勇気と無謀は紙一重2
「……寒い……」
一面の銀世界である。
いつも着ているローブ(見た目はボロボロだがレア装備。冷気耐性アリ)がなければきっととても辛いクエストだったろう。アキトは独りごちた。
雪山の斜面を黙々と登る。木々に積もった雪が時折落ちる音が不気味。あと少し登れば山小屋に着く。そこを拠点にして、討伐対象を追い込んでいこう。
雪山の七合目ぐらいか、少し開けた台地に到着。
視界の端に小屋の屋根がちょんと見える。山小屋だ。
真っ白な雪原を足跡で汚して小屋に到着。入り口前の階段に腰掛け、魔法で多くの物が入るようになっているマジックポーチ(なぜかガマ口)から携行食を取り出し噛る。味はイマイチ。
気候は穏やか、体力にも余裕があるので大休止はまだにして、もう少し高い標高を探索していこう。
そう思った矢先だった。
「(……誰か来る)」
アキトの通ったのとは別のルートから、この小屋まで何者かが歩いてきている。
人数は四、五人。その他の詳細はまだわからない。距離があり過ぎる。
「……あいつらは……」
携行食を噛りながら相手を見据えていると、一人一人の姿形が見える距離まで一団が接近する。
先頭に立っているのは、狼系の獣人戦士。
ほとんど黒色の焦げ茶の体毛。がっしりとした長身。
「――あーッ、寒いッ!」
小屋まで辿り着いて、真っ先に獣人が叫ぶ。
「バウド。うるさい」
彼の一つ後ろを歩いていた、フード付きの外套をすっぽりと被った小柄な戦士が一言。
「まーまー、寒いのは確かだよ。ねー」
その隣を歩いていた、金髪の美形な狩人がニコニコ笑顔を絶やさずに言う。
最後尾の魔法職らしき人物は、無言。ローブを深々と被っていて顔も見えない。
「というか先客がいるねー。山小屋」
「麓の町のギルド支部で類似クエストを受けた奴がいるって言ってたろバカヤロウ。そいつだろ」
狩人と戦士バウドが、アキトを見ながら言う。
「……んーっ?」
何か気になったようでバウドがこちらをジロジロと見ている。
何なんだ。というか、こいつ……見覚えが。
「――って、コイツ、『死神』じゃねーかッ!!」
大声で叫ぶバウド。
その声でアキトも記憶の扉が開く。
この男は、先日のギルドでの大騒ぎ――クルラがどうのこうのとか言って――剣を抜いて斬りかかろうとしてきた、あのイキリ狼獣人だ。
「バウド、気づくの遅い」
「遠くからでもわかるでしょ。特にあの鎌は目立つしねー」
「――カーッ、クソッ! 縁起が悪ィなッ!」
足下の雪を何度も蹴って、アキトの方へとひっかける。
エンガチョでもしているつもりなのか。ちょっと仕草が犬っぽくて微笑ましい。
「っつーか、こんな所で何してんだよインチキ死神サマよ」
「例の類似クエストを受けたんじゃない?」
「それ以外で、こんな辺鄙な地域で出くわす確率は虚無だろうねー」
「ハッ! わざわざドラゴンの餌になりに来たのか!」
ゲラゲラとバウドだけ爆笑。何が面白いんだろうかは謎。
ひとしきり笑ったあと、急に真顔になってアキトを睨む。
「おい、一つだけ言っておくぞ」
背の大剣を抜いて突き出し、アキトを脅すように一喝する。
「クエスト中、俺の視界の端にチラッとでも映ってみろ。ジャマだしうっとーしーから問答無用でぶった斬ってやる」
そうなれば地元の治安改善にも貢献できるな。とまたバカ笑い。
しかし随分とまあ警戒されているなあとアキトはぼんやりと思う。日頃の風評を考えれば仕方がないが。
というかもう出発しよう。
彼らも自分と一緒では小屋でゆっくりと休めないだろうし。
ローブの雪を払って立つ。そして山小屋の裏方面へと歩き出す。
「あ、行った」
「バウドが突っかかりまくったけど、ほぼ完全スルーだったねー」
「ハッ! ビビって声も出なかったか! こんな所で漏らすんじゃねえぞ! ゲハハハ!」
罵倒を背に受けながら雪原をまた足跡で汚して、山の更に上を目指す。
歩きながら、懐からクエストの書類を取り出して確認する。
討伐対象は雌の成体翼竜。
外来種のようで、別段凶暴というわけでもなく今のところ目立った被害はないということ。
では何故討伐依頼が出たのか。
それは、また別の地域から雄の成竜がこの山で確認されたからだ。
この二つの竜は近隣種で子孫を残せる。
雄雌がつがいとなり、数を増やしたら危険だ。
そういうことで、数が増える前に元を除去してくれと。
ちなみに雄の方はさっきの一団が討伐するはずだ。
最悪、自分が二体とも狩ればいい。
アキトはポーチからまた携行食を取り出し、噛じった。
天候に恵まれたこともあって、山の登頂は順調に進む。
ただ自分は登山家ではない。標的はドラゴンだ。とはいえ低い標高では気配のケの字も感じない。
上まで行くしかないようだ。
出来る限り討伐は早めに行いたい。理由は、自分が倒す前に雌竜が雄竜を討伐中の一団を見つけて乱入でもされたら一団はやられてしまうだろうからだ。
翌種の成竜二体相手は流石にアキトでもソロでは少しやりたくない。平地ならともかく、今はこんな山中だしイレギュラーな事態が頻発しそうだ。
仕方ないな。天気が荒れたら危ないが、使うなら今か。
アキトは呪文の詠唱を開始する。
ブツブツと、外見もあって傍から見ると凄く怪しい変質者になっているが、こんな山中だから見ている人もいないし気にしない。
「――蒼死徒・招来」
凝縮した魔力の塊から、青ざめた魔馬が彼の側に召喚された。
それに跨って念じると、ぐっと一気に空へと飛翔する。
蒼死徒は宙を四本足でザッザと駆け、瞬く間に山肌が遠くなる。
既に九合目近くまで着いていたこともあって、ものの十分弱で頂上を見下ろせる高さまで辿り着く。
頂上付近を旋回して目視で確認。それらしき姿は見当たらない。
もう少し低い所にいるのか、そうアキトが思った時、ふと見上げた空。
「……もっと上だったか」
大鎌を手に持ち、更に天高く飛翔。
目標は雲の上の青空に小さな黒い影。遠くからでもわかる翼と尾のシルエット。翼竜だ。
接近する間、更に呪文を詠唱する。
「虚偽を祓え、裁きを下せ、我が元に集え! 制裁・拷問刃!!」
アキトの周辺に、大小様々な真紅の刃が大量に展開される。
接近するにつれてどんどんと大きくなる敵影、相手もこちらの存在を認識したようで、飛行の軌道を変える。
先手はアキト。
展開した魔力の刃を左手で指揮。それらが翼竜に一斉に襲いかかる。
竜も錐揉み回転でそれらを回避。幾つかは当たったが、竜鱗を深く傷付けるまでには至らない。
今度は竜がアキトに迫る。
一気に軌道を変え、大気を震わす咆哮と共にアキトを真正面から食い尽くそうとする。
――外来種と聞いたが、どうやらあまり戦闘慣れはしていないようだ。
竜という種族は意外と戦闘中の立ち回り全般が甘い傾向がある。
それは強さ故に、生まれながらにしての絶対的捕食者の地位を持つ選ばれし者だからこそ。
己より同等以上の強者との戦いを心得る機会自体が少ないのだ。
「屠れ――異形の尖槍!!」
急激に膨張した魔力がアキトの左手に集中し、漆黒の不気味な大槍がそこに形成される。
翼竜はわかりやすく眼を見開き驚愕し、軌道を即座に変えて距離をとろうとする。
「逃がすか!」
今度は右手の大鎌を竜に向かって大きく振りかぶってぶん投げる。
ギュンギュンと音を放って回転してかっ飛ぶそれは余裕を持って回避される。竜が口角を吊り上げてニヤリと笑った気がした。
「バカだな……」
魔力の通ったアキトの大鎌は、主から離れると戻ってくる特性がある。
通り過ぎた竜の死角から鎌が一層高速に回転しつつ帰還してくる。
そして、それが竜を――捉えなかった。
翼竜はそれも回避した。さあ今度はこっちの番だ。竜がアキトを襲おうと……。
――人間が居ない。
竜が一瞬戸惑う。そして、その隙を見逃すほどアキトは優しい人間ではない。
鎌に意識を向かわせてる間に陣取った竜の上空から、前に展開した魔法の大槍を真下に投げつける。
彼女(翼竜)は直前でそれに気がつき、ギリギリのところで胴体への直撃は回避したが、左の羽をぶち抜かれる。
「悪いな――」
片翼を失い滅茶苦茶な軌道で降下する翼竜の側まで飛び、戻ってきた大鎌を両腕で振りかぶる。
刹那、竜とアキトの視線がかち合う。
一閃。
彼女の頭と胴は、悲しくも永遠の別れを告げた。
死骸となったドラゴンはその後重力に従って、ちょうど山の山頂付近に落っこちた。
雪が多く積もっていていくらかクッションになってくれたが、半トンはある重量が落ちてきた衝撃で少しだけ標高が下がってしまったかもしれない。いるかどうかは知らないが、山の神様的な存在に心の中で謝るアキト。
「……結構魔力、使ってしまったな」
早めに始末しておきたかったので仕方がないが、消耗の激しい全身を襲う倦怠感に耐えられず、その場に座り込む。蒼死徒は地面に着いて降りた瞬間、魔力切れでさっさと現世から帰還してしまった。
死体となった翼竜の赤い竜鱗に太陽の光が反射して輝いている。
いい防具の素材になりそうだ。携行食を胃に放り込んで、重い体を動かして剥ぎ取りを済ます。
物言わぬ肉塊になった竜の瞳を見て少しだけ感傷的な気分になる。が、そういうことをいちいち気にしては冒険者はやってられない。
ちょっとだけセンチな気分になっているのは、山登りの孤独さのせいだろうか。相手が雌だからか。それとも。
「……帰るか」
やることはやった。あとは帰るだけ。
山好きでもないし寒いところは好きじゃないので長居する意味はない。
「……」
しかし少し気になることがある。
ドラゴンが山の山頂に落っこちたことで、雪崩やらが起きて地形が変化してないかちょっと引っかかるのだ。
もう少し丁寧に倒したほうが良かったか……いやでも長期戦になったら不確定要素が増えて嫌だしな……。
「……ちょっとだけ、見て回るか……」
結局、下山するついでに山の変化を確認することにした。
あとで登山した人間にギルド経由で文句つけられても嫌だし、ただでさえ評判が悪いんだから、これぐらいはやっとくべきか。
そう一人で納得して、相変わらず美味しくない携行食を咀嚼しながら山頂を離れたアキトだった。