしい。

ただしその、一瞬の冷たさは、聖騎士をほんの数秒ひるませた。

滅多にひるまない男を、だ。

おれの指からこぼれた粉雪みたいなものは、周りの空気の温度で溶けていく。

それでも、おれの周りは細かい氷が踊りだしている。

まるでお兄さんが、寂しんぼうの制御が出来なかったときみたいだ。……みたい、じゃない。

そっくりそのまま、模倣に近いものが、おれの体からあふれ出て来ているんだ。

それに気付いてぞっとした。

お兄さんの寂しんぼうが、簡単に宿主を変えるものだとは思えない。

だったらこれは別物だ。

違うなら何なんだ、呪いなのか? 呪いならどうしておれにかかる?

そこまで思って、不意に頭の中に、お兄さんの口の中を噛み切った事が蘇った。

呪いとかじゃないなら、お兄さんの血に反応しているんじゃないか。

血に反応するちからと言う物が、この世にはあるって師匠が言っていた事があった。

アリーズが言っている九つの枷がなんだか、おれは知らない。でも一つだけ明確なものがある。

浄化の凍て人……たぶんお兄さんの事だ……がそれを外したという事だ。

枷が外れた事で、お兄さんの中で暴走が始まって、それにおれの体の中にまだ残っている、お兄さんの血の力が、呼応しているとしたら?

この状況は、あり得る気がした。

だったらおれはどうすればいい?


『くそっ! 隠者の中身が制御を失って、相方の方に流れ込んでいやがる!』


頭の中がめちゃくちゃになる。どうしたらいいのかが分からない。

そんな時、おれの腰のあたりで、呪いの本が舌打ちしそうな声で言った。


「どういう事なんだ!?」


ディオが怒鳴る。


『どうしたもこうしたもくそもあるか! 枷を外す時に隠者の器としての機能も損傷しやがったんだ!』


器からどんどん、中身が移動していやがる!

呪い本は苛立たし気に怒鳴った。移動ってなんだ。

おれには、呪いの本が言っている事はちゃんとわかってない。

でもお兄さんが寂しんぼうの封印の器として壊れてしまって、中身がおれに流れてこんできているのは、伝わってきた。

そこではっとする。お兄さんいま、どうなってんの?

怪我とかしているのか?

でもそうしたら、こんな軽い事じゃすまない気がした。

それに、アリーズは正直だ。九つの枷が外れた、なんて遠回しな言い方じゃなくて、お兄さんが死んだと、はっきり言う。

どうなってんだあっちこっち。


『くっそ、隠者が相棒につないだ契約が強すぎる、俺様じゃ切れない! 剣士、俺様を相方から引きはがしてくれ! おいらが凍って消えちまう!』


それを聞いたおれは、まだ凍ってない方の手でアメフラシ状態の呪いの本を、方向も確認しないでぶん投げた。

そしてそこで、痛みが倍増した。

呪い本が、その力でお兄さんの中身をある程度せき止めていたんだ。

痛みがその事実を伝えて来る。おれの中に急な勢いで、何かが流れ込むのを感じる。そしてそれが、激痛を走らせる。


手が痛い、腕が痛い、痛い範囲が広がっていく、しびれていく範囲も同じだ、早く考えなければ、


無名の障壁はもう持ってない。無知の防御は、お兄さんの力を知った今発動しない。

このまま行ったら、おれに触った誰かも、巻き込んでしまうかもしれない。まずい、ここにいちゃいけない、人の少ない所に、いたい、くそ、苦しいなんてめったに思わない、痛い、冷たい、頭の中が貫かれるように凍い、凍い――――――――


ここを離れなければ。


祭壇から飛び降りるまでは、ほんのひと瞬き程度の時間だっただろう。アリーズが慌てふためいた顔で一生懸命に、誰か友達に力を貸してもらっていたのが目の端で見えた。

おれの凍結の進度を遅らせていたんだ。いつの間にか手や足に巻き付いていた淡い金色の光が、そうだと告げて来る。フセグ=遮断だ。それもかなり上位の力を使っている。

本当は、完全に力の流れとかを遮断するものなんだろう。

でも。

お兄さんの寂しんぼうの方が、はるかにその力を上回っている。


「動いたらだめだ! 走っている相手に、友達は遮断を使えないんだよ!」


アリーズが叫んでいる。おれに呼び掛けて、止めようとしている。

でも飛び降りたおれは、その冷たさで皆が下がっていくから、とにかく猛然と走った。はやく、はやく、人のいない所に、これで誰かを凍らせたらおれは、自分を一生許せない。

頭の中で、氷の中で死にそうな顔をしたお兄さんが浮かんだ。

ああ、とそこで気が付いた。


お兄さん、あなた、死ぬ時おれを道連れにしたかったんだな?


「ナナシ!!!」


おれが馬鹿みたいに走っているのに、誰かがしゃにむに追いかけて来る。


「追いかけて来るな、巻き込んじまう!」


余裕がないから、誰の足音なのかわからなかった。だからとにかく、巻き込みたくないんだと叫んだ。


「またお前を見殺しにするような真似ができてたまるか!」


怒鳴り声がおれにいう。それはディオの声だった。またって、お前が一体いつおれを見殺しにしようとしたんだよ。

助けてもらってばっかりだったぜ、おれ。いままで。

そんな事を考えた瞬間に、凍る速度が速まった。痛みも増す。そう言う考えを許さないと言うように。

大通りを抜けて、細かい入り組んだ道を、しっちゃかめっちゃかに走っているおれたち。

なんとかしてあいつを撒かなければと思うのに、足が速すぎて撒けない。撒くだけの距離を作れない。あいつ、なんつう体力してるんだよ!?

いよいよ追い詰められてきたおれは、視線の先に、地下水路への入り口を見つけた。

あれに入れば、ディオをあきらめさせられるか?

痛みで頭がよく働かない、でもあいつまで凍らせちゃいけないのだけは、はっきりわかっていた。

お兄さんの力がどこまで働くのか全く分からないんだけど、それだけはくっきりとわかっていた。ディオを巻き込めない。

お兄さんの無理心中に、ディオを巻き込むわけにはいかない。

アリーズの次に大事な男だ。

おれは地下水路へ突っ込んだ。がしゃん、と言う音とともに、腕ごと凍結していた魔王の遺物の盾が、いくつもの破片になって水路に流れていった。

お兄さんの術は何でも凍らせる。浄化させる。呪いの本だって凍るから嫌がった。

魔王の遺物も、凍って力を失うんだろう。

自分の相棒に等しかった物が流れていくのに、おれはどこか他人事のように思った。

頭の中身まで凍っていくみたいに。

身一つの状態で、おれは地下水路の中に転がり込んだ。

暗い中をとにかく進む。進んで進んで、戻る方法なんて考えなかった。

誰かをこの凍結から巻き込みたくない、じゃなくて、ディオを巻き込みたくない、といつの間にか考えが変わっていた。

そして地下水路に入ったのはあたりのようで、足音が反響するからか、ディオの気配が遠ざかる。

おれは地下水路のなかにある、行き止まりに座り込んだ。

座り込んだ途端に、手が足が、がたがた震えて、歯の根が合わなくなって、寒い、何て言う言葉がどっかと奥に投げられてしまう感覚に襲われた。

こういう時に役に立ってくれた相方は、いま、どこにいるかわからない。だって消滅させたくないから、ぶん投げた。きっとあいつはどこかで面白い主を見つけてくれるだろう……

笑うに笑えず、震えすぎて歯がカチカチと鳴っているせいで、言葉が出てこない。たぶん喋ろうとしたら舌を噛む。それも思いっきり。

体の凍結の進行はかなり進んでいて、体の半分近くが凍っている気がする。

意識がなくなったら本当に終わりだから、意識を持たせるために、いつか習った盾師としての息の仕方を繰り返す。痛みはとっくに限界を超えたらしく、もう痛くない。これがまずい状況だなってはた目からでもわかるだろう。

どうしてお兄さんの力はおれを道連れにするんだろう。その理由はまだわからない。考えても考えても、ちゃんとした正答にはたどり着けない気がした。

おれとお兄さんは考え方も、願いも、生き方も、何もかもが違っていたのだから。

そうだ、きっと。

こんな状況でおれは、気付いてしまった。


「おれもお兄さんも、お互いをちゃんと見てなかった」


笑っちまうようなその真実。おれは見たままのお兄さんしか知ろうとしなかった。

お兄さんは、自分の考えている忠実なおれ、を俺に投影していた。

アラズのその名前が、実は最初から全部伝えてたんだ。

記憶を失ったお兄さんは言った。アラズは全てを否定する。……すべてを否定するって意味わかる? おれの何もかもをなかった事にするって意味だ。

お兄さんは、おれの生き方を否定したのだ、名前を付けたあの瞬間。

『アラズの守りの名を』

あれは最大の問いかけだったのだ。

一つ事実が分かれば気付いてしまう最大の侮辱。

アラズは”盾師”を否定した名前だった。

おれの生き方を、お兄さんは、認めないとあの時実は、告げられていたのだ。きっとあの時試されていた。

おれの反応を、つぶさに見ていたに違いない。

気付かなかったから、知らなかったから、その名前を受け入れたおれを、お兄さんはどう眺めてたんだろう。

扱いやすいとでも思ったかな。

だけどきっと行動とかは信じてくれていた。やる事に対しての信頼はあった。実力は、認めてもらっていた。

でも、それらを導き出すおれの心の在り方を、結局見てくれてなかったんだ。


「だから……だまし討ちで婚姻の儀式に似たものを結んだ」


おれが寝ている間に上着を交換して、一緒に寝て、名前を呼び合わせた。

気付かれないうちに、つないでしまえばこっちのものだと、思っていたのだろうか。記憶がなくなったお兄さんの性格が本性だったら、やりそうだな、と頭の片隅で思った。

言ってくれていたら、おれはその時なんて答えただろう。

きっと、番犬の契約では足りないんですか、と真顔で聞いたに違いない。

そうやってものを考えていく余裕も、そろそろなくなりそうだった。

おれの周りには氷の柱が立っていて、おれ自身もじきに氷に飲み込まれていく。地下水路だから、湿気や水分は十分にあるんだ。

意識を燃やして戦いに挑もうとしても、その意識自体が凍らされ始めてる。削られていく理性や色々な物は、本当に苦しい。

そんな時だった。


「ここにいたか!」


足音を隠しもしない速度で、ディオの声が水路に反響した。薄れていく意識の中でも、ディオの手の中の呪いの本が、すごい光を放っているのが見える。

あいつを使って、探したに違いなかった。さっきと同じ方法だ。

見つかってしまった。離れなければ、と思う心とは反対に、体が指一本分も動かなかった。


「ナナシ、意識はあるか!」


前髪を掴まれる。乱暴に見えるかもしれないが、顔を見るにはこの方が早い時もある。

おれの眼の中に、まだ意識を見つけたんだろう。

ディオがおれを氷の中から外そうとする。

でも凍る力は、おれの内側からしみだしている力だ。

外そうとする彼の籠手にも、霜が巻き付き始める。

彼の顔が冷たさに歪んだ。おれよりも寒さに耐性がないんだ、人間だから。

きっと、すごくすごく、痛い。感じなくなったおれより、きっと。


「だ、めだ」


この男を凍らせてはならない。おれはあらん限りの力で、聖騎士の腕を払おうとして、失敗した。


「何がだ!」


氷があんまりにも頑固だから、苛立ち混じりに、聞いた事のない発音の呪いの声をあげて、ディオクレティアヌスが怒鳴る。

そうやって、おれの意識をつなぎ合わせようとしてくれる。

ああ、やっぱりお前は、いい男だな。


「おまえ、まきこむ」


「お前を殺す方が問題だ!」


「やだ、でぃお、いうこと、きけ」


この口で、まともに働かない音をならべて、どれだけお前に伝わるだろう。

おれはろれつの回らない舌で、それでも言葉を続けようとする。

誰も巻き込みたくないんだ、特にお前を巻き込みたくないんだ。

お前は優しい奴だから、優しい奴だから。

お前みたいな温かい奴を、凍らせたりしたくないんだ。分かってくれ。

おれの懸命な言葉は、ちっとも口から出て来てくれない。そんな力がもう、残ってないんだ。


「駄目だ、そんなもの聞けるわけがないだろう!!!」


霜がどんなに手を覆っても、体のあちこちに氷が張りついても、ディオはあきらめてくれない。

おれを見捨ててくれない。

ああ、おれは、こういうやつだから、

眼の中が急に熱くなる。涙が流れていくのが分かる。流れた傍から凍っていくそれを、誰より優しい聖騎士が、目を見張って見つめる。

これだけ、最後に、言っておかないとおれは死んでも後悔しそうだ、だから言った言葉。


「すきなんだ」


巻き込みたく、ないんだ。

おれの言葉が何かのきっかけになったのか。

おれは、迦具の焔の欠片を、見たような気がした。緑の瞳の中に、何かが燃える。見覚えのないそれはきっと、ずっとずっと燃えていた。

ごうごうとぼうぼうと燃え盛っていた、みどりの火花を散らす火焔は、そんなにも強く燃えているのを、誰にも気付かれないでいただけだ。

綺麗だなって、こんな状況なのに純粋に思ってしまった。

男の目がきれいだなんて思うのは、これで三人目だ。

でもこの目は、他の眼と違う。何かと言われたら、わかんないけど。


「いっそう死なせない理由が積みあがった」


相手の吐き出した真っ白な呼気の中に、息じゃない物が混ざっているのは気のせいだろうか。

眼の中の炎が、息に写り込んだように、みどりの火花が散る気がした。

瞳がおれの背後を睨む。おれの真後ろに、何かいるみたいに。それを視線で切り刻もうとするように。

その視線の鋭利さをうけてか、何かが、ほんの一瞬だけ揺らいだ。

そしてそれを、見逃す到達者じゃ、なかったのだ。

氷とおれを剥すために何度も使われていた、ディオの頑丈な剣がまた一回氷を切ると、まるでそれに重なるように、おれの内側からしみだしていた寒さの根本が、ぶつっと斬れるのが分かった。

斬れたとわかったその瞬間に、一日で何回見てるんだかわからない位見ている、転移陣の模様が輝き、おれとディオはどこかに飛ばされた。

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