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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
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決意=決めた事、揺るがない事実

「……カルロス様、どうしても聞きたい事があります、よろしいですか」


「ああ、構わない。お前なら」


あの時に死ななかったお前ならば、何もかも答えてやろう、そんな音が聞こえた気がした。

なれば愚直に俺は問おう。


「あのオーガ混じりはそんなにも、飢えを満たすものでしたか」


虚を突かれたような顔、ってこんな顔ではないだろうか。

カルロス様の瞳の中で、泳ぐ何かも動きを止める。

静止した時……息がつまりそうなその沈黙の後に、カルロス様が噴出した。


「ああ、何を言い出すかと思ったら。それか、くく……」


その笑い方が、全ての答えだった。今ここにいる、大変な歳月を送った後のカルロス様には、あのオーガ混じりが必要なのだ。

それが明確に示された。あまりにもはっきりと、分かりやすい態度で。

あれが、勇者を何かしらのつながりを持った相手でも、カルロス様にとって必要なのは、あの白くて白い、オーガ混じりなのだ。

信じられない位に強い、あの白いお人よしなのだ。

俺では足りないのだ。その事が、その事実が信じられないほど頼りない気持ちにさせる。

カルロス様がくすくす笑った後に、続ける。


「あれは、己が凍るという事に恐怖を覚えない。私と言う異能に手を伸ばす。異形に笑う。私の眼の向こうを気味悪がらない。最後の最後にはすべてを持って庇いだす。答えはそれだけだ」


それだけ、とあなたは言いますが。俺は反論したかった。それだけなんて簡単な物言いですむものじゃない。

あなたの述べる「それだけ」がどれだけすごいものなのか、俺でもわかるんですよ、カルロス様。

続いて知ってしまうのは、カルロス様の瞳の中で、まだくすぶっている恋情に似た色の熱。

うしないにうしない果てたその先で、あなたは恋をしたのですね。

あなたは……あのオーガ混じりに恋をしたのでしょう。それが飢えを満たされた至福から来るのかはわかりませんけど。

あなたが欲するのは、真ん中のジョディが死んだ今焦がれるのは、そのオーガ混じりだけなんでしょう。

昔からのあなたを知る俺ですら、怖くて近寄らなかった、近寄れなかった。なのに、そんな物頓着しないで近付いて、凍ってもいいと傍による相手。当たり前に笑いかけて来る相手。

そう言った存在がどれだけ珍しくて素晴らしいか、想像がつくんです。

ああ、ここにいるカルロス様は、真ん中のジョディの事をようやっと乗り越え、そして……恋焦がれた相手に去られてしまったんですね。


「どうしてそんな真似ができたのだ、と言っても、きっと笑って当たり前の事としか言ってくれない。そう言う奴だった」


カルロス様の笑うような声が続ける。俺はその中に、引き裂かれるような恋しさを聞く気がした。

お前はどうして別の相手を選ぶ? 何故私ではない? と言う問いが。この方が決して口に出さないだろう言葉たちが、聞こえた気がした。


「感情を制御して触れなくても。凍らない相手だった。……こんな話は聞いても面白みのないものだな。ジョディ。私は近々ここを去る。お前は身の振り方をよく考えておきなさい。生き残ったお前にだけは、きちんと生を全うしてほしいと思うからな。……私はあの二人も自由にするべきだった。ああ、死んだあとなら好きかって言えるな。己の言い方ながら不愉快だ」


この方は、二人の死んだジョディの事を、己の罪だと思っている。

言葉の向こうが分かってしまったのは、長年の付き合いの結果だった。

俺たちジョディが選んだ道の結末も、この人は背負おうとしている。

傲慢で身勝手で、でも優しい。


「どこに行くのです」


「帝都へ。この体が壊れた後、私が押し込めるものの取り扱いについて、知らせなければならない事がある。……知った私の義務だ」


そして帝都からどこに行くのですか。

問いかけようとした声は出てこないまま、俺は従者のための続き部屋に入った。

ぐるぐると考えてもわからない。だが経験からわかる事もある。

カルロス様は、一人どこかに消えてしまうおつもりだ。

あの方が行ってしまったという事は、罪に当たるのかもしれない。でももう十分ではないのだろうか。

しかし、あの方は、殿下は、己の殺した二人のジョディの事を一生忘れないつもりだ。

多分、その傷を癒す相手だったあの白いオーガ……アラズまでもが、仲間だった勇者のもとに戻ってしまったから、自分は死なせてしまった二人の事を胸に抱いて、誰にも許されないように生きるつもりなのだ。

アラズ、お前はどうして勇者の方に行ったんだ。

机を殴る。無力だ、自分が無力だ、だが。


「あなたを一人どこかにさまよわせるのは、認めない」


あなたにアラズが必要なら、俺のやる事は一つだけだ。




公国の地下には、従者たちが隠密に使う転移の陣が存在する。そこに行くには条件があり、誰にも姿を見られる事なく、そこへ到着しなければならない。

俺は息を殺して、時に屋根にへばりつき、生け垣の中に隠れ、そこへ向かった。

必死に気配を探っていたから、誰にも見られなかったようだ。

発動条件があまりにも難しく、なかなか使用されない陣の部屋は埃と蜘蛛の巣その他もろもろで汚れている。

しかし俺を追い出さないという事は、条件を満たしたという事だ。

俺が願うのは、一つ。


「アラズの、オーガ混じりの所に連れていけ」


アラズのいる街に行く事だった。

泡がはじける音がするなら、こんな音だろう。そんな衝撃が複数響き、陣が鈍い藍色に輝く。

術の何かしらが、体にまとわりついてすさまじくしびれた。痛い、こんなにも痛い物なのか!

叫びそうになりながら、いや、叫んでいるのかもう? 誰かが扉を開けて入って来る……


「転移陣かよ!」


悪役声がいい、意識が暗く染まった。

次に目を覚ました時、誰かの背中に担がれている真っ最中のようだった。誰の背中だ。どうして背負われている?


「気付いたな?」


だしぬけに声がかけられて、肩が跳ねる。驚いたのは、こちらが起きている事にあっという間に気付かれたせいだ。暗くて何も見えないのにどうしてだ。


「心拍数で大体わかるぜ、驚くな」


「くさっ!」


相手の声を半分聞いていなかった。担ぐ相手は、羽織っている毛皮から尋常じゃない匂いがしたのだ。硫黄の匂いに似ている。だがもっと強烈な気もする、何だこの匂いは!


「我慢しろ、硫黄狼の毛皮だからな、どうしたって多少は匂うんだ。てめえ公族の使用人だな、何の目的があってあんな場所にいた? あそこは魔王の遺物の近くだ、近付けばえらい目に合うって知っているだろう」


「魔王の遺物は、地下に安置されていたんですか」


魔王の遺物の置かれた場所は、一般的使用人には誰も知られていないはずだ、この男はどうして知っている? いいやその前に、この男の背丈はどれくらいだ? 異常に高い気がする感覚に嫌な予感がした。


「あれは俺のちびに、独り立ちした証拠に持たせたもんだ、勝手にむしられて盗まれて、安置されても困る」


「俺のちび……?」


「俺の直弟子だ。俺の癖を一番覚えた。ついでに言えば、あの盾に一番気に入られた持ち主だな」


言葉をいくつか並べれば、誰を示すのかわかった。アラズの事だ、公国には勇者アリーズが持ってきた魔王の遺物しかないのだから。


「あなたは、アラズの師匠という事か」


「そう言う事になるな。あいつは取り戻すつもりがないらしいが、それじゃあ困っちまう」


「なぜ……?」


公国に置いておいて気にならないならば、公国に所有させてもらってもかまわないだろうに。


「盾がへそを曲げる。あの盾は、気に入った主の元で使われている間は、何の呪いも発揮しない。ただの性能のいい盾だ。ただし、無理強いで奪われた場合、その本質である甚大な呪いが目を覚ます。周囲の邪気を飲み込んで、己の中でより合わせて、悲劇や惨劇を引き寄せる」


何て言う物だ。さすが魔王の遺物と言うだけあって、とんでもない性能だ。


「あいつは聞こえていなかったらしいがな、盾はずっとあいつの事を呼んでいた。公国で一番近付いて、やっと取り戻してくれると思ったら神々の介入で去られたおかげで、すさまじいふてくされ方してやがる」


俺を背負ったまま、その大男は穴の蓋を開けて上がる。

月明かりに、その男の五つの角が輝いた。俺は絶句した。

純血のオーガが、その中でも凶悪で知られる五つ角が、俺を背負っていたのだから。

異常に大きい背丈だ。筋肉のつき方が半端なものではない。

体中に広がる傷の痕が、このオーガの並ではなかった人生を示す。

さらに言えば、その片手が握る盾から噴き出す、瘴気も信じられないほどだった。

普通なら昏倒するだろう密度の瘴気。なぜこんなものを持ち歩ける? なぜこんな状態で平然としている?

呆然としていると、穴から這い上がった部屋の扉が開いて、禿頭の男が現れた。


「ああ、ナナシのお師匠さんか? 転移陣が古い陣の発動に反応して扉を開けたから、様子を見に来たんだ。あんたがやったならまだいいな」


「やったのはこっちの男だ。ここにどうしても来たかったんじゃねえのか」


「はあ、珍しいな。あんた……どこかの従者だろう。いったいなんの……ってお師匠さん、あんたなんて言うやばい劇物持っているんだ!」


「おう、これをちび助に渡さにゃならない」


叫んだ禿頭の男に対して、五つ角のオーガは片手に持っていた、大型の盾を少し掲げた。


「渡したらナナシ死なないか!? あいつに何かあったらディオもアリーズもとんでもないぞ」


その盾に目を走らせ、危なさを確認する様子の男。


「これは、あいつが助けに来てくれないってすねてんだ。あいつがお帰りって持てばこんなの簡単に引っ込むぞ」


「簡単に言ってくれるな! さすが魔王軍にいただけはある!」


魔王軍だって!? このオーガは一体何年の経験を……

背負われたまま呆気に取られていると、そのままオーガが部屋の移動を始めた。


「あいつ今どこだ」


「今はギルド待合室で、アリーズ慰めてるところだ」


「あの勇者何したんだ?」


「美女に取り囲まれて、パニック起こして引き付け起こしかけた。あいつの意思でなく女の子に触ったのが、よっぽど精神的苦痛だったらしい。品を作って笑う女の子を見るとすぐ、ディオの背中に隠れやがる」


「ははあ、しゃあない事だな。誰だって望まない相手の肌に触れるのは、苦痛だ」


噴き出しているオーガ。禿頭の男が案内した先では、確かに待合室の一角でべそべそとみっともなく泣いている男がいる。


「うううう、誰も悪くないんだけどさあ……怖いんだよ!」


「わめくなわめくな」


「頭にね! よみがえっちゃうの! 頭の中まっしろになって、きもちがわるくなってこわくなるの! 女の子可愛いんだけどさあ!」


「よしよし、でも泣き叫んで友達召喚しなくなっただけ成長しただろ、前はパニック起こして友達ありったけ召喚しちまっただろ?」


「うううううう」


なんだあれ。ナンダアレナンダアレナンダアレナンダアレナンダアレナンダアレ……

そんな事を思った俺は悪くない。そこでは白い相手の膝に縋って泣きわめいている勇者の姿があった。その右腕は切り落とされて肘から下が存在しない。

縋られている相手は、そんな勇者の頭をなでたり、背中を撫でたりして慰めている。

やたら同情した顔の聖騎士だろう男が、そんな勇者の背中を一定の調子で叩いていた。


「そんなに泣くな」


「なく!」


「偉ぶるな!」


「ディオにはわかんないんだあああああ!」


「奴隷として鞭うたれた挙句、舐めまわされるよりましだろう」


「え、なんか重たいの来ちゃったんだけど!?」


「ディオ、お前も膝使うか……? アリーズにこんな効果あるならお前も効果ありそう」


「絵面としてまずいからやめておこう」


「なんか喜劇起きてないかあそこ」


「最近いつもああだから、俺たちはなれたな」


問いかけるオーガに、肩をすくめた禿頭の男。俺は目的の相手に、あまりにも呆気なく再会したから、何と言えばいいのか思いつかなくなっていた。


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