破壊=責任転嫁と屁理屈はお手の物。
矛盾部分を削除して書き直したので、話が違います、ご迷惑をおかけしました。
驚いたなんてものじゃねえな、と言う声が背後からかかって、おれはぎょっとしてそっちを見た。
さっきまで喋っていた受付嬢が、空気が凍るような声で呟くのも聞こえた。
「五つの角のオーガ族」
五つの角。それは師匠の特徴だ。
聞いた話じゃオーガの純血のなかの純血だったことで、奇形に生まれたのだとか。
五つの角があるオーガなんてとても珍しいから、誰でも師匠を一度見たら忘れられないのだとか。
受付嬢も見た事があるのだろうか。
「なんでここで驚くんです、お師匠様」
「さっさと乗り込むものだとばっかり思ってたからな、意外と慎重だ」
「あんな目にあった後に楽天的に、宮殿に侵入何でできようはずもないじゃないですか。ちょっと考えてくださいよ」
ごいんっ、と師匠がおれの脳天に一撃を加える。いや、くわえようとして失敗した。
とっさに展開前の盾で防いだからだ。師匠のぶっちゃけ鋼よりも固い拳とぶつかった盾が、実に嫌な音を立てた。
おいおい、へこんだりしてないよな……?
慌てて腕を引いて、盾を確認する。
確認してげんなりした。げんなりするしかない事になっていたのだ。
いままでどんな魔物相手でも、どんな武器相手でもびくともしなかった、お兄さんから支給されたその盾は、見るも無残にへこんでいる。
「……お師匠様、さすがにこれはない。いくらなんでも。展開前の盾ひしゃげさせるような力で今までおれの事殴ったりしてたんですか」
「いや、意外と頑丈な頭をしていやがるからな、どこまでいけば潰れるかと」
「いや、潰したら蘇生できないでしょうが!?」
「安心しろ、たまにやる冗談だ」
慌てて叫べば笑われる。この師匠は色々かっ跳んでいてどうしようもない。
何でこんな、戦った方が絶対に強いオーガ族が盾師をやっているのだろう。
聞いた事はない。聞いたら逆さづりで死にかけるまで吊るされるから三度は聞かない。
「で、これの代わりを持っているわけでもないんでしょうあんた」
「あるだろう」
「どこに」
「宮殿に行って、盗まれたものを返して欲しいと言いに行けばいいだろ」
「それで通用すると思ってんですかあなたは!?」
「そこのお嬢、こいつの持ち物がアリーズたちに盗難されている事の通達は? そしてそれの返還をアシュレのギルドが求めている事は?」
「え、ありますけど」
「そこから宮殿に対して何か回せないのか」
……本気だ、師匠は本気でおれが、アリーズたちにむしりとられた盾を取り戻せると思っている。
その手段で。
だが、あの盾は師匠曰く魔王の遺物、そして魔王の遺物を公国がおれに渡すわけもないだろう。
常識的とはいいがたいおれでもわかる事なのに、師匠は受付嬢の方を見ている。
「ええっと……こちらの話だと、アリーズはオーガとの混血の盾師に、魔王の遺物を譲渡するように求めて抵抗にあい、やむなく負傷させたという主張が通っているのですが」
「ふうん。まああれを、ただのそこらの人間風情がどうにかできると思っているあたりが笑えるな」
師匠は馬鹿にしたように鼻を鳴らし、おれをちらっと見て言う。
「んだったら、その盾に関する依頼をこのギルドは受け付ける事はないよな、正しい手段で手に入れたと向こうが言ってるんだから」
師匠はあの盾のことでまだまだ、隠している事がありそうだ。
そして言うつもりもないのだろう。
いつも通りの態度である。
「ちびすけ、どこに部屋をとった」
「師匠おれの取った部屋にはいるつもりですが」
「ほかの場所で五つの角のオーガを入れる場所があると思うか」
混血でもあれだけの侮蔑などである。
師匠などもっとひどい扱いにちがいない。
おれはしぶしぶ頷いた。
師匠に近い距離で寝ると、毛皮が臭くて悪夢を見るんだよな……。
「わかりましたよ、こっちにいる時は共通の部屋ですね。二人入ってもいいですか?」
「え、ええ。あなたに貸す部屋はそこまで人数制限していないところだから……」
受付のお姉さんは、まだ師匠が気になってしょうがないらしい。
相当とんでもない非常識に見えるからだろう。
おれも思う、この師匠は非常識の極みだ。
「行くぞ」
言っている間に足を進めていく師匠。どこに向かうのかも分からないというのに。
「部屋は三階の突き当りです!」
お姉さんが慌てて部屋の場所を言う。師匠はおれの首を掴み引きずりながら、片手をあげて了解したらしい。
「師匠、師匠いくらなんでも引きずって歩くと階段が、階段が! いたい痛い!」
階段を上る時、段にめちゃくちゃぶつかってるんですけどね師匠!?
文句をひとしきり無視して、部屋に入った師匠はどかっと床に座り込む。
そしてそのまま持っていた盾やら防具やらを解体し始めた。
「おれの盾は放置して自分の盾だけですか」
「お前の物の整備はお前がやるべきだ、俺が整えたら俺の重心になる。死ぬぞ」
うわ出た、真面目な話なんだけどすげえ責任転嫁に聞える屁理屈。
確かにおれと身長が子供一人分くらい違う師匠が調整したら、重心は狂いまくってしまうだろう。
そしてそれについていけないで、敵に殺される。
それは事実だけれども、おれの盾をひしゃげさせたのはあんただろうが。
じとっとにらんだところで、師匠が意見を変えるわけもなかった。
そのまま自分の物に没頭し始めたオーガをしり目に、おれも盾を確認する。
絶対にこれは、素人じゃ直せない所まで壊した。
外す段階で外れないのだから相当だ。
歪み過ぎるっていう言い方もささやかに聞えそうな位である。
「師匠。壊していいから剥してください」
「やれば確実に壊れるぞ」
「あんたがおれの頭を全力で殴ろうとしなければひしゃげませんでしたよ! 腕からとるのもできやしない」
「おうおう、さえずってんなあ」
言いつつ師匠は、非常に不穏な音をあげさせながら、おれの腕に装着されていた盾を剥した。
盾はただの上等な素材なだけのクズに変わってしまった。
おれは現在ほかの盾を持っていない。
なぜか? デュエルシールドは需要が少ないから、作る職人も少ない。そのため防具の店で簡単に手に入れられないものなのだ。
どこかで昔の物を拾ったり、高い金をだして一点もので作ってもらうしかない。
それくらいデュエルシールドは珍しい物になっているというのを、おれはアシュレに入ってから知った。
それまでは、いつも師匠がほいほい投げてくる適当な造りの奴を使い、出回ってるんだろうなと思っていたのだ。
最初はカルチャーショックみたいなものを受けたっけな。
おれは無残になった、お兄さんからもらったそれを眺める。
お兄さんが思い出したら、何て言うだろう。しょうがないな、で終わらせないで、出来れば怒ってほしいと思ったのは、ちょっとおれが変だからか。
「ほんとこの後身を守る物どうしよう」
「身一つでどうにかしろ」
ぼやくと、作業に集中していた師匠が言い出す。あんたのせいだと言ったところで通じるお方ではないのは知っている。いうのが無駄だ。
「もともと盾師は身一つですべてを守る事が始まりだ、その始まりに戻るだけでしかない」
「……盾持って何でもできる師匠に言われても、なんとも妙なんですが」
「ななつ星の盾を手に入れるまで、俺も素手で全部やってたからな」
「それって何年前の話ですか。魔王の所にいたあたりでしょう」
「ななつ星はそのずっと後だ。お前にやった盾は大きさの具合が悪くてな、使おうと思って握ると非常に不愉快になって、壊したくなった。壊そうとしたのをドラドニエールに見られて、真面目に泣かれてな。給料壊すなと泣かれて、じゃあ時が来るまでしまっておこうと袋に放置して数百年、お前に下げ渡した」
しれっという事じゃねえ。おれはもう何も言えないので、外を眺めた。この部屋は窓から外の通りがよく見えて、景色がいい所だった。
街はびしっとした道で、通りやすそうだ。場所の名前も覚えやすそうな目印が多い。
ギルドの建物からも、宮殿はよく見えた。
気のせいか、宮殿の一部が妙に月光を反射している。
……あれって空気の中の水が凍って光ってんじゃねえの?
ならばお兄さんはあそこにいるのか?
おれはその場所をよく覚えようと、灯りが消されてもそこを睨んでいた。