あんなチャラ王子の嫁なんて絶っっ対嫌
二人の間に愛も情も無かった。
大人の決めた大人の事情があるだけの婚約だった。
彼女が定められた法の齢になった日、盛大なパーティーの終盤。
彼女の婚約者、この国の王子がパンパンと手を打ち鳴らした。
何事かとパーティー参加者は注目する。
「さて、紳士淑女の皆様、入場時に渡された包みはお手元にあるだろうか。大切に持つように言われた筈だが、もし、我慢出来ずに中の菓子を食してしまった人は教えてくれ、咎めはしない、私もさっき一つ食べてしまったからね。」
王子が茶目っ気たっぷりに言えば、笑いがおこる。
参加者は一人に一つ配られた小さな包みを見て王子の仕掛けた何かが始まるのだと理解した。
「フォーチュンクッキーと言うものをご存知だろうか、街に出回っている物は折り曲げたクッキーの中に占いが書かれた紙が入っているが、今日はその中に指輪を入れた。私はその一つを見事手にした女神を伴侶に迎えよう。」
続く王子の説明に、一部の子女は色めきだったが、多くは、これが結論の決まった余興である事に気が付いている。
男女問わず配られた包みは突発的に用意できる物ではないし、国王夫妻も笑顔だ、予定通りの可愛いお遊びなんだろう。
そもそも王子には既に婚約者がいて、周知の事実である。
今日の誕生日パーティーの主役である彼女に当たりが渡るよう仕込まれているに違いない。
そうなる筈だった。いや、そうならねばいけなかった。
「きゃぁ!入ってる!指輪よ!」
声をあげたのは、王子の婚約者…とは程遠くに立つ令嬢だった。
もしこの令嬢が良識のある空気の読める人間だったなら、口を閉ざし見なかったふりが出来ただろう、しかし残念ながらそうでは無かった。
むしろ指輪を高々と掲げ、やったわ!とはしゃぐ始末。
想定外の結果に王子が唖然とする。
「…そんなはずは…。」
仕込みの従者を見れば、その者もまた目を見開き驚いている。
王子の視線に従者は必死に首を振った、自分のせいではない、確実に渡した、そう思いを込めて。
焦る王子よりも少し早く冷静になった国王が事態の収拾に腰を上げかけた時、一部の人だかりがざわめいた。
指輪を受け取るべき婚約者がよろめいたらしい。
心配する周囲に大丈夫だと気丈に振る舞うのは、幼い頃から王子の婚約者として育てられた、王もよく知る人物。
息子より年は下でありながら物静かなしっかりした娘で、遊び歩く王子を静かに受け入れる彼女ならば息子を上手く支えてくれるだろうと安心した。
今日の計画を聞いた時には、女好きの息子もやっと落ち着くのだとホッとしていたのに。
とんでもないことになった、よりによって指輪を手にしたのは彼女の家と並ぶ力のある名家の令嬢。
おまけに今代の当主の仲は最悪とくる、両家は既に鋭い眼光をこちらに飛ばしている、対応を誤るわけにいかない。
そんな言葉選びに悩む王に代わり、王子が動いた。
「ま、待ってくれ!これは何かの手違いだ!」
叫ぶ王子に、婚約者だった彼女が悲しげに言う。
「…何かおかしな所がありますか?先程宣言したではありませんか、指輪を手にした者を選ぶと。まさか、偽りだと言って婚前の女性に恥をかかせるおつもりですか?」
「そんなつもりは…だ、だいたい君はそれでいいのか?!私の婚約者だろう?!」
「ですが、指輪はわたくしの元にはございません。」
「そうじゃない、本来なら君が手にする筈で―。」
「殿下。それがわたくしの手に落ちなかったのなら、指輪がわたくしを拒んだのでしょう。いえ、指輪が殿下の正しい伴侶を選んだのかもしれません。」
「な、そんな馬鹿な。」
「申し訳ありません。体調が優れませんのでわたくしは退出させていただきます。両陛下、お父様、お母様、関係者の皆様に感謝と謝罪を。」
失礼いたします。と深い礼をとり彼女は一人会場を後にした。
憐れな彼女を見守る群衆の中に、真実を知る者がいた。
彼が見てしまったのも、気づいてしまったのも偶然だった。
あれはパーティーが始まって直ぐの事。
「あら、ねえ髪飾りが取れけかてるわ。」
王子の婚約者が声をかけたのは、後に指輪を手にした令嬢だった。
「え?やだ、ほんと?直してくるわ。」
「大丈夫よ、少しだけだから直して上げる。これ持ってて。」
そう言って、返事も待たず令嬢の左手に入り口で渡された小さな包みを持たせた。
右手にも同じ包みを持った令嬢は、仕方なく手の塞がったまま彼女に身を委ねた。
「はい、出来たわ。他は大丈夫そうね。」
令嬢をくるりと囲むように正面に戻ると、彼女は右手の包みに手を出した。
「今日は来てくれてありがとう。どうぞ楽しんで行って。」
そうして彼女は颯爽と人混みに去っていった。
その時は違和感を覚えただけだったが、令嬢の掲げた指輪を見た瞬間、違和感の正体に思わず声が出そうになった。
しかし彼は冷静だった、ゆえに口を閉ざす、巻き込まれて得はない、それに彼は想うのだ、彼女は知っていてわざと手離したのではないかと。
そこでやっと空気を変える事が出来る唯一、国王が動いた。
「祝いの席を我が愚息が騒がせたこと、まず謝罪しよう。しかし、王妃となる者をおいそれと決める訳にはいかん、今日の事実を踏まえ精査した上で答えを出す。」
それを聞いて両家の当主の言い争いが始まり令嬢は泣き出す。王子はおろおろするばかりだ。
王は頭を抱え、第三者の介入を疑った。
婚約を破棄させて得する人間を頭の中で探すが無駄な事である。
真の仕掛人は王子の婚約者その人だからだ。
一人になりたいと部屋に入った彼女は、高鳴る胸と混み上がる笑いを、まだ早いと深呼吸して押さえつける。
あらかじめ用意していた服に着替え、この日の為にこっそり用意した荷物を取り出す。
混乱する会場の騒ぎに注目が集まる中、彼女は静かに逃げ出した。
仕上げにと、近くの浜の岩場に家紋付きの大きなブローチを落として。
彼女が自身の死亡と、王子と令嬢の結婚を知るのは、とある国で幸せになってからの事である。