心に響く君の声
心に響く君の声
藍川秀一
ボールを地面に打ち付ける音だけが、この場所へと響き渡る。近くにある外灯の光を頼りに足元を把握し、ゴールをただ見つめる。この場所で、何千何万とも言えるほど、一人でシュートを打ってきた。中学から、高校までの六年間欠かさず続けてきたシューティングは、今日で終わることになるかもしれない。
明日は、県大会決勝の日。勝つことができれば、上へと行くことができるが、負ければそこで終わりだ。様々な大学から声はかかっているが、バスケをやるためだけに行くつもりはなかった。主に金銭的な問題ではあるが、今まで以上の熱量を持ってこの先も続けていける自身はどこにもない。
明日の相手は、全国大会常連の強豪校だ。無名の高校がここまで上がることができただけでも、運がよかったと言えるのかもしれない。勝つ可能性なんてものは、ほとんど存在しないだろう。相手のベンチに隕石が落ちてくるぐらいの奇跡が起きなければ勝つことはできないかもしれない。
それでも、諦めるつもりなんてどこにもない。今の俺を支えている過去の自分に、なにか返せるものがあるならば、足掻き続け、決して勝負を捨てないことだ。
俺は淡々とシュートを打ち続けた。ネットを揺らすたびに集中力を研ぎ澄ましていく。
「まーだシュート打ってる。明日試合でしょ? もう寝たら」
幼馴染の明が、スマートフォンの電灯を頼りにこちらへと歩み寄ってくる。
「女子高生がこんな時間に出歩いている方が、問題だと思うけどな」
「内緒で抜け出してきちゃった」
「悪い奴だな」
「球出ししようか?」
「よろしく」
打ったボールをとってもらい。パスを返してもらいながら、シュートを打ち続ける。そんなことを二時間ほど続け、二十三時をまわったとき、打つのをやめる。
「あれ? もう終わり? いつもなら一時ごろまで打ち続けるのに」
「明日は特別な日だからな。今日は早めに寝ることにするよ。送って行こうか?」
「お願いします」
帰り道、二人で歩きながら、色々なことを喋った。
「やっぱり凄いよ、章吾は」
「なんだよ急に」
「一人で部活をまとめ上げて、今じゃ決勝までたどりついている。章吾が活躍しない試合なんてなかった。チームのみんなも、そんな章吾の背中を追っている。その期待に応え続けながら、チームをひっぱっている」
「明だって同じだろ。万年一回戦負けのチームがベストエイトまでいったんだ。しかも、優勝候補である高校を二回戦で倒して、そこまでいった。俺と何一つ変わらないよ」
「ううん全然違う。二回戦は本当にたまたま。無名だった私達に油断していた相手チームが、浮き足立っている時にとった大量得点をなんとか守りきっただけ。章吾たちのチームのような、日々の練習から滲み出る粘り強さはどこにもない。最後の試合、まだ勝つことのできる可能性は残っていた。けど二十点差がついたとき、自然とみんな足が動かなくなっていた。諦めていたんだよ、勝つことを。試合が終わったとき、みんな涙を流していたけど、私にはそれが許せなかった。ねぇ、私は今まで、何をやってきたのかな? 意味のあることをしてきたのかな? 私の行動は全て、本当に正しかったのかな? 私にはもう、わからなくなっちゃった。ごめんね、試合の前なのにこんな話をして。明日は頑張って、絶対応援しに行くから」
俺は明の言葉に対して、何一つ言葉を返すことができなかった。明の苦しみを本当の意味で理解することはできない。それが分かっていた。
俺と明との違いは本当に些細なことでしかないのだと思う。けどその言葉を、伝えることはできない。
試合の日が訪れる。目を閉じて、集中力を研ぎ澄ます。勝ちたいという感情が全面に出てくる。
そして、試合が始まった。
以外にも実力そのものは拮抗していた。一対一の強さ、戦術、その場の判断力、スタミナ、どれをとっても劣っているわけではなかった。しかし、経験の差というものが、じわじわと追い詰めてくる。
本当の意味での大舞台はチームにとって始めてのことだった。慣れない環境に浮き足立ってしまうことは仕方のないこと。だが、相手は違った。しっかりとした経験により、この環境に適応している。大したミスはしていないにも関わらず、点差は少しずつだが広がっていく。
前半が終わる頃には、二十点差がついていた。攻め手がほとんど無い中で、この点差は絶望的に近い。粘り強く喰らいついてはいるが、その先がないとどこまでもジリ貧だ。
それでも、誰一人として、諦めている様子はない。
俺には常にと言っていいほどダブルチームがついていたため、満足に動くこともできなかった。情けない話ではあるが、ほとんど仲間のおかげで、戦うことができている。
本当に、感謝しかない。
ハーフタイムが終わり、攻めるコートが入れ替わる。自身の気持ちを切り替え、深呼吸をしながら、鼓動を少しでも落ち着かせる。
後半が始まった時、ゴールの向こう側に明がいることがどうしてかわかった。限りなく遠いはずなのに、表情から、仕草まで、手に取るようにわかる。
不安そうに、こちらを見つめていた。
集中しているのが自分でもわかった。必要な情報が目と耳に入り、想像以上に体が動く。前半の間、仲間を信頼し、体力を温存していたことで、誰よりも早く動くことができる。
点差は少しずつ縮まっていく。一点ずつだが、確かに前へと進む。
ショートを打つたびに、ディフェンスでボールを取るたびに、自分は本当に運がいいと実感する。
ついて来てくれる、仲間がいる。
勝たなければならない、理由をくれた人がいる。
これで負けたら、神さまに顔向けできないな。
試合の終盤、二点差。残り時間は五秒を切っている。延長戦に持ち込むことがセオリーと言える一対零の状況。このままレイアップに持っていけば、まだこの最高の仲間と、バスケを続けることができる。
明の声が聞こえた。
「勝って!」
どんな声より、はっきりと、心に響く。
自然と体は動いた。
シュートを打った時、試合終了のブザーが鳴り響く。
そしてボールは綺麗なアーチを描き、ネットを揺らした。
〈了〉