華の(?)異世界生活3
「と、ゆーわけで、よ!」
いや、何がどういうわけなのか。
メリアの一言はともかく、アキトが少女四人に連行された先は下町の一角にある一軒家だった。
ここは縦長のオーソドックスな西洋風家屋が一列にずらっとすし詰めになって並んでいる通りの中の一つで、内部は一階と大きなロフトだけという開けた造り。適当にどっかから拾ってきましたと言う感じの古家具があちこちに散乱し、とても女性の住まいとは思えない様相。
「ここが私達、美少女冒険者サークル『トゥインクル』の本拠地! よっ!」
「はあ……」
自分で美少女とかって言っちゃうのか。どんな自意識をしてたらこんな発言を繰り出せるのだろう。
とにかく、ここに連れてきて一体何をしようと企んでるのか。早くちゃんと説明してくれないと、精神衛生上たいへんによろしくないんだけどとアキトが不安の渦巻く胸中で思う。
「……」
先程からうってかわって、メリアが急に黙って思案顔になる。
なんだなんだと不安になる一同。少し間をおいて彼女が再び口を開く。
「どうしよっか」
メリア以外のこの場全員がズッコケかける。
「って、ここまでノープランだったのぉ!?」
テミカが半泣きで絶叫する。
「いやー、全くないわけではないけど」
「じゃあそれを言いなさいよ……」
心底呆れた表情のウェヌスがツッコミ。この娘もだいぶ苦労してそうだなとアキトは心の中で察する。
「まー、メリアのノープランっぷりは今にこしたことじゃないしー」
ボサボサの赤髪をわしゃわしゃしながらマイペースに言うダナエ。この中で一番の大物は多分彼女だろう。
「なんでもいいからさー、ハラ減ってきたよー」
「ちょっと、朝さっき食べたばっかじゃないダナエばっか。山ほど」
腹ペコダナエの方を見るメリア。そして今度はアキトを見据えて。
「ねー、あなた」
「えっ」
「なんだっけ名前……アキ……アキオ?」
「アキト……」
「あーそうそう、ねえ、料理出来る?」
「えっ?」
――んで、十分後。
「おおおコレ、ウマーいぞーっ!」
赤髪褐色の外見通り、と言えば偏見かもだが案の定というか凄まじい健啖だったダナエがアキト作のサンドイッチたちをガツガツと頬張って胃袋に収めていく。
四人の中で一番小柄なその体の一体どこに収まるスペースがあるんだろう。ただ不思議な現象である。
「ふーん、確かに美味しい」
メリアも余りの一つを食べる。
いつの間にやら用意された、部屋の隅に転がっていた古ぼけたテーブルを囲む一同。その上には大皿に山盛りのサンドイッチが積まれている。
華奢な体型通りで少食らしいウェヌスとテミカは一口だけ食べて、残りはダナエにあげていた。
「ダナエが燃費悪いから、外食だけだと出費が凄いのよ」
そう言って、長い青髪をかき分けてティーカップの茶を傾けるウェヌス。アキトがメリアに貯蔵分と適当に買ってきた食料を差し出されてどうしようと唸っている間に自分で淹れたらしい。
「へーへー、ワタシが悪ぅーござんしたー」
「あうぅ、ケンカはしないで……」
ウェヌスに突っかかるダナエとそれを止めるテミカ。
綺麗に分かれた髪色もだが、妙に良くできたバランスの関係性をした四人だなとアキトは感じた。
「うん、これならまあ、いいんじゃあないかしら」
「「「「……?」」」」
一人で納得した様子のメリア。他の四人には何のことだかさっぱりだ。
「――よし、決めた!」
メリアが叫び、己の金髪ツインテールを片手でふわりと払う。
「アキト、あなた『トゥインクル』のメンバーにならない?」
少女の透き通ったよく響く声が、そう告げた。
「……」
「……」
「……」
「……」
……。
「……えっ?」
アキトは困惑した。
「よっし! これで今後トゥインクルが拡大路線に舵を切る際に必要であろう労働力の確保に成功したわ!」
何か勝手に話を進められている。
というか労働力って、なんか下働きとして計算されてないか。
というか何もかも、話が急すぎてついていけない。
「ちょっとちょっとちょっとちょっとメリアねえ」
「なに? ウェヌス」
「一人で勝手に話を進めようとするの本当にやめてって言ってるでしょ、いつも……」
ウェヌスが深いため息。長い青髪のもみあげ付近がふわりと揺れる。
「んー? ウェヌス不満なのー?」
「不満も何もダナエ、急すぎるでしょ何もかも……」
呆れ顔のウェヌスに、若干話についていけてない感のあるテミカも同調する。
「そ、そうだよそうだよ……」
そして一番、話についていけないアキトは。
「……(なんかもう、帰りたい……)」
困惑するメリア除く一同に、メリアが少し不満そうに口を開く。
「えー? みんなダメなの?」
「だーかーらー、良い悪い以前の問題でしょうが」
「だから、ピンと来たんだってばー」
「メリアは勘で動きすぎ。この前も……」
メリアとウェヌスがあーだこーだと言い合いを始める。余った他の面子はというと。
「あ、テミカそっちのサンドイッチとって」
「え、まだ食べるのダナエ」
「てかアキトも食べる?」
「え、俺?」
「あ、これもどうぞ」
「あ、うん……」
何故かメリアとウェヌスの言い合いを肴にして、サンドイッチパーティを継続することになっていた。
で、十分後。
「んー、仕方ないなー。じゃあ保留ってことでー」
折れたのはメリア側だった。やっと終わったかとダナエが大きく欠伸をした。
「ごめんなアキトー、なんかメリアのせいで」
「あー、まあ……」
「そうそう、こっちはテミカを助けてもらった側なのに、メリアったら……」
「いーじゃないウェヌス、これも何かの縁だと思ったんだから」
「なに、まだ何かあるのメリア」
「あーはいはい! それまでそれまで!」
また揉めそうになった二人をダナエがついに止める。
「てかまあホント、アキトはアタシたちの恩人なんだよなー」
「そ、そうなる、ね……」
ダナエの言葉におずおずとテミカも合わせる。
「んー、まあそうよね……」
メリアが少し眉をひそめる。何か考えているようだ。
「まあ、改めてありがとうアキト。テミカを助けてくれて」
「あー、まあ……」
普通に感謝され、しかしうまく返事ができないアキト。コミュ障の鑑である。
「じゃあアキト、これ貸しってことにするから」
「え?」
「何か注文があるなら聞くから。できる範囲でだけど」
メリアの言葉の後、周りの三人が頷く。
そんな感じにしましょうか。とウェヌス。
うんうん。とダナエ。
照れているテミカ。
「か、貸し?」
「うん。今なにか力になれる事とかある? なんか要求してもいいけど」
「要求って……」
じーっ。
四人の少女の視線が集まる。
「え、あー、じゃ、じゃあ……」
「じゃあ?」
「……その、えーと」
生唾を飲み込む一同。
「……開放してください、ここから……」
「……」
「……」
「……」
「……」
まあ、そうだよね。
ウェヌスが呟いた。
「朝一に強制連行されたんだもんね。カワイソー」
「他人事みたいに言わないでダナエ。あんたも共犯よ」
「おいメリアそりゃないだろ!」
「はいはい、そこまで」
今度はメリアとダナエをウェヌスが止める。パワーパランスのよくわからない面々だった。
「じゃあ、俺はこれで……」
「じゃあねー」
「またなー」
「それじゃ」
「あ、えっと、あの……」
四人の別れの挨拶を背に受けてトゥインクル本拠地を飛び出る。
平穏な港町の屋外、正午の陽光をその全身に浴びるアキト。
「……疲れた……」
生半可なクエストをこなすよりも凄い疲労感がアキトにのしかかる。
知らない異性と話すだけでこれだけの負担。リア充みたいな奴はどれだけのメンタル強度を持っているのか。
「……今日は、もう寝よう……」
冒険しようという意気込みにミソが付いてしまった気がしてしまい、アキトはとぼとぼと意気消沈しながら帰路についた。