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イメージアップ大作戦

 正午の快晴、いつもの港町。賑わう冒険者ギルド内にて。


「へぇ〜、これがアキトのギルドカード……」


 手帳ぐらいの大きさな薄いカードを持って、それをまじまじと眺めるメリア。その隣でなんともいえない表情を浮かべるアキト。


 よーし今日も元気に冒険者するぞー。

 そう彼が勇んでクエストボードを物色していたら、同じくクエストを選んでいた彼女たち『トゥインクル』の面々に見つかって絡まれた。

 そして、たまたま手に持っていた自身のギルドカードに目をつけられ、それを見せろと言われ断りきれなかった――というか、ぶん取られた――のが現在の状況だ。


「どれどれー?」

「ふうん……」

「わ、わあ……」


 メリア以外のダナエ、ウェヌス、テミカの三人も興味津々で見つめる。何故か恥ずかしい。あんまりじっくり見ないでほしい。


「……あれえ?」


 ギルドカードには登録した冒険者の名前、レベル、パラメータ、装備、スキルなどがカードに込められた魔法によって表示される。

 アキトのギルドカードには、トゥインクル面々の視点ではこう書かれていた。


『NAME_アキト・トキワ Lv_@%』

『JOB_魔神徒 Lv_$&』

『HP_*&@ MP_@$#』

『EXP_*&%$##&* NEXT_@#*%$』

『STR_=$^@ DEX_*%& INT_:#@ VIT_=&% MAG_*@# WIL_%$& AGI_@#* LUC_&*$』


 一同、暫く無言。


「な、なんか……数値がよく見えないの……って、私だけ?」

「いや、アタシも」

「私も」

「私もです……」


 首を傾げるトゥインクル一同。どういうこっちゃねんと少女たち。


「なにこのギルドカード、不良品なんじゃない? ちょっとアキト! いいのこれ?」


 カードを突き出してそう言うメリア。に対し困った顔を浮かべるアキト。


「あー、やっぱりダメか……」

「ダメ?」

「いや、こっちの話……」

「ちゃんと説明しなさい!」

「えー……」


 なんと言ったらいいのか……と呟くように言う。コミュ障というのは説明が苦手なものだ。無理を言ってくれる。


「いや、自分では見えるんだよ……内容」

「えっ?」

「なにそれ」


 疑問顔を浮かべるトゥインクルたち。


「自分では見えるって……?」

「いや、その通りなんだけどな」

「そんなのおかしいでしょ!」

「……そうでもないわ」


 ウェヌスが何か知ってるような素振りを見せる。メリアが食いつく。


「どういうことなの? ウェヌス」

「ギルドカードって、粗悪品があるのは知ってる?」

「あーそれは知ってる。冒険者ギルドの本部が作ったのじゃないパチモノっしょ?」


 ダナエの返答に頷くウェヌス。それからまた話を続ける。


「他にもレベルの高い冒険者の情報は、本部でないと手に入らない高精度のギルドカードでないと情報がちゃんと表情されないの」


 カードの魔法が冒険者のレベルより格下だとそうなってしまうわけ。説明は続く。


「え、そうなの! じゃあ私達のカードって」

「一般向けのノーマルモデルね。安物と言えば聞こえが悪いけど……」

「そーだったのかー……」


 へーっ、と感心するメリアとダナエ。テミカはいまいち要領を得ていないようで後ろで一人困惑顔。


「でもアキトの言葉が本当なら、やっぱりおかしいわね」

「ホントに自分では見えるのー? カードに書いてあること」


 無言で頷くアキト。


「じゃあ……なんて書いてあるの?」

「ええと……」


 メリアから自分のギルドカードを返してもらう。そして見慣れたギルドカード……というわけでもなかった、あんまり自分では見ない。というわけで復習みたいな形で読む。


「名前はそのまんまで……レベルは97」


 それで次は……。

 と言いかけたところで、アキトはトゥインクルたちが目を丸くしているのに気づく。


「やっぱり不良品じゃない」

「いやアキトが強いのは知ってるけどさ、そのレベルはいくらなんでも盛りすぎだろ」

「ここで見栄はっても仕方ないと思うけど……」

「や、やっぱり不良品なんじゃ……」


 うーん。

 再び頭を抱える。なんと説明したらいいのか。

 自分にしか見えないものの立証って可能なんだろうか。無理じゃね? うーん。


 自分以外がギルドカードを読めない。これで揉めたことも何度もあるから、なんとかならないかとギルド本部に通った時期もあった。結局、今のところ対応策なく現状維持しかなかった。


 アキトのギルドカードは本部でもらった特別製だ。

 高いレベルの冒険者のデータでもキチンと表示してくれる。


 しかし、それも完璧ではない。

 見る側のレベルが低すぎると、表示された情報をきちんと読み取れないのだ。どんなに差があっても名前やジョブ名は大丈夫らしいが。

 カードに書かれた能力がはっきりしないのにクエストが受けられるのは本部の特例許可のおかげ。本部にはアキトのギルドカードを読めるお偉いさんがいたので。今の冒険者ライフはその人様々なのだ。


 そんな特例許可が生んだやっかみに起因する事件もあったが、それは別の話。


「そういえば、スキルはどうなのかな」


 メリアがギルドカードの裏側をアキトが持っているのを下から屈んで覗く。


「うわっ! やっぱり変な文字だらけ!」

「えー、じゃあ結局全然詳しいことわからねーじゃん!」


 つまんなーい。とメリアダナエの小煩いコンビが喚く。


「まあ、実際のところ腕は良いんだからいいでしょ」

「そ、そうです! 大事なのはギルドカードの内容じゃありません! 何をやったかです!」


 その点アキトさんは素晴らしいです……。うっとりしながらうわ言のように呟くテミカ。


「あ、まーたテミカが妄想モードに」

「ほっといたらいずれ戻るって」

「……つーか、そろそろクエスト探しに戻っていいか?」

「あ、それなんだけど」

「何だ? メリア」

「いやねー、さっきクルっちが何かやるから暇な人はカウンター前に集まっててって」


 クルっち、ギルドの受付嬢(年齢的には受付娘)クルラのこと。クルっち呼びはメリアによる愛称だ。

 メリアはこのギルドに来て一ヶ月くらいらしいが、受付嬢をあだ名呼びとは馴染みまくってるなあとアキトは内心羨ましい。陽キャは得だなあ。


『――えーっ、テステス、テステス!』


 キーーーーーンッ。

 黒板を引っ掻く音に比肩する生理的にキツイ鋭い反響音。ギルドのあちこちから悲鳴やら唸り声が。


 これは拡声器メガホンのハウリングだ。かつての世界ではたまに聞いたその音に少しだけノスタルジーを感じるアキト。


「なっ……何っ!?」

『あっ、ゴメンねメリアちゃん! 新しいマジックアイテムの「声が大きく聞こえるちゃん」の試用も兼ねてだったんだけど……』


 声の出処はクルラ。

 クエストカウンターの上に立って、メガホンらしき物『声が大きく聞こえるちゃん』を口の前にかざしている。酷いネーミングだ。


『えーっ、本日は多くのみなさんに集まっていただいて、ギルドの職員冥利につきるですっ!』


 いえーい。とカウンターの上で小さくはしゃぐクルラ。

 冒険者たちは、案の定というか呆然である。展開が急過ぎる。


『……あ、あれっ? あんまり反応がよろしくないですね?』

「いや、なんの事か全然わかんないんだけどクルっち」

『えっ』


 ガビーン。と効果音が出そうな感じにショックを受けるクルラ。


『えっ! も、もしかして、み、皆さん。知らな、というか、みんな忘れて、いや、見てもいないですッ!?』


 「なんのこっちゃ」「なんの話?」「さっきの何?」「クエスト受けたいんだけど」「今日の昼飯どうしよう」「クルラちゃんパンツ見えそう」

 冒険者たちが次々に言う。


『ちょ、ちょちょちょちょっと! 皆さん! これ! これこれッ! そこの掲示板にドーンッ! と半年前から貼ってるですよッ!?』


 一気にあわあわとしだすクルラがメガホンを持ってない手でギルドの端にある掲示板(あまり使われていない)を指差す。ついでにスカートも抑えている。


「なになに……?」


 暇してた冒険者たちが掲示板の方をたらたらと見る。


 そこには、剥がし忘れた古い掲示物の上からドーンと一枚の大きなカラフル張り紙が貼っつけてあった。

 その内容はというと。


『冒険者のイメージアップ! 地元に貢献! 町を綺麗にしよう! 清掃活動大作戦! 今年も開催!』


 あとから『祝! 連続開催十周年!』と書かれた小さな紙も端に貼っ付けてある。


「……」「……」「……」「……」「……」

「……」「……」「……」「……」「……」


 静寂。

 というか、どう反応しろと。

 イメージアップて、てか清掃……掃除? ええ? 多くの冒険者たちの反応はこんな感じ。一部はそもそも掲示板を見てもいない。


「……いや、十周年って今までやってたの知らねえぞ」


 ギルドの端っこにいたベテラン冒険者が呟く。

 それを起因に、つーか清掃活動ってなんだよ、俺今日予定あるし、なんで俺達が……等など、各々が率直にブーたれる。


『まあ、今日は暇してる人たちが多かったから何はともかく都合がいいですっ! 結果オーライ! せっかくだから、この場にいる人は全員参加ですっ!』


 ――え゛っ。

 冒険者たちの顔が一斉に強張る。


「おい、ふざけんなよ」

「なんで俺達がそんなこと」

「面倒臭え」


 一部の口の悪い奴らが大きい声で文句を言うようになる。そのせいでどんどん場の空気が険悪に。

 自由とロマンを愛する冒険者たちにとって、強制参加系の事柄は基本的に性に合わない。


『そ、そう言わずそう言わず! たまには、気分転換でこういうこともいいですよ!』


 ……ガタガタっ。ガタっ。ゴソっ。

 テーブルに付いていたり、そこらへんでダベっていた冒険者がやってられっか、と出口に向かう。


『あうう……では、仕方ないです……』


 意気消沈するクルラ。

 止めるの? あー良かった。お流れした? 冒険者にそんなことさせんなよ。メシ食いに行こうぜー。

 各自そんなことを言いながらギルドがもとの賑わいを取り戻していく、はずだった。


『――参加しなかった奴、しばらくクエスト報酬を思いっきりピンハネしてやるです』


 普段の愛らしい表情はどこにやら、綺麗に切りそろえた銀髪の下のくりりとした瞳をすっと据わらせたクルラが無表情の冷え切ったトーンで淡々と述べる。


 ……。


 ――え゛え゛っ?

 冒険者一同シンクロした心の叫び。


 宣言された不参加ペナルティの厳しさにドン引きしたのか、ギルドが再び静かになる。


「ちょっ、ちょっと待てよクルラちゃん!」

「それはいくらなんでも横暴だろ!」

「つーか、そんな権限あんの!?」


 啖呵を切った冒険者たちの声を合図に、一同が一斉にざわめきだす。一部からはブーイングが起こっている。強制徴収はんたーい! ギルドの横暴を許すなー! などとお前はどこぞの活動家かという声まで挙がっている。


『いやだから、どうしても参加したくない人は別にいいですよ。強制なんてとんでもない』


 でも……。とクルラが声のトーンを落とす。


『クルラは記憶力がいいですから、参加しなかった人の顔はキーーーッチリ、覚えておくですっ♥』


 ニコッ、と首を傾けてはにかむクルラ。

 見た目は可愛いが、声が全然明るくない。


 何度めかの静寂がギルドを包む。


 つーか、これ詰んでね? もう。

 実質の強制参加が確定してるのでは。

 この場にいる全ての冒険者たちがその空気を肌で感じとる。


 抵抗すれば顔を覚えられる。

 冒険者は悟る。

 自分たちは、ギルドという絶対者に搾取されるモルモットなのだと。

 カウンター上に立ってこちら見下ろすクルラと、床の上から見上げる自分たちという立ち位置を重ね合わせながら、この期に及んで立場の差を思い知る。


『――では野郎ども、張り切って行くでっすっ!』


 おーっ! と拳を天に突き上げるクルラ。


「……」「……」「……」「……」「……」

「……」「……」「……」「……」「……」


 冒険者一同、冷え切ったテンションのせいかこれに反応し損ねる。


『……報酬半額な』


 その湿気た反応に対し、明らかに少女のものではないドスの効いた声色で呟く。


「!!!!!!!! ウッッッウオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!」


 一同。絶叫。

 ギルドの建物が揺れるほどの咆哮が起きる。

 全員天高く拳を掲げ、まるでさながらクルラを崇めるような絵面。


「クルラちゃんバンザーーーイ!」

「ギルド万歳ーーー!」

「だから報酬は勘弁してくださーーーい!」

「ウワーーーーーッ!」


 ……うわあ。

 なんという、悲しい光景なのか。


 どんな世界にいても、世の中は偉い側と支配される側なんだな。さっきまで文句たれていた冒険者たちが一転して大騒ぎする様を目の当たりにしてアキトは悟った。


 「ヤルゾー」「ガンバルゾー」「オソウジタノシイナー」「クルラチャンカワイー」

 口々にそう言う声自体は大きいが、顔に生気がない冒険者たち。そんな彼らの背中からは哀愁が漂う。


 でも自分もその中の一人なんだよなぁ……ハハハ……。

 と、どこか現実逃避のような乾いた笑いが自然と浮かんだ。

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