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【二巻発売中!】追放された勇者の盾は、隠者の犬になりました。  作者: 家具付
いかにして盾師と隠者は、己の真理を貫くか
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温度=それに焦がれた

睨みながらいつのまにやら、眠ってしまっていたらしい。

おれは覚えている通りの姿勢のまま、のろのろと瞼を持ち上げた。

変な体勢で寝たせいか、それともなにか変なくせでもあるのか、ぎしぎしと体が軋んだ。


「うう」


口からこぼれたうめき声、師匠は近くの寝台で眠っているのか、動かないでいるだけなのか。

あいにくその区別がついた事が無いおれは、そっちを見てから声をかけた。


「お師匠様、起きていらっしゃいますか」


「……あー」


今日は眠っていたらしい。非常に悪人のような声で、地鳴りに似た響きの返事が返ってくる。

この時の師匠は、小さな子供に会いたくないのだそうな。何でも一発で泣かれるからうっとうしいとか。

身を起こした師匠は、すぐさま手元の盾を引き寄せる。一番初めにするのがそれの確認なのは、身に沁み込んだ習慣だろう。

おれもそれをちょっと受け継いだから、目が覚めて一番に確認するのは自分の盾だったのだが……あいにく師匠に壊されてしまった。語弊があるかもしれないが。


「外の空気が嫌に冷たいじゃねえか、窓を開けたまま寝たのか、お前は」


息を吐きだして、少し身震いした師匠が問いかけてくる。

開けたまま眠ってしまったのは事実なので、頷く。


「外を見ながら眠ってしまったらしいです」


「それで体の調子を崩したらどうする、馬鹿が」


「その時は自己責任と自業自得で終わります」


「巻き添え食らわせんじゃねえぞ」


欠伸をした師匠が立ち上がり、窓の方に眼を向ける。

そして窓際にいたおれを押しやり、窓の外に身を乗り出した。


「なんだ? ずいぶんな騒ぎが起きてるらしいな」


「へっ」


窓に近かったのはおれなのに、全くそれに気付かなかった。

驚いて変な声を出しながら、並んで窓の外に身を乗り出す。

たしかに通りは大騒ぎをしている。

なんだか騎士とか兵士とか言われそうな服装の人々が、何かを探し回っているらしい。


「聞き耳立てろ、お前の方が聞こえる」


師匠が言うので、おれはじっと耳を澄ませた。


「見つかったか!?」


「いいや、見つからない!」


「遠くへ行くはずがないのに!」


「今日は婚約披露だぞ! なんであの方がどこかに雲隠れするんだ!?」


「誰かにさらわれたのかもしれない」


「だがあの状態のカルロス様をどうやってだ? 触れたものは皆凍ったんだぞ!」


カルロス。聞いた事のあるその名前は、たしか隠者の家を爆破したお嬢さんが、お兄さんに呼び掛けていた名前だ。

その後も通りの声を拾っていく。


「だめだ、どこも誰も、あの方を見つけ出していない! いったいぜんたいどういう事なんだ」


「私たちに聞くな! リャリエリーラ様に知られたら殺されてしまうかもしれない!」


「南の門の方にはすでに人をやった、後は北門と東門だ!」


「城下の出入り口全てに人をやれば、出て行った時にわかるはずだな」


「あの方がすでに外に出ていない事を祈ろう……」


彼等が周りの人々に、お兄さんだと思われる特徴の人の事を聞きまわっている。

おれはそこで、いったん聞くのをやめた。


「で?」


「お兄さんが行方不明らしいです。で、本日婚約披露とかいうものだったそうで」


「婚約披露と言えば、公国では一大行事だな。婚約披露まで行った二人が、結婚しないなんてありえないのが公国だ」


「じゃあお兄さんは、結婚が嫌で?」


「それ以外に情報はないのか」


「さらわれたのだとしたら、どうやってかという事を喋ってましたね、お兄さんがなんでもかんでも凍らせているそうです。……まだ制御がうまくいかないのかな」


後半の独り言は実に、あり得る事のような気がした。

お兄さんは十年かけて、あの寂しんぼうと並んで生きる事が出来るようになった。

その経過の記憶がない今のお兄さんが、寂しんぼうを制御できない可能性も大きい。


「寂しんぼうが乗っ取っているわけじゃなさそうだし……」


「何だその寂しんぼうってのは」


「お兄さんに引っ付いている、一人が嫌な色んな存在の集合体みたいなものです」


「隠者は怪物でも身内に飼っていたのか?」


「お兄さんが引き受けた特別な力ってやつですよ。……さて、おれも探しに行かなきゃならないな」


おれは窓枠に手をかける。師匠が面白そうな声で問いかけてきた。


「何で探す?」


「だって、探したいから」


おれの理由はすんなりと出てきたのだ。探したいから探すのだ。

たったこれだけの理由で何がいけない?

何か言うかと思った師匠は、楽しそうな顔で言ってきた。


「ちびすけ、やみくもに探しても見つからないだろう」


「そりゃそうでしょうとも」


「んじゃあ、“探す時には”」


「“心理をたどれ”」


師匠が大昔に叩き込んだ、探し物を見つける方法である。覚えていたことに満足したのか、師匠はそれ以上言わず、おれの首根っこを掴んだ。

あ、嫌な予感がする。


「いってこーい」


実にあっけらかんとした声で、師匠はそのまま……おれを、ぶんなげた。


「言ってることとやってることの矛盾が著しい!」


投げられたままおれは、それに対する文句を叫びつつ、上空を飛んだ。

飛ばされながら体勢を立て直す。前にアンジューに言った通りの事をやったわけだ。

体勢を立て直して、落下する場所にいかに、何にも被害を与えずに着地するか動く。

ぐんにゃりとしなった体は、うまい具合に屋根に着地した。


「さてはて」


お兄さんが目指すとしたらそれは、どこだろう。

考えようとした時、おれの目に留まったのは凍った水たまりだった。


「……おかしい」


何気なく見過ごすかもしれない、ただの凍った水たまり、でもそれは間違いなく変だった。


「ここ日向だろ、なんでこんなおてんとうさまが上にある時間なのに、凍ったままなんだ?」


疑問を口に出しながら、周りを見回す。

壁に霜が張っている。

窓が白く凍っている。

しゃがんで瓦でできた屋根に触れると、それは凍っているように冷たくて、この日向ではありえない温度だった。

まさか。

お兄さんがこの近くにいるんじゃないか?

その可能性がとても高い気がしたから、おれはゆっくりと周囲を見回す事にした。

異常はない、変な物も見つからないと思っていた時。


「……あ」


一つの廃屋になっているらしい建物の、天辺。屋根のなくなったその建物の、一番に日のあたる暖かい場所に、一人の男がうずくまっていた。

そしてその周囲は、氷柱が生えまくっていて心底冷たそうだった。

顔は見えていない、でも直感でおれはその男に駆け寄った。


「お兄さん」


屋根を飛びわたってそこについてから、そうっと呼びかけてみた。

返事はきっとないだろう、お兄さんと呼ばれる事だって想像していないだろう、と思ったのはおれだったはずだ。

なのに。


「……この距離で、俺に平気で声をかけられるのか」


その人は振り返って、実に懐かしい声で、しかしとても信じられなさそうに喋った。


「平気で声をかけられるって、当たり前じゃないですか」


コートのフードを深くかぶったその人の顔は、間違いなくお兄さんだった。

ただ、ちょっとだけ表情が違っていた。いつもの不思議な笑顔はない。

荒んだ顔つき、とでもいうような顔だった。


「なぜだ? 誰もが恐れる、この何もかもを凍らせる呪いを持った俺を」


「だって」


おれは言われた意味が分からなかった。何もかもを凍らせる呪いって言われたからだ。

お兄さんが持っている物は、そんなちんけな物じゃない。

もっとすごくて、もっと厳しくて、もっと優しいものだ。

だから言い返してしまった。


「お兄さんがそんな物持っているわけがないから。それに、おれは知ってるんですよ」


「知っている……?」


「お兄さんが、おれを凍らせたりしないってさ」


言いながら近づいて、そんなに手を伸ばさなくても触れるくらいまで距離を詰める。

お兄さんはぎょっとした顔で、おれの動きを見ているばかりだ。

もっと驚くだろうな、と思いつつも、おれはその手を掴んで、自分の顔に押し当てた。


「ほら凍らないじゃないですか。……ってなんでこんな冷たいんです!? 呪い本起きろ、体温上げてくれ!」


押し当ててぎょっとしたのはおれだった。馬鹿みたいに冷たい手だったからだ。人間の手としてあるまじき冷たさなのだ。これは非常に危ない。

腰の袋で爆睡していたらしいアメフラシもどきを揺すり起こせば、そっちはのたのたと動いて言う。


『おうとも。相方のお願いじゃあ、聞かんわけにもいかないだろ』


だけどちょっと本気出す、と言ったアメフラシもどきの体が、ぶにゃぶにゃと形を変えて、なんだか懐かしい本の形に戻る。


「本気を出す時本に戻るって……」


『本“気”だからな』


なんだかよく分からない返しだが、ばらららっと頁がまくられていき、一つの術らしい部分が発光する。

そこから伸びてきた赤い光が、体に巻き付いてくるや否や、おれの体温は一気に上がったに違いない。

お兄さんはそのやりとりを見て呆気に取られていたけれども、不意に真顔になっておれを引き寄せた。


「おうわっ」


引き寄せて抱きかかえられて、お兄さんが離すまいと体をくっつけてくる。

どうしたんだと思ってたのだが、ぽつりとこぼされた言葉で納得した。


「暖かい……」



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