表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
104/132

従者=戻ってきたその覚悟

お兄さんが軽快な足取りで、おれの手を掴んだまま廃屋の天辺から階下へ降りていく。

下の建物ももちろん、ぼろぼろの廃屋だ。


「ここからどこにいくんです?」


「ここに隠し通路がある。大体の奴は忘れているが、宮殿からの抜け道は百を超えているんだ」


百を超える秘密の通路って、おれの想像をはるかに超えた多さである。

そんなに逃げ道が必要な世界って、どんなものなのだろう。

おれが考え込む間に、お兄さんは一つの朽ち果てた絵の前に立った。

この場所の奥がどうやら、隠し通路らしい。

適当に立てかけられた、価値のなさそうな額縁を持ち上げれば、そこに、鉄格子の扉なんかがあったんだ。

色々なフィールドだの遺跡だのに入ったけれども、こんな風に町中にある隠し通路は初めてだ。

おお、すごい、とその扉をまじまじと眺めるおれ。

お兄さんはそこの鍵を開けるために、何か操作を始めた。おれにはわからない様式の鍵の開け方だ。


「ところで」


お兄さんはそのまま、おれの方を見る事無く言い出す。


「アラズは俺の事をずいぶん知っていたようだな、どこかで会った事があったのか」


そうだ、そうだった。

おれはお兄さんからすれば初対面の時に、お兄さんの事を知っているような喋りをしたのだ。

彼からすれば、いつ自分を知ったのか気になるのだろう。

誰だって、ちょっとは気になる事のはずだ。


「お兄さんが喪った過去に、おれは命をかけてもかまわないほどの恩を受けたんですよ」


おれは何げない調子で教えた。あの時の事をなくしたお兄さんに、その時の重みを喋ってもどうしようもない。

あの吹雪のなか。死にかけていたあの時。

追放されて、棄てられて、何もかもが絶望の色を宿しているように見えていた、心の中まで凍ってしまいそうだったあの時。

ごみくずみたいなおれに上着をかけて、抱えてくれた。

その事がおれにとって、どれだけの価値だったのか、言わない方がいい。


「俺が?」


ただし、おれの言った事はお兄さんにとって、すごくあり得ない事だったみたいだ。

どうやら目を見張ったらしい。それがなんとなく伝わってくる声だった。


「ええ、あなたが」


鍵から手が離れる。振り返るお兄さん。心底疑っている顔だった。


「俺はお前のように、見るからに謎めいた奴を助ける事をしないと思うんだが」


「お兄さんは“そこ”に至るまでのすべてを失ったから。」


自分の事が不思議なのでしょう、と言っておく。

凍てる選別者としての人生を、全てなくしたんだ。

そこに至るまでの人生の転機とか、悲惨な記憶とか、価値観を変える事とか、全部。

言葉をまだ続けておく。


「ただ、おれが知っているお兄さんは、いつも笑っている人でしたよ。不思議な感じに、すごく素敵な顔で」


若干眉間にしわが寄っている彼は、一層疑う顔になる。

造りがとてもきれいな人だから、その疑う表情さえも美しい。


「まるで別人だな」


「本人が言っているから、きっとそうなんでしょうね、でもお兄さんはそうだった。……ああ、あまり気にしないでください。おれはそれをあなたに求めるわけじゃない」


「取り戻したいとは思わないのか」


お兄さんが目を丸くした。


「普通は、取り戻したいのではないのか。お前の知るお兄さんを」


それはとても単純な問いかけで、おれはそれに対してとっても明確な答えしか持っていない。


「ぶっ飛んだ記憶をとり戻す手段なんて奇想天外な物、知ってたら使ってますよ。知らないし手札に持ってないし。だったら、取り戻せないとあきらめる方が話が早い。これから、また新しく、お兄さんとの関係を作ればいい。そうでしょう?」


化け物だのなんだのいう割に、おれを受け入れているようなお人よしだしさ。


そう言って笑って見せると、お兄さんはおれの頬を思い切り引っ張った。


「うわっ!?」


流石に顔の筋肉を鍛えているわけじゃないから、びっくりした。

目を白黒させていると、お兄さんは非常に険しい顔で告げた。

見た事のないすごい不機嫌な空気のにじむ顔だ。


「とりつくろった顔は嫌いだ、お前はこの俺に偽るな」


「……はあ」


別に偽ったなんて思わなかったのに、お兄さんはおれのその顔が嫌いだと言っていた。


「お前は俺の物なのだから、腹に変な物を抱えて黙るな。偽るな。……化け物風情だとしても、お前は俺の物であり、俺が抱えるものなのだから」


うーわ、お兄さんって凍てる選別者になってから相当、人格変わったんだな……

実にあっぱれな男前である。


「……惚れなおしそう」


「……お前は主人の趣味が変わっているんだな」


おれの発言に、お兄さんが理解できないという声で言う。

これに、素直に首をかしげて反論した。


「そうですか、結構いい趣味してますよ。狗になるならお兄さんだけって思っているんだもの」


「ふん」


その答えは満足するものだったらしい。お兄さんがおれの手を掴み直して歩き出す。

地下通路らしき場所は、お兄さんに反応して明かりをともす。

そういう術らしい。便利だな……秘密活動出来なさそうだけど。

そのまま結構な距離を歩いていたと思う。段々道が上り坂になっていく。

そろそろ地上かな。


「光で目を潰すな」


お兄さんが短く、これから地上だと告げてきた。


「はあい」


注意されたんだから、薄く目を細めて、お兄さんの後に続き、階段をあがる。

上に持ち上げて開く、地下収納の扉みたいなものを、お兄さんが押して開ける。

光がいっぱいに入ってきて、次にすごい声が響いた。


「カルロス様、一体どこにいらっしゃったんですか!」


「狗を見つけた、今日から飼う」


お兄さん、それが理解できる相手はきっとどこにもいない。


「は、い、狗!? どんな経緯で!?」


叫ぶ相手もやっぱり、それの意味が分からなかった様子だ。呆気に取られてでも、叫ぶ。


「この狗は俺を抱えても凍らない。俺が触っていても傷一つつかない」


扉の所では、従者らしき格好の人が唖然とした顔で、穴を見下ろしている。

お兄さんは平然として階段を登っていき、おれを引っ張り上げた。

そしてこっちを見た後、自慢げに笑った。

この笑い方、見た事ない。


「大したものだろう」


「……本当だ、凍っていない……」


おれを上から下まで見回して、その人が信じがたい物を見ているという声で呟いた。


「つうかこの部屋軒並み凍ってますね」


おれは周囲を見回して、家具から何から凍ってすごい状態の部屋につっこんだ。

元々の価値の高そうな骨とう品とかまで凍って、使い物にならなさそうだ。

凍っていなければ、すごく立派な部屋。

しかし凍っているから、その価値は紙切れみたいな部屋、である。


「ジョディはどうして、凍らずにここまで来られた」


「焔の賢者殿に頼み込み、高温を宿す札をもらい受けたんです。あの賢者の住居は火山の近くでそれはそれは熱かったですよ」


「お前だけか?」


「ええ、まあ。見てくださいよこの火傷! 劫火の札は通常状態でもすごい熱でしてね! あっはっは! 殿下そんな仏頂面にならないでくださいな。いま、これのおかげで、もう殿下のそばでもそこそこ暖かいんですからね」


あっけらかんとした笑い方で、底抜けに朗らかな声で笑うその人。

ふと唐突に分かった。

この人はお兄さんの事がとてもとても好きなんだ。

そのために、手に入れられる物への努力を惜しまないのだ。なんだってできるのだ。

つまりお兄さんの事を好きな人で、お兄さんの傍にいるためにできる限りの努力をする人。

方向性こそ違うけれど、なんだおれの同類か……嫌いじゃない。

その人の手は、確かに焼けただれたような状態で、すごく痛そうなのに、彼は嬉しそうに笑っている。

お兄さんの傍でも凍らない、って。

その笑顔で不思議になった。

どうしてこの人は、隠者だったお兄さんの所に来なかったんだろう。

こんなに好きって分かる顔なのに、出て行ったお兄さんの後を追いかけなかった事、それだけが不思議だった。

……もしかして、この人は、お兄さんに凍らされたことがあるのだろうか。

たとえば、お兄さんの兄が殺された時とかに。

ルヴィーから聞いた話だと、その時の事で、お兄さんは寂しんぼうの力と同化したんじゃなかったっけ。

その時に巻き添えを食った事が、何かに影響しなかったとは言い切れない。

それでも、この人は戻ってきたのだ。

いつ凍死させられるかわからない相手の所に、きっと自分の思いで戻ってきたんだ。

じゃなかったらこんな笑顔、たぶん出来っこない。

その覚悟は、あり得ないくらいすごい気がした。

……ああ、おれはこういった人に、贈るものがある。

おれは使わないけれど、この人には必要な物だ。

道具袋をあさったら欲しい物はすぐに見つかった。お兄さんの手を払ってその人の前に出た。

前に出て、ぐいと取り出したものを押し付ける。


「これ、使ってくださいよ」


「え、薬、と手袋……?」


彼は怪訝そうな顔になった。そうだ、説明が必要だな。

いきなり渡されても、わけわからないよな。うん。


「火傷に結構効く軟膏。こっちの手袋はその程度の温度の物からなら、手を守れる。煉獄兎の毛皮をなめしたものに、ダメ押しで黒炎牛の皮で滑り止めをつけたものだから」


その説明を聞いた後、彼は目を瞬かせて、……叫んだ。


「そんな珍品聞いた事ない! 煉獄兎は相当な上級素材でしょう! ちゅうか黒炎牛ってあれ倒せる生き物ですか!?」


確かに、黒炎牛って早々倒せない。倒す前に全滅に至る冒険者はすごくたくさんいる。

奴らは文字通り、黒くなるほどの高温の炎を操る牛であり、体の温度も普通の剣とかは溶けるほどの熱さだ。

その事実を踏まえて、おれは真顔で頷いて答えた。

その皮を手に入れる時の経緯を。


「断熱性のある装備で、背中によじ登って、冷たい川に一気に落とせば温度差で心臓やられて倒せる」


「……アラズ、そこまで化け物らしい事をしていたのか。ジョディ、この狗が何も考えないで渡しているんだ、もらっておけ」


「ええ、もらいますけど……、本当だ、軟膏強い、手袋すごい」


さっそく軟膏を塗り、痛みと腫れが引いたらしい。さらに手袋をはめて、劫火の札をもって、おれの言った事が事実だって実感したらしい。


「こんな小さな、何でもなさそうな子なのに……」


規格外すぎる、とジョディが言った。そこではっとしたらしい。


「……狗?」


「狗」


「……殿下」


ジョディさんが頭を抱えて座り込んだ。


「これ以上妙な存在が宮殿に増えたら、もう収拾がつかないではありませんか……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ