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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
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返還=あるべき場所に戻される

「おいナナシ、お前に客だ」


「客って……客って師匠!? いってえぇ!」


「騒ぐんじゃねえその口に岩石押し込むぞ」


「扱いが酷い扱いが! いつも通りですがね!? がうっ!」


俺は一体何を見ているのだろうか。また、何度目かわからない事を思ってしまう光景が、目の前で繰り広げられている。

公国の精鋭、近衛兵を軒並み寄せ付けなかった、近衛兵相手には傷一つつかなかったあの盾師が、アラズが、三発も拳を入れられているのだ。

これを信じられないと思って何がおかしい。

あれだけ強く、付けいる隙なんてものがどこにも見えなかったというのに……今のアラズは、俺を背負って来たオーガに叩かれ殴られ、挙句の果てに楽しそうにげしげしと蹴られている。

手加減がされているのか、あれは? なんて思うやり取りだ。

どう見ても暴行……のはずなのだが、本人は痛みによる生理的な涙を浮かべこそすれ、ぎゃすかぴいすか、不平不満だけをぶちまけている。

殴っている方も殴っている方で、悪意の一つも見いだせない。

いや、あれがあのオーガの会話の手段なんじゃないかと思うほど、手が出されている。

見ているこちらがハラハラするやり取りだ。

事実、男が一人割って入った。薄い色の髪をした、鮮やかに緑色をした瞳の男だ。

緑の瞳とはこの地域では珍しい。砂漠で命の翠色の目玉は、あまりいないのだ。おそらく他所から入ってきた男なのだろう。

しかしこの沙漠の街に慣れ親しんでいる様子でもある。

余所から入って長いのだろう。きっと。

いやそれよりも、恐れるべきはその怖いもの知らずだろう。

あのオーガの実力が見抜けないほど、初心者ではないはずだ。あの男が身に着けている装身具の一つは、戦神の聖騎士の印だ。

あそこの聖騎士は、早々輩出されないで知られている。神殿の外に出れば、引く手あまたの実力者のはずだ。

戦神の修行……ウーガラッパと呼ばれるその聖域での修行が秘匿されている事も、その神秘性を高めることに一役買っているだろう。

それはさておき。

オーガとアラズの間に割って入った男が、見事な動きで振り下ろされた大きな手に、頭をわしづかみにされている。

それでも瞳は鋭く、オーガに恐怖するそぶりはまったく、ない。


「ナナシにあまり暴力を振らないでくれないか」


「暴力? なんだそのいじめっ子みたいな言い方」


「あなたは自分が何をやっているかわかっているのか!」


語気荒く言った男に、オーガが面白そうな瞳を向ける。


「お前が不愉快になるならやめるぜ。どうもこのちび弟子の扱いが、俺はすこぶる悪いと思われるらしいな」


「弟子? あなたはナナシの師匠に当たるのに、暴力をふるっているのか?」


男の瞳が一層鋭くなる。険しい色が明らかに非難しているが、オーガはどこ吹く風だ。


「暴力じゃねえな、これは」


「は? 殴って蹴って、どこが暴力じゃないと」


「盾師の修行の一環として、常に防御を行うってのがある」


話を変えられたと思ったのか、男の口元がひくりと動く、だがオーガは続けた。


「これはそれの軽い奴だ。そこのちびがちゃんと防ぐ気があったら避けられてるぜ、避けられない出来の悪いやつは、まだ手元で見習いやらせてらぁ」


「いや、師匠の手速すぎですからね? 避ける避けない以前の問題じゃないすか?」


「なんでお前は俺のななつ星は避けられて、ななつ星より気軽なこれは避けられないんだ? そっちの方が問題だろうが」


「……死なないから? うっげ! そこで裏拳入れないでください」


真顔で答えたアラズに入れられる裏拳、間に割って入った男を片手に持ったままの動きは、並ではなく素早かった。


「で、こんな芸人みたいな事やるために来たんじゃねえな、ほれ、お前の忘れもんだ」


男の頭を持っていた手を離し、男が着地するのを見ることもせず、オーガがあの盾を見せる。


「え、これまおうの」


「持ち主を恋しがって呪いを発する寂しがりだ、お前が迎えに来ないとすねやがった。だから連れてきたんだ。感謝しろ」


オーガが盾を突き出す。治りきらない傷口に似た色をした宝玉を中心に持つ、何か爬虫類系の皮と骨で出来た盾だ。

よくある見た目のはずだったが、妙に背中がざわざわと不安に駆られるものがある。


「でもこれ持ってて周りに影響が」


「出てないだろ。つうか今まででなかっただろ」


「だって師匠、これで破滅呼ぶって言ったじゃないか!」


「俺はいっぺんたりとも、お前が持っている事で破滅するなんて言ってないぜ?」


間抜け面になったアラズの脇で、ひょっこりと金髪がその盾を眺めた。


「わあ、その子、すごく喜んでるね。たてし、お帰りって言ってあげなよ」


「アリーズこれの通訳までできるのかよお前」


「できないよ? でも喜んでるっていうのはわかるし、これが“所有者を選ぶ”系統の祝福をされているのも見えるんだ。え? そう言う祝福って“持ち主から奪われた時復讐する”呪いと一緒? 友達さすが詳しいね! ……これはねえ、自分を一番上手に使う誰かを見定めて、その誰かに忠誠を尽くす盾なんだ。きっと作る時に、皮と骨の持ち主がそう言う風に祈ったんだねー」


「今までそんな話、しなかったじゃないかアリーズ」


「いま友達に聞いたら、見方を教えてくれたんだ。皆僕が色んなもの見えるの楽しいのかな……? 僕は知らない事が知れて面白いよ!」


金髪……泣いていた勇者がぱちぱちと瞳を瞬かせたのちに、ためらいもしないで指の落ちた手を伸ばす。

ばしん、と一瞬漆黒の何かが走り、その手をはじいた。


「ほら、持ち主以外はヤダっていうんだ。こういう道具の特徴だよ。こういうのは、一番簡単に呪いを霧散させる方法が、元の持ち主に帰してあげる事なんだ」


ひらひらと手を振って、痛くないと示しながら、アリーズが盾師に笑いかける。


「言ってあげなよ、たてし。おかえりなさいってさ」


「……」


流石のアラズも勇気が少々必要だったらしい。

だが。


「おかえり?」


盾を両手でつかみ、その盾に喋りかけた途端。

消えた事でわかる重苦しい何かが、ふわりとほどけたのが伝わってきた。

俺も喉をさする。なくなって初めて、それがどれだけ重たいのかが分かった気がした。

体にのしかかっていた重みは、消え失せて初めて探知できる呪いだったようだ。

盾はそのまま、アラズの背中に背負われた。


「あれ、あんたジョディじゃないか、お兄さん置いてどうしてここにいるんだよ!?」


そんな騒ぎが一段落して、アラズは俺の方を見ることになった。主に師匠が大きすぎて、その影に俺が隠れていただけと言う事実であった。


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