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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
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説得=見つからない言葉の群れ

大きく見開かれた瞳に、俺は何て言えばこいつはついてくるのだろう、と考えてしまった。

この瞳はあまりにも躊躇がなくて、そして驚いていた。

どうしてここにいるのだ、とその光る白い瞳が問いかけて来るのだ。

いたたまれなさが半分、こいつを連れていかなければ、と言う使命感が半分。

このオーガ混じりを連れていかなければ、俺の大切な主はどこかに消え失せてしまうのだ。

口を開く、さて、何と言えば、と迷ったのも気付かなかったのか、アラズが近付いてきて肩を掴んでくる。

思い切り掴んではいないのだろう、手加減をされている。

おそらく加減なしに掴めば、この肩は砕けてしまっているのだ。

こんなところで、このオーガ混じりの実力を感じたくなかった。あまりにも俺と違い過ぎる。

こういった箇所で、己があの方にとって足りないなど、痛感したくなかった。

あの方を守るには、これだけのものが必要だと言われているような気さえして来る。

そんな俺の思いとは裏腹に、アラズは信じられないと言いたげな声で言ってくる。


「あんたがここに来たらいけないだろう! お兄さんの所にいなくちゃ、お兄さんを一人にするつもりなんて考え、あんたにはないだろう?」


お前にはあったのか。あの方を一人にするつもりがあったのか。そんな疑問が口を突いて出そうになるものの、相手の瞳の中にそれはなさそうだった。

おそらく、こいつは何かを選んで何かをあきらめたのだ。

ちらちらと、大柄な聖騎士の後ろに隠れながらこちらを見ている、金髪のあの勇者が、その選ばれたものなのだ。

なぜ、こんなろくでもない相手を選び、俺の誇らしい主を選ばない。

心に芽生えたのは、いら立ちに似たものだった。


「俺じゃあ、だめだった」


俺では側にいられない、その言葉を言わなければ通じないのが、忌々しかった。

カルロス様ではない男を選び、去って言った相手に言う言葉だと認めたくなかったのだ。

だが言わなければ、何も相手に伝わる事はない。

無言で伝わるものなど、この世界には存在しないのだ。

伝えようとしなければ。


「は?」


オーガ混じりが眉を寄せた、意味が分からないと言いたげな顔だ。


「俺では、あの方の喪われていた十年の中で培った物に、遠く及ばなかった。俺がいてもあの方は一人なんだ。お前でなければ」


「おれじゃなきゃ? そんなわけないだろう?」


お前はお前自身の価値を知らなさすぎる。あの方にとってどれだけの価値があるのかを、お前はどうして知らないんだ!

このわからずや!


「いいや、お前じゃなきゃあの方は救われないんだ!あの方が、救われない、全てを思い出したあの方を」


ジョディを失った記憶、奪われてしまった数多の物。故郷の国に対する不信感。これからなすべきこと。

それらの重さに抗うためには、このちんちくりんが必要なのだ。俺ではなく、この白い盾師がいなければどうにもできないのだ。

少なくとも俺はそう感じてしまった。

あの笑顔が、沈黙が、俺にそれを伝えたのだから。

俺では側で支えられないと。


「逃げ出したあの方についていかなかった時点で、俺はあの方に相応しくないんだ……」


「なあ、相応しいとか相応しくないとか誰が決めんの? お前が勝手に決めてるだけじゃないのか? おれは少なくとも、あんたがいれば、お兄さんは一人ぼっちにならないって分かったんだけど」


「だが」


盾師の疑問に俺は答えられない。たしかに、相応しいなんてものを誰が決めるのだ。それは本来周りが決める事ではなく、当事者たちが決める事なのではないのか。

問いかけにまともに答えられない。こんな馬鹿なお人よしの言葉に、答えが見つけられないなど信じがたいが、事実だった。

いきなりの質問はひどく戸惑う物で、ぽかんとその顔を見ている時だ。

脇からいきなり、話しかけられた。


「すごいねえ、その人」


「は……?」


「一番、逃げ出すのに障害になる男を、遠ざけるのにこんな便利な方法はない」


話しかけてきたのは、片腕を失った勇者だった。俺をしげしげと見つめて、やたら感心している。


「国を出るのを止める人。自殺を止めてしまう人。遠ざけるのに簡単なのは、意味ありげな事を喋って、勝手に動いてもらう事だ。仕組まれたね。あなた」


海より深いあおいろが、俺を見てにこやかに喋る。

到底信じがたい事をだ。

あの方は、俺を遠ざけるためにこんな遠回りな事を?


「あなたがその人を大事であればあるほど、その人が行うだろう自殺未遂を許さない。でもその人はきっとすべてを終わらせたいと思っている。本当に邪魔だ。じゃ、あなたを遠ざけなければならない。それに……うまくやれば、たてしを連れて来てくれる。よく考えたね、あなたの主は」


金色の頭をしたその勇者は、人間とは思えない深い何か……まるでカルロス様の瞳のように、眼下に何かを揺蕩わせている。

それも、カルロス様以上の数のものを。寄り集まって、途方もない力をもったものを。

その瞳で、受け入れがたい事を、告げて来ていた。

俺を遠ざける? 


ナンノタメニ?


理解したくない事が目の前で言われている、ちがう、あの方は自殺なんてしない!

必死に頭を振れば振るほど、可能性が高い気がしてきてぞっとした。

こんな所で油を売っている場合じゃない!

だが俺だけでは、説得の余地がどこにも……


「……へえ、帝都」


「アリーズ、誰か知り合いが教えてくれたのか? 今そんな伝言は入っていないが」


「友達の一人がね、ちょうど帝都の祭りで呼ばれているんだってさ。初夏の、お日様が一番高い時に祝われる友達なんだ。“寒空の祝福”が帝都入りしたって面白がって教えてくれた」


「……俺の聞き間違いでなければそれは、夏至祭という事になるぞ? その祭りでは確か、穀物の神と帝都の近くの神山の神が祭られるはずだが」


「そこは聞いてないから知らない」


「聞けよ! アリーズお前ほんっとうにそこら辺の興味ないよな」


「だって友達だし、あんまりそんな物気にしなくても友達だし」


「だめだ、ディオ、おれじゃこいつに説明しきれない……」


「安心しろナナシ、俺もだ……こいつのおおらかさ突き抜け過ぎだ……」


「ちびと居合士、この餓鬼はただの阿呆だ」


「たてしのお師匠さま厳しいね、たてしの考え方とそっくり!」


考え出した俺の脇で、そんな騒ぎが起きている。……寒空の祝福? つまりあの方が帝都にもう向かってしまったのか?

あの方が、己が死んだ後の事を、帝王に伝えに?

帝国の王族でなければ、魂の深度が足りないなどと言う話をしてみろ、あの方であっても殺されて、次の器に、


「来い!」


「おわっ!」


間に合わなくなっては遅いのだ、あの方は死んだら蘇らない。俺は脇にいた盾師を掴み、帰りに使おうと決めていた短縮陣を発動させた。


「ちょ、ま!」


真っ白に染まる世界で、誰かが大騒ぎしていたが、それ以上に気になる事のせいで、あまり深く考えなかった。

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