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勇気と無謀は紙一重3

 少しだけルートを逸れて山の様子を確認したりしつつ、行きより遥かに早いペースで下山。

 道が分かっているのもそうだが、さっさと済ませて早く帰りたいという心理も働いていた。


 さくさくと七号目の山小屋の付近まで帰還。少し天候が悪くなってきたので、小屋の中でしばらく休むことに決定。


「……ん?」


 さあ、この林を抜ければ小屋のある雪原に出る。そんな時に近くの木陰からひょっこりと現れたバウド一団計四名と鉢合わせする。


「あ? 何してやがるテメェ」

「いやそりゃ、ドラゴン討伐でしょ」

「テメーは黙ってろミケルス」

「おーこわ……」


 ツッコミを入れたイケメン狩人レンジャーにガルルとメンチを切るバウド。仲間なのに。


「ハッ! 迷子なら麓まで案内してやってもいいぜ! インチキ野郎!」


 疲れてるし構ってられないな。そう思ったアキトは顔を伏せて彼らの横をささっと素通りする。


「ってオイ! 何か言えやコラァ! マジで帰るつもりか!」

「……さっきの地鳴りは、そういうことかぁ」

「あ? 何か言ったかミケルス」


 肩をすくめるミケルス。今度は小柄な剣士が口を開く。


「……ドラゴンの血の臭いがした、『死神』……」

「――!」


 くわっと目を見開くバウド。言葉の意味を理解して、口角泡を飛ばし反論する。


「馬鹿言うんじゃねえ! あいつと最後に出くわしてから、まだニ、三時間だぞ!」


 そんな早くにドラゴンを見つけて倒せるか、と吠える。

 それは彼らの常識では正論で、実際にバウド一団は三日の探索、そしてまた三日をかけてじっくりと確実に相手を討伐する計画を建てていた。


「――ッ! おいお前ら! 休憩はナシだ、もっと探すぞ!」

「って、ええっ? 冗談だろ?」

「冗談じゃねえ!」

「さっき言ったろ、大気の様子が胡散臭い。荒れる可能性があるって……」


 狩人レンジャーであるミケルスが彼らしい自然の脅威を憂慮した意見を述べる。

 しかし、バウドが凄まじい形相で睨んでそれを封殺する。


「……はぁ……」


 整った美形の顔を、苦虫を噛み潰した表情に歪めた彼は諦めたように再び肩をすくめた。


「あの野郎に出来て、俺らが出来ない筈はねえ……ッ!」


 殺気立つバウドを見て、こうなると聞かないんだよなと他の面々は半ば匙を投げる。


「行くぞッ! 今日中にケリを付けるッ!」


 そんな、強行軍の様子は露知らず。

 山小屋に到着したアキトは中に入って装備を脱ぎ暖炉に火をつける。ほどほどに暖かくなってから、ついでに保存食を適当に湯に放ってスープを作り、それを啜る。


 そうやって胃を満たしつつ暖炉の側のソファーに腰掛けていると眠気が襲ってくる。

 ベッドまで行くのも面倒だったので、装備のローブを布団代わりにして軽く眠る。


 再び目が覚めたのは二、三時間後。外は夜になっていて天候は一層悪くなっている。

 これはしばらく足止めだなと残ったスープを啜りながら思う。


 と、窓から漏れるように響き吹雪く外からの音に、少し聞き覚えのある轟音が混じっているのを感じとる。


 聞き耳を立てると、それはアキトが倒したドラゴンの咆哮と非常に似ていた。


 そういえば、あのバウドたち冒険者パーティはどうしているのか。

 小屋には戻ってきてない。となると、まだ討伐中なのか。


 この吹雪の中でドラゴンが咆哮している。あの叫び方は戦闘中の声質だ。


 少し考える。

 冒険者というのは基本的に自己責任だ。何処でどうやって野垂れ死にしようが突き詰めればそれは己の選択の結果。それを外野がどうこうするのは失礼にあたる。ギルドなどの相互扶助組織や一定の社会的地位があっても本質的にはアウトローの世界とその住民だ。


 だが問題は少し別の所にある。

 彼らがクエストに失敗して、最悪全滅してもアキトに直接的なデメリットは無い。義理も道理も無い。

 ただ、アキトは風評最悪のソロ冒険者である。

 今回アキトと狼獣人たちのグループがこの山に入ったことはギルドに知られている。それに一団のリーダー、バウドとアキトは少し前に一悶着起こしている。


 バウドたちは港町のギルドの冒険者のメインプレイヤー、平たく言うと有名人、主力冒険者の一人だ。彼に何かあれば、それは大きな騒ぎになるのは確実。


 そして騒ぎの矛先がアキトに向かう可能性もある。都合よく現場付近にいて、揉めたこともあるとなれば高い確率でそうなる。


「……」


 行った方がいい、か。

 魔力はまだ回復しきってないし、あちらに問題がなかったら完全なる無駄骨だ。でも、これ以上風評を落とすのも嫌だ。

 運が良ければ、なんらかの恩も売れるかもしれないし……。


 そんな捕らぬ狸の皮算用をしながら、アキトは暖炉の火を消して装備を身につけ、表に出た。


「寒い……」


 吹雪いているんだから、まあそりゃ一段と寒い。冷気耐性の装備を纏っていても、少し厳しい。

 まだ雪原に薄っすらと残っている一団の足跡を追って、木々の生い茂る渓谷地点へと進む。


 雪崩が怖いな……そう思いつつ進むと、案の定というかなんというか、雪崩が起こったらしい開けた斜面へと到着。


 ガジガジと携行食を噛みながら様子を観察。

 もう一度雪崩れる気配はないので、少し迂回するルートを通りながら斜面を横断する。


 その先の林に入って少し進んだところで、何者かの気配を感じる。

 野生生物か、魔物か、それとも。

 鎌を構えて気配を絶ちゆっくり接近。すると。


「ガウッ!」

「グルルル……!」

「ガオオッ!」


 狼の群れだった。

 それ自体は特筆すべきものではないが、狼たちは一人の人間へと襲いかかろうとしていた所だった。


 人間はこのあたりで一番の大木を背に、ダガーを構えている。

 小柄な背丈にすっぽり被ったフード付き外套。

 バウドの仲間の一人の剣士だ。


「ッ……!」


 剣士の様子がおかしい。

 どうやら足を負傷している。得物も背負っていた剣は無く、護身用のダガーだけだ。


 このままでは明らかに危険。

 アキトは素早く間に飛び入り、すぐ近くの狼を一瞬で両断。


「バウッ!?」


 突如現れた乱入者に驚く狼たち。

 すぐ威嚇の体制をとるが、格の違いを気配で感じ取ったようで、すぐに尻尾を巻いて逃げ出した。


「っ……ふぅっ……」


 大木を背もたれにして、ずり落ちるように座り込む剣士。

 足の負傷がかなりの負担になっているようで、さっきまで立って臨戦態勢をとっていたのもかなり無理をしていたようだ。


「……『死神』、か」


 剣士が横目でアキトを睨みながら、苦しそうに言った。


「何の用だ……と言いたいが、正直、助かった……礼を言う」

「いや……」


 気にするな。という感じの顔をするアキト。伝わっているかは謎。

 素直に礼を言うとは、この剣士はどうやらバウドよりは人間が出来ているらしい。あいつだったらやんやかんやと喚くだろうから。

 しかし、普通に何の用だと言われてたら困ってたな。正直に『隙あらば恩を売りつけて、好感度ポイント稼ぎに来ました!』とは流石に言えないし。


 それはともかく、装備も最初にあった時より軽装になっているし、さっきの狼とは別に何かトラブルがあったのか。


「……何かあったのか」

「……助けてもらって黙るのも失礼だな……雪崩だ」


 少しだけ検討はついていたが、そのようだった。

 そこそこの腕前のバウド一団のメンバーが狼相手で流石にこの負傷と装備の遺失は不自然。


「……最後にお前と会ってからすぐに、雪崩が起きた……」


 剣士が溢すように呟く。

 アキトがドラゴンを倒した際、少々荒っぽくやったために体重が1トン近い生物を山頂に落っことしてしまった。恐らくそれは、雪崩が起きた要因の一つとしてある。


 単純な天候の悪化が最大の要因だろう。だが、目の前の負傷した剣士、さっきの雪崩の現場を思い出し、少し罪悪感を覚える。


 直接的な要因ではなく、間接的ではある。しかしこれは、アキトにも事態に介入する理由……というか責任があるようだ。


「雪崩からの脱出で、装備を幾つか失い……負傷した。バウドたちともはぐれてしまった……」


 剣士は語る。そしてダメ押しの狼襲撃。言葉の節々に悔しさが滲み出ている。アキトが竜の合流を警戒して巻きで倒したしわ寄せがバウドたちのパーティに向かい、こうなってしまった……とも言えなくもない。


「『死神』……いや、アキト・トキワ、恥を忍んで頼みがある……」

「……バウド達か」

「……話が早い……」


 こちらにも間接的な原因がある。断るのは道理に反する。


「……そちらがいいなら、お前を治療してからにするが」

「いや、こっちはいい。それより早くバウドを援護してくれ。ここから西からドラゴンの咆哮が聞こえた……」

「……わかった」


 アキトが魔法で剣士の足の治療をすると、複雑骨折+凍傷の推定で数分ほどかかる。数分だけといえばそれだけだが、そのロスが致命的になるかもしれない。


「これを飲んでおけ」

「これは……」


 だが全く何もしないのは酷いかな。そう思いマジックポーチからポーションを取り出し、剣士のそばに置く。


「……」

「……毒は入ってない」

「わかったから、早く行ってくれ……!」

「アッハイ」


 なんか叱られた。

 まあボヤボヤしていたら自分よりも仲間を優先した剣士の思いが無駄になる。急いで西に駆け出す。


「……」


 アキトの後ろ姿を見えなくなるまで眺めた後、剣士は近くの狼の死体へと視線を落とした。


「……この太刀筋……」


 剣士はしばらくの間、その亡骸の切断面を眺めていた。


 一方のアキト。

 走り出して数分、人間の足跡を発見。それを辿ってまた全速力。


「――ゴッゴオオオオォォォォォォォオオオオアアアアァァッッッッッ!!!!」


 前方から耳をつんざくドラゴンの咆哮。

 周りの木々に積もっていた雪が大気の振動でドサドサと落ちる。


 更にスピードを増して一気に森を抜けると、その先には切り立った崖があった。

 その下を覗くと、盆地になっているそこに居た。


 三人の人間と一人のドラゴン。バリバリの戦闘中だ。周囲にはあちこち血痕や折れた矢が散らばっている。


「――クソッ! 調子に乗りやがって……!」


 最前線で竜と競り合うバウドが崖上にも聞こえる大声量で吠える。


「落ち着きなってバウド! やっぱり三人じゃキツイ! というか無理だ!」


 金髪の狩人レンジャー、ミケルスが悲鳴交じりに叫ぶ。


「うるせェッ! じゃあこのままわざわざ相手から出向いてきてくれた所をケツ巻いてトンズラすんのか!」

「そういう問題じゃないだろ! 第一、ティアの行方もわからないのに!」

「だからこそだろッ! もし万が一があったら、俺達は仲間一人失ったあげく何も得ず山を下りることになるんだよッ!」


 状況はバウドたちが劣勢。この悪天候の中、三人でやってるにしてはよくやってる部類だ。

 さて、長々と様子見も趣味が悪い。


「――ッ! しまったッ!」

「ゴガァァァオオッッッ!!!!」


 竜の尾がバウドの大剣を吹き飛ばす。

 丸腰になった彼に捕食者の牙が迫る。


「――グィィィッ!?」


 竜はバウドの寸前で止まり、素早く間合いをとり直す。

 そして竜が数瞬前まで居た箇所に、上空から大鎌が回転して飛んできて深々と突き刺さった。


「なっ……!」

「こ、この鎌……ッ!?」


 驚く二人。

 突き刺さった鎌の側に、崖から飛び降りたアキトが降り立つ。


「義によって助太刀致す」

「……はぁ?」

「ゴメン、やっぱ今のナシ」


 登場シーンを華麗にスベったが、まあ雪まみれだから滑りやすい(ヽヽヽヽヽ)よね。ってことで……なんちて。

 うまいこと言ったったと内心得意気なアキト。一応この状況、人助けという彼的にあんまり身覚えのないシチュエーションなので、密かにテンションが上がっていた。

 でも今は正直そんな浮かれている場合じゃない。ひとしきり調子に乗ったので、あとは集中。切り替え切り替え。


「来るぞ!」

「ッ……! クソッ……!」


 言いたいことは山ほどあるといった顔を浮かべるバウドだが、流石にこの状況であーだこーだと言う余裕はないらしく、吹き飛んだ剣を回収して再びドラゴンの前に陣取る。


 さて、第二ラウンドだ。

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